終章

昭和二十年三月十七日

 ……この日未明の劇しい神戸大空襲を受けて、湊川新開地は、聚楽館と松竹座の建物だけを残して、すべて焼失した。
 カフェー黒薔薇も《夢殿》も、鶴亀楼も御堂屋敷も、そして謎の廃屋も炎のなかに消えた。湊座も朝日館も松本座も錦座もキネマ倶楽部も、やっこ食堂も大安もあこ新も湖月も、カフェー日輪も姫御殿も乙女座も神戸会館も、本通りも裏通りもなくなった。なにもかもが燃え、焼け落ちたあとには、どこになにがあったのか見当さえつかぬ一面の焼け野原しか残っていない。これがあの華やかだった新開地かと、カイチマンたちは一様に言葉を失った。
 だが子細に見ると、煙がまだ燻って残る瓦礫の下に、小さいけれども燦然ときらめく物がある。
 《夢の結晶体》であった。
 人びとの見残した夢を集めて、それは今度、どんなまぼろしを演出しようとしているのだろうか。
 やがて、夜が訪れる。廃墟の夜は、闇が思いのままに跳梁してことの他に昏い。その闇の熱量をも吸収するかの如く、《夢の結晶体》はゆっくりと蠢きつづけるのであった。

《夢都傅説 了》

四百字詰め原稿用紙換算 四百三十枚
一九九五年一月十五日〜三月十九日、神戸

参考文献

『江戸川乱歩推理文庫』 一九八七〜一九八九、講談社
小林信彦編『横溝正史読本』 一九七六、角川書店
松山巌『乱歩と東京』 一九八四、パルコ出版局
海野弘『モダン都市東京』 一九八八、中公文庫
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のじぎく文庫編『神戸新開地物語』 一九七三、のじぎく文庫
林喜芳『わいらの新開地』 一九八一、冬鵲房
荒尾親成編『ふるさとの想い出写真集 神戸』 一九七九、国書刊行会
神戸新聞写真部編『写真集 むかしの神戸』 一九七四、のじぎく文庫
神戸市編『写真集 神戸一〇〇年』 一九八九、神戸市
藤岡ひろ子『神戸の中心市街地』 一九八三、文明堂
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神崎宣武『盛り場の民俗史』 一九九三、岩波新書
橋爪紳也『化物屋敷』 一九九四、中公新書
小泉武夫『奇食珍食』 一九八七、中央公論社


掲載 2000年5月17日