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2010年2月7日(日)

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2月3日 朝日新聞社
1月31日付読書面掲載 〈漂流 本から本へ〉
発狂した宇宙 [著]ブラウン 筒井康隆
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発狂した宇宙 [著]ブラウン

[掲載]2010年1月31日
[筆者]筒井康隆(作家)

乱歩さんに、星新一に…

 ハヤカワSFシリーズが出る以前には元々(げんげん)社というところから最新科学小説全集として何冊かSFが出ていたが、翻訳が悪いという定評があり、打切(うちき)られていた。SF出版は社の倒産につながるというジンクスができたのもこのせいである。それを知ってからのことだが、ぼくもこれらの二、三冊を古書店で購入して読んだ。たしかにひどい訳だったが、佐藤俊彦訳の『発狂した宇宙』だけはさほどの悪訳でもなく、ぼくは面白く読んだ。これ以前にハヤカワSFシリーズで出た『火星人ゴーホーム』も読んでいたが、それよりも面白かった。このブラウンの二作品は読者によって好みがはっきりと分(わか)れるようで、例えば星新一は『火星人ゴーホーム』派であった。

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 『発狂した宇宙』も『宇宙の眼(め)』と同様、多元宇宙ものである。シュール・レアリスムに加え、この作品でぼくは多元宇宙で諷刺(ふうし)を効かせ得ることを知った。SF雑誌の編集長である主人公キース・ウィントンは、今ならSFおたくとでも言うべきファンの手紙に悩まされている。そんな時彼は月ロケット第一号の墜落に巻き込まれる。大爆発で粉微塵(こなみじん)の筈(はず)なのに、彼はそんな事故などまったくなかった世界に来てしまう。ここから彼の周囲で奇怪な事件が次つぎに起(おこ)るのだが、最後に、実はその世界があのSFマニアの精神世界、というよりはキースがあのSFマニアの精神世界はこうもあろうかと想像した世界であることが判明する。爆発時にそのSFマニアのことを考えていたからだ。つまりこれは、この時代、日本にはまだ存在しなかったもののアメリカには大勢いて、やがて日本にも大量発生することになる、やや頭のおかしいSFマニアを諷刺していると同時に、荒唐無稽(こうとうむけい)なスペース・オペラを皮肉ってもいるSFなのだ。ある意味自己言及的なメタ・フィクションとも言えるだろう。

 当時の二流、三流SFに登場し、ペーパーバックの表紙に描かれるバグ・アイド・モンスターつまり大目玉の怪物や、ほとんど裸の金髪の美女などが日常的に存在する世界でキースが真相を知ろうとじたばたするのが実におかしい。これもユーモアSFの古典と言えるだろう。

 SF同人誌「NULL」の反響は大きかった。読売、毎日などの新聞や、「週刊朝日」「週刊女性」などに取りあげられ、朝日放送テレビには家族全員が出演した。そして江戸川乱歩から「宝石」誌に兄弟全員の作品を再録したい旨の手紙が来る。みな大喜び。この手紙の返事を勤務先で書いた父は、粗忽(そこつ)にも返事の封筒に乱歩さんから来た手紙を入れて投函(とうかん)してしまい、大慌てで博物館のあった靱(うつぼ)公園から梅田の中央郵便局まで自転車を飛ばして取り戻しに行ったというエピソードもある。

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 その夏、ぼくは上京して乱歩邸にお邪魔し、「やはり長篇(ちょうへん)を書かなきゃいけない」という助言と宿題を戴(いただ)き、さらに「宝石」編集長・大坪直行の紹介で星新一と逢(あ)う。以後、もはや会社などどうでもよくなり、ぼくは仕事をサボっては喫茶店などで原稿を書き続けることになるのだ。

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 稲葉明雄訳、ハヤカワ文庫SF。元々社版は佐藤俊彦訳。

 
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