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2010年2月28日(日)

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2月28日 毎日新聞社
【邂逅 カルチャー時評】中条省平 キャタピラーとヘルツォーク 中条省平
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【邂逅 カルチャー時評】中条省平 キャタピラーとヘルツォーク

2010.2.28 07:47

 寺島しのぶがベルリン映画祭で主演女優賞を受賞しました。映画は『キャタピラー』、というのでてっきり戦車かトラクターの話かと思ったら、「芋虫」の直訳英語。江戸川乱歩の短編『芋虫』の映画化だったのです。現在の日本で寺島しのぶ以上に「濃い」演技のできる女優は考えられませんから、いまから彼女の力演が楽しみです。

 『芋虫』は最近も、乱歩に傾倒する耽美(たんび)派の絵師、丸尾末広によるマンガ版が出ました。丸尾らしい細密な筆によるエログロの連続で、若松孝二監督の映画『キャタピラー』と比べるのも一興かと思います。戦争で四肢を失った兵士とその妻の、あの恐怖にみちた物語は、さまざまな領域の芸術家の創作意欲を刺激するようです。

 『キャタピラー』がベルリン映画祭で好評だったのは意外な気もしますが、審査委員長の名前を聞いて納得しました。ヴェルナー・ヘルツォークだったのです。彼は、『小人の饗宴』をはじめ、身体的特異性を重要なテーマとする映画作家ですから、『芋虫』の物語はいかにも彼の興味を引きそうです。

 そのヘルツォークの新作がちょうどいま日本で公開中です。ニコラス・ケイジ主演の『バッド・ルーテナント』。アベル・フェラーラが監督した『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』のリメイクです。フェラーラ版の悪徳刑事はキリストの贖罪(しょくざい)の幻想に憑(つ)かれるというひねりが面白かったのですが、ヘルツォーク版はそうしたケレン味とは無縁のウェルメイドな娯楽映画で、お年のせいか(67歳)、往年のアクもすっかり抜けてしまって、『キャタピラー』で喜んでいる場合じゃないと思うのですが。(学習院大学教授)

 
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