RAMPO Entry 2010
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2010年1月25日(月)

雑誌
ハヤカワミステリマガジン 1月号
1月1日 早川書房 第55巻第1号(通巻647号)
A5判 256ページ 本体800円
幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録 紀田順一郎
エッセイ p86−89
第1回〈庫の中で開眼した探偵小説〉

幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録

紀田順一郎  

 庫の中で開眼した探偵小説

 読書狂はまた好奇心も強い。書店で「幼年倶楽部」の兄貴分らしき「少年倶楽部」(以下「少倶」)が積み上げられているのを見逃すはずはなかった。海野十三『怪鳥艇』、江戸川乱歩『新宝島』、山手樹一郎『錦の御旗』という、なかなかのラインナップだ。《非常時》の「少倶」はページ数が薄く、表紙の少年も白鉢巻姿の固い表情となっていたが、それでも本屋の店先は、常に私のような立ち読み少年で賑わっていたものだ。
 その数年前に刊行された『怪人二十面相』が載っている「少倶」を見つけたのは、古本を併売する小さな書店の片隅であった。一九三六(昭和十一)年六月号で、二十面相が伊豆山中で美術品を所蔵する金持ちの老人に、「貴下御秘蔵の古画を、一幅も残さず頂戴する」と予告し、その文言通りを実行するというくだりである。
 犯行予告日、宝物蔵の中では金持ちの老人と私立探偵の明智小五郎が、ネズミ一匹見逃すまいと必死に監視していたのだが、真夜中近く薄白い霧の中に目ばかり光らせた黒装束の男が出現、幻覚と気づいたときにはすべての美術品を盗まれていた……。「二十面相」という名はその少し以前から流布していた「赤マントの怪人」の噂と同様、私のような遅れてきた年少読者の間にも鳴り響いていた。いま見てもその六月号に載った小林秀恒描くところの二十面相は、本文にもない黒マントにシルクハットを着用させ、扇情効果をねらったもので、夢中でページを繰る私の手が震えていたことは間違いない。
 しかし、真の驚きはその回の最終部分にあった。「驚きましたね、御老人」と明智はいい、「いくら僕が探偵でも、魔術を防ぐことは出来ませんよ」と弁解しながら、なぜかニヤリと笑った、というのである。私のような迂闊な読者でも、ここでハッとする。黒い疑念に襲われる。間髪を入れず、乱歩はたたみかけてくる。

 
 hayakawa online:ミステリ・マガジン2010年1月号