RAMPO Entry 2010
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2010年3月3日(水)

雑誌
ハヤカワミステリマガジン 4月号
4月1日 早川書房 第55巻第4号(通巻650号)
A5判 312ページ 本体1619円
幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録 紀田順一郎
エッセイ p200−203
第4回〈短期に集中したミステリのシャワー〉

幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録

紀田順一郎  

 短期に集中したミステリのシャワー

 「探偵小説評論集」と銘打った乱歩の『幻影城』(岩谷書店)の初版が出たのは、ちょうどその三年前、一九五一年である。日本初の本格的ミステリ評論集として、とくに海外探偵小説の情報量は圧倒的で、初版千部はたちまち品切となった。当時、この種のものを備えている図書館はありえないので、古書店を探すことになったが、神保町あたりでは軒並み七、八百円(いまの数千円)にも騰貴し、高校生には手も足も出なかった。戦前からのミステリ愛好家の中には、なんと全文をノートに筆写した猛者までいるという噂が立った。『続・幻影城』は、それを凌駕する内容らしい。Iや私がジリジリしたのは無理もあるまい。
 ようやく七月上旬ごろに書店に並んだのであるが、私はその前に直接注文のほうが早いと思って、早川書房に送金してしまっていた。一つには、「著者の署名入りをお送りします」とあるのが魅力だったのである。
 ところが案に相違して、なかなか送られてこない。Iのほうは「おれ、もう読んじゃったよ。期待以上だったよ。」などと、ニヤニヤしている。怒り心頭に達した私は、とうとう「ポケミス」の奥付を見て、早川書房に電話を入れた。
 「『続・幻影城』はもうとっくに出ているのに、どうして直接注文者には送ってこないんですか?」
 「ああ、そうですか」電話の向こうから、のんびりした声が返ってきた。「今日あたり、何冊か風呂敷に包んで、乱歩さんのところにサインを頂きにいこうかと思っていたんです」
 私は意外な返事に、督促も忘れて電話を切った。あとで知ったのだが、この相手は当時編集部員だった福島正実氏だった。

 
 hayakawa online:ミステリ・マガジン2010年4月号