連載2

七回死んだ男
西澤保彦

1995年 講談社ノベルス

 人生をもう一度やり直せたら、いや人生とまではいかなくとも、せめてこの一日がやり直せたら、誰だってそんなことを考えたことがあるはず。とはいえ、その一日が自分の意志とは関係無く、唐突に9回も繰り返されるとなると、喜んでばかりもいられない。そんな特異体質(自分の自由にならないとしたら、能力じゃなくて体質ですよね)の持ち主を主人公に、奇想天外な着想を見事にミステリに仕立てあげた作品が本書、西澤保彦の『七回死んだ男』である。
 主人公の高校生、大庭久太郎は自らが“反復落し穴”と呼ぶ、何の前触れもなく或る一日が9回も繰り返されるという体質の持ち主。その期間は、夜中の12時を過ぎると彼の意識以外の全てがリセットされる。つまり、その一日が繰り返されていることを認識しているのは彼だけという設定である。
 さて、資産家の祖父の後継騒動で揺れる親類一同が集まった正月の或る日、例によって“反復落し穴”に落っこちた久太郎は、こともあろうに、その二日目(二回目)に祖父の変死体が発見されるという事態に遭遇することになる。とにかく、9回繰り返される一日のうち本当の一日になるのは最後の一日、その日の出来事を変えられるのは彼の言動だけである。祖父を救うべく久太郎の孤軍奮闘が始まるのだが、嘲笑うかのように何故か繰り返される度に犯人が違って……。
 筆者の西澤保彦は全編バラバラ殺人をテーマにした連作短編集『解体諸因』でデビュー後、二年間で8冊の作品を発表する旺盛な筆力で目下注目される作家の一人。古今の名作ミステリや映画等から得た奇抜な着想や設定を作品に仕立てあげる力業が持ち味で、本書の設定もロマンチック・コメディ映画『恋はデジャ・ブ』からヒントを得たと言う。
 もちろん、設定の工夫だけでなく、久太郎の犯人探しや設定を逆手にとった結末でのどんでん返しなど、本書は謎解き小説としての構成も一級品で充分楽しめる。ディテール的には欠点も少なくない作風だが、それを補って余りある読者をアッと言わせてやろうという著者の意欲が好ましく、ミステリらしからぬ後味の良さも魅力だ。反復する時間の中で、祖父殺害の事態を回避しようと奮闘する久太郎一人が周囲の反応に翻弄されていく、まさしく本書はシチュエーション・コメディの面白さをミステリに生かした怪作なのである。

 付記
 著者が絶好調で書きまくっていた頃である。当初は著者ベストの快作「人格転移の殺人」を取り上げる予定だったが、作風に慣れないと充分楽しめない気がして、本書に変更した。トリックの枯渇、謎と論理を主眼とする本格ミステリの終焉が話題となって久しいが、本書のように、現実には有り得ない状況を設定し、それを生かして謎を構築する創作法も現代本格ミステリの行き方の一つだろう。この手の作品の代表作は、もちろん山口雅也「生ける屍の死」だが、幅広い読者を獲得したという意味で西澤保彦の果たした役割は大きい。別世界ものの傑作と言えば、ジェイムズ・パウエルの『道化の町』(「EQ」1991年 no.80 掲載)が凄い。吃驚しますよ。


初出 「シナリオ教室」1997年6月号(5月28日発行)/サブタイトル「時間の“反復落し穴”にはまった主人公の孤軍奮闘」
掲載 1999年10月31日