RAMPO Entry 2010
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2010年2月2日(火)

雑誌
ハヤカワミステリマガジン 2月号
2月1日 早川書房 第55巻第2号(通巻648号)
A5判 256ページ 本体800円
幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録 紀田順一郎
エッセイ p150−153
第2回〈「宝石」創刊号に飛びついた〉

幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録

紀田順一郎  

 「宝石」創刊号に飛びついた

 私はいまだ『怪人二十面相』のロマンに浸っていた。というのは、大人の探偵雑誌と前後して、戦前の少年向け探偵小説が復刊されはじめ、それを追いかけることで懸命になっていたのである。代表的なものは光文社版の「痛快文庫」で、戦前から戦中にかけて刊行された乱歩の少年探偵団シリーズ(『怪人二十面相』『少年探偵団』『妖怪博士』『青銅の魔人』)をはじめ、佐川春風(森下雨村)の『怪盗追撃』、大下宇陀児『仮面城』などが収録されていた。それまで掲載誌「少年倶楽部」を必死になって探求していたものの、とても全部は通読できなかったのである。
 光文社版『怪人二十面相』は戦前の布装とは異なり、表紙絵も松野一夫のペン画になっていた。内容は紙型が残っていたのか、元版のおどろおどろしい挿絵が再現されていたので、店頭に出るや否やたちまち売り切れという騒ぎ。容易に入手できるものではなかった。私の場合は、たまたま見つけた書店で、「これ、おくれ」と差し出したところ、「すみませんね。ボク、これは《抱き合わせ》なんですよ」といわれてしまった。
 「抱き合わせ?」いぶかる私に、若い主人は奥へ引っ込むと、「光」という雑誌を出してきた。光文社が戦中から出していた、大判の総合雑誌である。
 「この雑誌と一緒でなければ売れないんですよ」
 「えーっ」と思わず声が出て、ページをめくって見ると、子どもには全然興味のない記事ばかり。現在私の手元にあるのはその前年の四月号だが、目次には谷川徹三「大和魂という言葉について」、窪川鶴次郎「啄木寄稿」などが並んでいる。
 「どうしようかな」と、私は五分ぐらい考え込んでいたように思う。それから黙って二冊の合計金額を支払い、店を出た。『怪人二十面相』はそれほどの貴重品で、一度逃したら、次はいつ入手できるかわからないと思ったからだ。
 「すみませんね」と、アタマをかいた主人の表情を、いまだに覚えている。

 
 hayakawa online:ミステリ・マガジン2010年2月号