連載1

魔法飛行
加納朋子

 1993年 東京創元社

 何処にでも居そうな、ごく普通の女子大生が偶然手にしたミステリタッチのメルヘン『ななつのこ』を読んで、作者に送ったファンレター。そこには、彼女の身辺で起きた不思議な出来事が併せて書き綴られていた。だが、やがて届いた返信には、その出来事に秘められた謎が見事に解き明かされているのだった。そんな応答が七度繰り返され、七編のメルヘンが作中作として含まれる七つのエピソードが最後に一つの物語となって終わる、という離れ業を演じて第三回鮎川哲也賞を受賞した加納朋子のデビュー作「ななつのこ」(創元推理文庫刊)。
 本書は、その「ななつのこ」に続くシリーズ第二作。主人公で本好きの女子大生・入江駒子や、前作で知り合った探偵役の童話作家・瀬尾の二人のほか、主な登場人物は共通しており、いくつかのエピソードが作品全体に巧みに隠された物語の伏線となって長編を構成する形式も前作同様である。但し、全体としての完成度は本書の方が高い。もちろん、本書でも、駒子が日常の生活で出会った奇妙な出来事を瀬尾宛てに書き送るという設定は変わらないが、手紙は小説の形で書かれ、瀬尾の返信を解決編にした工夫がミステリらしい。
 収録のエピソードでは、表題となった第三章『魔法飛行』が良い。思い合っているのに通じあえない幼なじみの男女を結びつける、著者の感性が垣間見えるようなファンタジックなストーリーで、特に印象に残る佳編。第一章の出会うたびに違う名前を使う女の子の不思議、高架の壁に描かれた子供の絵が一晩で白骨の絵に変わる、本書では最もミステリらしい第二章。そして、各章の間に挟まれた駒子宛ての、正体不明の三通の手紙の謎が解き明かされ、三編のエピソードが伏線となって、隠された物語が浮かび上がってくる最後の第四章はミステリを読む醍醐味、読み終えるのが惜しくなる。加えて、有栖川有栖が「論理(ロジック)じゃない、魔法(マジック)だ」と本書を評したように、人間ドラマを論理的に解明することにこだわらない著者の姿勢が、作品全体をよりイメージ豊かなものにしているのである。
 ミステリでは本書のような作品を、探偵役が椅子に座ったまま、情報と推理のみによって事件を解決することから、安楽椅子探偵小説と呼ぶ。古典的な形式に斬新な着想を加えた、殺人や犯罪の登場しないミステリの新しいスタイルとして、本書は高い完成度を示した作品だと言えるだろう。

 付記
 安楽椅子探偵小説と言えば、我が国の作品では、「退職刑事」(都築道夫)・「三番館のバーテン」(鮎川哲也)・「信一少年」(天藤真)の各シリーズが知られている。退職刑事シリーズの佳編『ジャケット背広スーツ』を読んだ時、この設定なら解決が犯罪に結び付かなくても、面白い謎解きが出来るのでは、と思った記憶がある。ミステリファンに衝撃を与えた北村薫の「空飛ぶ馬」が刊行されたのは'89年、それから15年後のことだった。なにしろ、現職と元の刑事親子と、落語家と女子大生のコンビである。その発想には想像以上に大きな転換が必要だったに違いない。「空飛ぶ馬」が提示したスタイルは、より洗練され、「魔法飛行」となって結実したのである。


初出 「シナリオ教室」1997年5月号(4月28日発行)/サブタイトル「“安楽椅子探偵”の新しいスタイル」
掲載 1999年10月21日