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2010年2月23日(火)

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2月23日 東京新聞(中日新聞東京本社)
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2010年2月23日

 昨年、生誕百年を迎えた作家には、太宰治、松本清張、中島敦、大岡昇平、埴谷雄高らがいるが、二十九歳の若さで獄死した川柳作家の鶴彬(つるあきら)もその一人だ。急速に軍国主義に傾く時代に、反骨の炎を燃やし短い生涯を閉じた▼<手と足をもいだ丸太にしてかへし><胎内の動き知るころ骨(こつ)がつき>。こうした句が特高警察の目にとまり、治安維持法違反容疑で鶴は逮捕され、一九三八(昭和十三)年、警察署に留置中に赤痢で死亡した▼ベルリン国際映画祭で「キャタピラー」(若松孝二監督)に主演した女優の寺島しのぶさんが最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞したニュースに接し、思い浮かんだのは鶴の川柳だった▼<万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た><屍(しかばね)のゐないニュース映画で勇ましい>。反戦をにじませる鶴の句が川柳誌に掲載されたのは、やがて泥沼化する日中戦争の開始直後だった▼江戸川乱歩の『芋虫』などに触発されたというキャタピラーは、中国の戦場で四肢と聴覚、声を失い帰郷した傷病兵と妻が主人公。情欲のまま生きる「軍神」とその妻の姿を通じ、戦争の愚かさを描き出した▼若松監督は鶴が獄死する二年前の三六年生まれだ。かつての戦争をすぐに忘れる日本社会への怒りが制作の原動力になったという。日本での公開はちょうど戦後六十五年となる八月十五日。今から待ち遠しい。

 
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