連載6

しゃべくり探偵
黒崎緑

1991年 東京創元社

 大阪弁とそのパワフルな会話の迫力は、吉本興業お笑い陣の活躍もあって今や全国区。とにかく、その面白さと自爆力は在阪TV局の素人登場番組あたりを見れば一目瞭然だ。素人がよくもあれだけ喋れるものだと、おまけに笑わせてくれるものだと感心するしかない。思うに、大阪人の会話の底には、常にいわゆるボケとツッコミに対する過剰なまでのこだわりがあるようだ。それは、単なるサービス精神や天賦の性格とはちょっと違う、日常生活レベルで身に付けた執着なのかもしれない。もちろん、何の衒いもなくボケられる能力自体が、社会生活における一種のステイタスとして了解されるような環境もそこには確かに存在している。なにしろ、ボケとツッコミみたいな漫才用語を小学生のうちから使いこなせるのは、大阪の子どもくらいのものだろう。まぁ、そんな土壌であるからして、本書のような作品もいずれは生まれるべくして生まれたに違いないのだが……。
 さて、本書の副題は「ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険」。文字通り、名探偵とその助手という定番コンビを漫才コンビに見立てた連作短編集である。帯の惹句に拠れば、大阪弁を駆使して「叙述形式の限界に挑戦した」、「世界初(!?)しゃべくり漫談ミステリ」ということになる。
 「限界に挑戦」は少々大仰だが、なにより本書を構成する全四話の物語には、いわゆる地の文が全く無い。第一話から第四話まで、それぞれが「会話体」、「書簡体」、「電話での会話体」、「告白体と会話体の混合」という小説スタイルで書かれているのである。もちろん、会話体の部分はすべて大阪弁、これが凄い。著者苦心の作という上方漫才らしいベタなギャグの応酬も、サービス精神たっぷりで楽しめる。
 著者はサントリー・ミステリー大賞読者賞受賞後、サスペンス、スリラー等多彩な作品を発表、“お笑いミステリ”がベースの本書でも、推理や謎解き等ミステリとしての構成は正統派。主人公の大学生コンビ、名探偵保住〔ほずみ〕君のボケと、助手役・和戸〔わと〕君のツッコミの軽妙な掛け合いに乗せられていると、最後にはアッと驚かされることに……。大阪弁が苦手な読者にもミステリとして充分満足できるはずだ。
 本書の大阪弁が実際の話言葉とは若干違っているのは著者後書きのとおり。まずは、雰囲気を大いに楽しんで欲しい。

 付記(1999/11/13)
 「キミ、ちょっと前に大阪弁(関西弁)で雑誌評やってたやろ。あれ、結構むつかしかったん違うか」
 「まぁ、大阪弁のとこは会話でやったさかいな。会話やったらまだ何とかなるねん。そやけど、前に『このミス』のアンケートのコメントを大阪弁でやってた時はしんどかった。同じ字数の文章やったら標準語の方が情報の量は多うなるし、書きやすい」
 「実際の話し言葉は文章に出来へんしね。ところで、この本は?」
 「ミステリ的にはアッと驚くような話やないけど、気楽に読んでたら、謎解きが始まって、『アッそやった、これミステリやったんや』みたいな、意外性いうか何か一風変わった味があるで」
 「緊張と緩和、落語の極意やな。奥が深いなぁ(枝雀師匠に合掌)」


初出 「シナリオ教室」1997年10月号(9月28日発行)/サブタイトル「大阪弁を駆使したしゃべくり漫談ミステリ」
掲載 2000年1月9日