連載9

原罪の庭
篠田真由美

1997年 講談社ノベルス

 いかにも今風の女子高生がカルトなミステリ作家を話題に会話を弾ませる。最近そんな光景を書店でよく見掛ける。ミステリ・ファンが「鬼」と呼ばれ、ミステリが限られた愛好者に支えられていた時代も今は昔の話である。近年のミステリの隆盛が、質的にも内容的にもジャンルとしての拡散を促すと同時に、ファンの様相にも大きな変容をもたらして来たことは言うまでもない。
 その一つに同人誌やファンジンを作って活動するコミケット(コミック・マーケット)系のファンの増加がある。そんなコミケット系のファンにも人気の高い「建築探偵桜井京介の事件簿」シリーズ。本書はその一冊である。
 顔の三分の二を覆う長い前髪に超絶的美貌を隠す、痩身の大学院生・桜井京介、アシスタントの高校生・蒼〔あお〕、京介の旧友で巨漢の大学生・栗山深春〔みはる〕の三人が、一風変わった建築物を舞台にした殺人事件に巻き込まれ、解決のために奔走するのがパターン。もっとも、鮮やかな推理で事件を解決する名探偵・京介だが、進んで事件に関わる意思はない。近代日本建築史を専攻し、「建築探偵」を自称する京介にとって、あくまで興味は舞台である建築の調査・保護なのである。
 さて、シリーズ五冊目の本書では大学二年の京介と蒼との出会いが語られる。外から施錠された巨大な温室の中で発見された、逆さ吊りにされ切り刻まれた血みどろの死体が三つと血まみれの裸の子どもが一人。事件で両親を亡くし、言葉を亡くした子どもを救うため、京介はこの陰惨な事件に自ら関わっていく。果たして巨大なガラスの柩の中で繰り広げられた真実に救いはあるのか。本書でも登場する、ダンディな大学教授・神代宗も重要なレギュラーの一人である。
 著者は幻想小説にも造詣が深く、ノン・シリーズでは外国を舞台にした幻想ミステリの秀作もある。本シリーズでもその特質は生かされており、ヴィジュアル的イメージの豊かなことが若いファンの人気を呼ぶ所以かも知れない。
 『未明の家』で始まった本シリーズも本書で第一部の完結とのこと。この機会に読んでみようという読者は、深春との出会いの四冊目『灰色の砦』から事件発生順に、本書、一・二・三冊目と読んでみても面白いだろう。そして、第二部で語られるはずの、未だ語られざる京介自身の事件に期待しよう。

 付記(2000/1/15)
 通勤電車で京極を読む女子高生を何人も見かける。ノベルス・コーナーの前で京極や麻耶雄嵩、清涼院流水の作品を話題に盛り上がる茶髪にルーズソックス(格好は関係ないが、あえて書く)の女子高生に出会う。とにかく、ミステリを巡る状況やファンの様相の変容を再認識させられる機会は少なくない。大量に発行されている、ミステリを対象にしたコミケ系の同人誌もその一つだろう。
 ミステリ作品がそうした、作品全体、或いは本質的な部分から切り離された形で取り上げられ、評価されることについては問題無しとはしないが、作品の商品価値という観点からすれば幸か不幸かを判断するのは難しい。なにしろ作者の手を離れた作品(商品)を、読者(消費者)がどう読み取ろうと読者の責任でもある。少なくとも、コミケ系のファンに人気のある作家からの否定的な声を聞かない以上とやかく言うこともないし、本書のようにその登場キャラからして明らかに、そんなファンを意識して書かれた作品もある。ただ、そうした形で話題になったり、人気を博すほど、作品としての、特にミステリとしてのきちんとした評価の埒外になっている気がするのは、ミステリに対する過剰な思い入れのせいだろうか。
 ともあれ、幻想ミステリとして高い評価を受けた「琥珀の城の殺人」で作家デビューを果たした著者だけに、話作りの旨さ、筆力は本書、そしてシリーズでも充分発揮されている。新本格風の新しさには欠けるが、しっかりした構成で、ミステリとしても安心して読めるところがこのシリーズの魅力でもある。本書以降、シリーズ六冊目「美貌の帳」と短編集「桜闇」が刊行されているが、「祝福の園の殺人」に続くノン・シリーズもそろそろ読みたいものだ。


初出 「シナリオ教室」1998年1月号(97年12月28日発行)/サブタイトル「長い前髪に超絶的美貌を隠す“建築探偵”」
掲載 2000年4月20日