うみねこ掲示板過去ログ#301-400

この掲示板ではクオリアの中でも志向性に関連する生命の自発性について論じます
ここではクオリアは生命現象であるとする立場の下、物理主義に断固抵抗していきます

書き込みはこちら




[400] 別にいいですよ(^^)/ 投稿者:ゆりかもめ 投稿日:2003/03/08(Sat) 14:31

あらまぁ!!そうなんですか・・・。それはお気の毒ですね。
お返事どうもありがとうございました。それでは、これからも、頑張ってください!! 応援しますよ〜(^o^)。



[399] フレーム問題の愚かしさ 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/08(Sat) 12:31

 われわれは十分な情報をもって行動しているわけではなく、行動することによって情報を収集している。感覚や刺激、目的が先にあるのではない。生物はつねに、自ら運動した結果、返ってくるフィードバック刺激(感覚)を受容しているのである。行動するとは情報を収集することなのである。

 たとえば視覚にしても、われわれは筋肉で眼球を動かすという運動を行うことによって初めてものを見ることができる。ここでは簡単のために微小な眼球運動は無視するとして、今、どこかを凝視するとする。すると、せいぜい1分以内にわれわれの視野は狭まってしまう(微小な眼球運動がなければもっと速やかに視野は狭まってしまう)。これは同じ刺激を受容し続けたことによる神経細胞の疲労または慣れとして説明されることが多いが、単に受動的に受容した感覚とはそんなものなのだ。そして、眼筋を動かす、つまり運動して網膜に新たな情報を暴露することによって狭まった視野が回復するのだ。

 すべての感覚は生物の活動が先にあってこそ産まれる。結局、このことに気がついていないから馬鹿馬鹿しいフレーム問題という擬似問題が立ち現れるのではないだろうか。



[397] 世に暗いと言われているシンガーソングライターの 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/07(Fri) 14:55

曲のMIDIデータを3曲お届けします(笑) いずれも20年以上前の歌ですけど。例によってMIDIデータだけでなく、mp3に変換したファイルも添付しました。

ラスト・ワルツ/森田童子
この人の歌はあまり知らないんだけど、ほとんどつねに「夭折」とか「自殺」というテーマが聞こえてくるような気がする。

地獄「心だけ愛して」/山崎ハコ
1979年頃、映画「地獄」の主題歌として使用された曲。この歌は暗いというより怖いです。

あぶな坂/中島みゆき
みゆきさんのデビュー・アルバム「私の声が聞こえますか」(1975年発表)の冒頭の曲。「地上の星」の大ヒットでにわかみゆきファンが降って沸いているが、真正のみゆきストはこういう歌こそ愛する(?)。はっきり言ってとんでもない歌詞。ほんとはこういう歌は人に聴かせるのではなく、ヘッドフォンで密かに聴くべき。それゆえ、ファン以外にはあまり知られていない曲(だと思う)。



[396] 量子力学に固執する物理学 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/07(Fri) 12:48

 どうも、量子力学に固執する物理学と、オートポイエーシスを発想したマトゥラーナや生命という複雑系を論じるカウフマンらの理論生物学との間には深い溝があるような気がする。観測問題が顕在化した時点で量子力学は実は破綻したと見るのが正しいのではないか。

 もう一度、昔私が挙げた例を挙げよう。室内に放置したビーカーの水は室温を維持しながら次第に蒸発していくだろう。しかし、それを密閉した冷蔵庫に入れるとビーカーの水の水温は低下し、蒸発しないまま留まるだろう。つまり、ビーカーを冷蔵庫に入れる、というヒト(生物)の「行為」によってビーカーの水の運命は変化したのである。以前はここまでしか書かなかった。だが続きがある。しかし、ビーカーの水の運命が変化したように見えるのは、実はこのヒトの行為までをも包含した体系を私たちは持ち合わせていないからではないだろうか。それとも、このヒトの行為によって変化することになるビーカーの水の運命はそもそも予測できるのだろうか。



[395] システムは境界を定めてこそ、拡大していける 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/07(Fri) 10:50

某所で「国家戦略」云々の表題でくり広げられている議論の本筋には私はあまり関心がない。
それより気になったのは、その議論の中で述べられた茂木氏の
>あるシステムは、その境界を自ら明確に定めないからこそ、
>発展し続けるということがあるわけで、
という一文である。システムが境界を定めなかったら、それこそエントロピーが増大して、あるいは平衡状態に達してしまって活動を停止するのではないか。生物学では生物は負のエントロピーを食うという言い方には馴染みがない。むしろ、非平衡状態を維持しようとすることで活動を継続すると考える。そのためには境界が必要なのではないか、ということである。



[394] あ・・・ 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/05(Wed) 01:20

 ゆりかもめさん、どうも。
 あー、その動画のリンクはですね・・・そのファイルを置いていたプロバイダさんが 夜逃げしちゃいまして失われてしまったのですよ。ごめんなさい。
 それらはなにぶんサイズの大きなファイルですので、現在メインで利用させてもらっている
プロバイダさんのディスク・スペースには収まらないのです。

 なお、現時点ではトップページからは そこには飛べないようになっています。



[392] 気つ”いたこと・・・ 投稿者:ゆりかもめ 投稿日:2003/03/04(Tue) 20:19

始めまして。いつも、うみねこさんの掲示板を読ませて頂いて本当に感心してしまいます。
 ・・・ところで、http://www.e-net.or.jp/user/umineko/mmediaj.html#MP2の、マルチメディアコーナーのセーラームーン動画のリンクが切れていましたので、更新をどうか宜しくお願い致します。
 これからも応援しますので、頑張ってください!!



[391] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/15(Sat) 17:15

 いまだにカウフマンの例の本を各章を行きつ戻りつ読み進んでいるところだが、どうも、カウフマンにしろ、ボールとハトを投げた場合の挙動の違いに言及したドーキンスにしろ、一般に理論生物学者はニュートン以来の物理学がずっと見落とし続けてきたものがあることに気づき始めているようだ。それは結局、観測者を込みにした法則の存在。それが量子力学における観測問題として顕在化し、今もなお解かれずにいる、ということなのではないだろうか。そして観測者がとりもなおさず自律体である生物のわれわれなのだ。
 カウフマンは同書174ページでに、仕事という概念を考えるためには、宇宙が分割されている必要がありそうだ、と書いている。本書で提示されている仕事という概念については本書を読めば分かるとして、「宇宙が分割されている」とはわれわれが文脈に依存して世界を分割して見ているという意味ではない。そうではなく、まさに自律体がたとえば閉じた酵素系が膜によって互いに隔てられているように、物理的に独立した存在でなければならないと言っているのだ。
 カウフマンの主張する「配位空間をあらかじめ有限な形で記述できない」が当たっているとするなら、それは究極的には因果関係は自律体によって開始される無数の束だ、ということになる、ような気がする。



[389] 自然は予測可能ではないという理解 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/13(Thu) 02:44

>自然科学者は予測可能性を判断基準としてシンボルの
>自然のモデルとしての妥当性をみるわけです。これに
>シミュレーションも含まれるでしょう。

> >ただその後に「自然を理解した」と判断するかどうか
>は任意性が残されていて、その意味で「理解する」と
>いうことは「諦めるか」ということに近い、主観的な
>ものになる。そういう意味で
>
>>実は諦めだ
>
>というなら分かります。その意味で、自然科学者は
>いつでも「現象を理解するために科学は存在するの
>ではない」と言える立場にあるように思う。

 これは(不遜にも)物理学を自然科学と同一視するある物理学者の言明だが、自然科学としての生物学モノ(者)の私はこの言明に同意しない。生物学はまさに生命現象を理解するために進んできたのであって、予測することをめざしてきた自然科学ではないのである。自然は究極的に予測可能ではないという理解もあり得るのではないか。しかし、これは現状、非常に過激な立場だろう。今は上記言明には同意できないことを表明するだけにとどめたい。



[386] 自閉症児の常同行動と小脳機能障害 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/09(Sun) 06:46

 1年くらい前だったか、自閉症児の常同行動の原因を小脳の機能障害に求めている研究者のインタビュー記事を読んだことがある。ここでいう常同行動はとくに旋回運動のことで、上半身を揺らせて頭部を回転させたり、立った状態でその場でぐるぐる回る行動を指している。自閉症の常同行動は解釈が難しいものだが、ここでも私はその原因を脳の機能障害に求める考え方に懐疑的だ。自閉症児はこの行動をむしろ「楽しんで」おり、それが行き過ぎた結果が脳の機能障害ではないか。つまり、ここでも因果関係の解釈が逆転しているのではないかと疑っているのである。

 実は私も幼い頃、旋回運動をやっていた。なぜこのような運動を始めたのかに関する記憶はないのだが、少なくとも、あの「目の回る感覚」を楽しんでいたことを覚えている。なんらかのきっかけで、それはジェットコースターであったかも知れないし、階段から転げ落ちた時かも知れない(そして運良く怪我はせず、目の回った感覚だけが自覚された)が、自分の内部感覚を楽しむことを覚える子供がいるような気がする。そのきっかけはおそらく、ほんの運のようなものなので、このことを覚える子供はごく少数だろう。しかも、それらの子供の多くは成長するにつれて他の楽しみを覚えていくので、「目の回る感覚」を楽しむことに固執しなくなっていく。結果的にさらに少数の子供がその楽しみに固執しつづけ、ある時、常同行動と診断されて脳を検査すると異常が見つかった・・・。とは言え、こういう仮説は実証することが困難である。

 以前、ある研究室の同僚だった精神科医の言葉が思い出される。てんかんけいれん発作を楽しんでおり、自ら自分に刺激を与えて発作を起こす子供がいるというのである。



[385] 参る・・・ 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/06(Thu) 12:44

いくら仕事とは言え、今さら記憶のアセチルコリン(またはコリン作動性ニューロン)仮説を
読まされてもなぁ。。。



[384] そのための構造なくして 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/04(Tue) 09:51

感覚や運動などの機能、意識やクオリアなどの現象が生じるわけがない。
この考察なくして行われる物理学者によるクオリアの議論など価値がない。
そう思うのは私だけなんだろうか。



[382] 外適応 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/02/01(Sat) 15:08

 どうやら[379]後半に書いた、ダーウィン的な進化の総合説では説明できないと思われる現象は「外適応」とよばれているらしい。私が前から論じてきた総合説に対する批判はすべて、外適応にまつわるものであったらしいことにようやく気づいた、という次第。

 外適応とは「ある状況で利用される以前に別の状況の中で生じた特徴」あるいは「そのような新しい特徴が集団内に受け入れられていく過程」(タッターソル『現生人類への道 私たちはいかにして人間になったか』(日経サイエンス)による)。前半の定義は昔からある「前適応 preadapation」と同じものだが、後半の定義と併せて「外適応 exaptation」と名付けたのが先日亡くなったS.J.グールドらしい。

 そしてカウフマンは、この外適応が本質的に予測できない、つまり「配位空間をあらかじめ有限な形では記述できない」と論じ、ニュートンからアインシュタイン、ボーアの伝統的な物理学の方法論に異を唱えているのである。



[380] うまく言えないのだが 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/21(Tue) 01:20

以前、[250]の精神分裂病の病因についてふれた書き込みや、今回の[379]の進化についてふれた書き込みにもそれとなくほのめかしたのだが、私は自然科学のさまざまな現場で因果関係の把握に逆転が生じているのではないか、と疑っている。SORパラダイムしかりである。つまり、現代の自然科学は根本的に誤っているのではないか、と言いたいのである。こういうことをあからさまに言うのはほんとうに恥ずかしいんだけども、カウフマンの「配位空間をあらかじめ有限な形では記述できない」という問題意識はもしかしたらこれと相通ずるものかも知れないと感じている。

この問題意識が茂木氏の
>Mー理論は、
>表記と表記されるものの関係については
>相変わらずナイーヴである一点において、
>究極の理論であるはずがない。
と同じものであってほしいと願っている。



[379] 地球・ふしぎ大自然 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/20(Mon) 21:44

 NHKの月曜8時の自然観察ドキュメンタリー番組はよく観ている。ここでもほんの10年くらい前までは動物の行動に関してK.ローレンツ風の説明がよく行われたし、つい最近までは柳生博氏のあの目的論的な説明には腹が立ったものである。さすがにこの2-3年はスタッフが交代したのか、現代的な納得できる説明がなされるようになってきた。大河ドラマ「毛利元就」で隆元役を演じた上川隆也、小泉今日子らによる解説も好感が持てる。しかし、である。

 今日のゴリラの番組であるが、樹上に住むゴリラと地上に住むゴリラへの分化は結局、地球の造山活動とそれに伴う自然環境の変化によって「仕向けられた」という説明が行われている。これは京大・山極寿一氏の推論なのかも知れないが、この進化の説明方法に私は批判があるのである。では訊くが、鳥類の飛行はどういう自然環境の変化が仕向けたというのだろう? 鳥類の飛行だけではない。キリンのあの長い首やヒトの二足歩行もである。あのように、どう考えても変化の初期には不利としか思えない形質がどうして進化し得たのだろう? これに対する私の解釈は、遺伝を介さない行動が集団に伝播して、いわば「流行(はやり)」として世代を通じて伝えられ、その行動様式に適合する遺伝的変異がその生物集団によって選ばれてきたというものである。つまり、自然が選択したのではなく、生物自らが選択したと考えるのだ。こう考えると途中の変異形態の化石が発見できない(ミッシングリングと呼ばれる)ほど高速な進化が説明できる。そして、遺伝を介さない行動が出現しうるのは生物がそもそも自発的だから、と考えるのだ。



[378] 気にすることはない>一茶さん 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/19(Sun) 21:16

一茶さんの主張と私の考えは相容れないけれども、議論の仕方自体はべつに問題はないと考える。プロフェッショナルといえども誰もが該博な知識を持っているわけではない。議論というのは一部の分かる人間のものであってはならず、なるべく多くの人々が参加できるものでなければならないと私は考える。そのためには言い出しっぺがなるべく多くの背景知識を提供する必要がある。このことを理解せずに、中途半端な知識に依拠して自己満足の議論をする(この文言は実際聞き飽きた)などという人間が管理するような場は見限った方がよい。せいぜい、少ない言葉だけで互いに分かり合えていると思い込んでいるだけの人間同士の閉鎖的な蒟蒻問答集団を形成したらよいのだ。



[376] 相互作用再考 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/19(Sun) 18:05

 カウフマンを読むにつけ、彼の主張する集団的自己触媒集合はもちろん化学機械だ。私もこの見方を支持している。ただし現状、自然界にはこのような化学機械は生命の単位である細胞としてしか存在していない。確かにこの機械にはエネルギーの入出力はある。しかし、それを構成する酵素や基質の集合はそれ全体として「閉じており」、絶えず循環している。つまり全体として統一されているのであり、その集合の構成要素になり得ない酵素や基質はその統一体によって異物として認識され、それが外部に由来する場合には「えさ」として認識される。すなわち、生命を相互作用の無限の連鎖と考えるより、統一体としての生物個体という構造に焦点を当てる見方があるはずなのだ。



[374] 物理学の究極の理論とクオリアとは 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/19(Sun) 16:39

関係がないのではないかと思う。

一部の人にはドーキンスと聞くとミームとなってしまうのかも知れないが、彼の発想の原点には「自己複製する分子は利己的にふるまわざるを得ない」ということがある(なお、自己複製する分子が先か、代謝系が先かという議論はあくまで生物学の枠内での議論だと私は認識している)。では、自己複製する分子の利己的な性質、これは従来の物理学の範疇にある、または物理学が扱えるテーマなのだろうか。物理学出身者はもちろん、これも物理学で扱えるテーマだと主張するだろう。つまり物理学の枠組みを広げようとする。しかし、私は懐疑的だ。どうも、単なる物質であったものでもある程度複雑な構造を持つようになると、物質を超えた、その構造に特有の性質が現れてくるような気がする。言うまでもなくこれが複雑系科学のテーマなのだが、意識やクオリアも生物の、しかもある程度複雑なネットワークを形成するに至った脳において初めて現れてくる性質なのかも知れない。これが従来の物理学や生物学の範疇を超えた統一科学としての姿を整えつつある、というのが現状ではないだろうか。



[373] カウフマンは 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/19(Sun) 01:51

 「配位空間をあらかじめ有限な形で記述できない」ということを問題意識として「生命と宇宙を語る(Investigations)」を著したと述べ、同じ問題意識に基づいて最終章では量子力学から超ひも理論、ツイスター理論まで言及している。私はまだこの問題意識の意味を理解したとは言いがたいが、生物の行動は予測できないと考える私の立場と深いところでつながっているのではないかと感じている。
 しかし、この世界の成り立ちはどうあれ、こと意識やクオリアに関してはそこまで下りていく必要はない、生命現象に留まるものと考える。私は石ころの持つクオリア、「死後の生」といったものにはまったく関心がない。生きていてこその意識であり、クオリアであると思うのだ。



[372] 構造を意味づける働きが生物にはある 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/18(Sat) 17:38

 この表題の裏の意味は言うまでもなく、物理学が研究対象としてきた無生物にはその働きはない、というものだ。

 広大な宇宙における無数の銀河の不均一な配置。これはビッグバン時点における物質の分布の揺らぎが表れたものかも知れない。冬の夜空に見える、なんとも恣意的に配置されたかにみえる三連星とそれを取り巻く明るい四つの星。これをわれわれはオリオン座と呼ぶ。しかし、これらはその構造に対して人間が与えた意味であって、宇宙がその意味を表明したものとは普通は考えない。

 モミジの種子に生えた羽根。これは風に乗って遠くに運ばれた方が繁殖に成功した個体が多かったことを物語っており、モミジはその可能性をもつ形態を発生させる能力があることを示している。ただし、この形態を出現させたのはモミジ自身であっても、その形態を助長したのはおそらく環境の方だ。つまりモミジが空気の流れという環境の構造を羽根という形態として意味づける働きは受動的だ。

 ヒトに追われて崖を駆け上っていくイタチ。その様子を見ていると、崖に出っ張った突起をうまく利用して登っていくのが分かる。この崖の突起は物理的には単にその部分の土塊の結合力が強いからに過ぎないが、これをイタチは跳び上がるための足場として意味づけている。つまり、イタチが崖の突起物を足場として意味づける働きは能動的だ。

 小便で自分の臭跡をつけるイヌ。小便のにおいは物理的には揮発性の化学物質が蒸発し、それをイヌの嗅覚が捕捉しているに過ぎないが、それを自分のなわばりという意味としてイヌは自ら創り出し、他個体の臭跡をそれとして意味づけている。



[371] お分かりでしょう 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/18(Sat) 08:11

あそこの管理人は一茶さんの書き込みは残し、それに対する私の反論だけを一方的に
削除した。これではまともな議論はできません。管理人は知ってか知らずか、自分の
気に入った(または自分と意見の合う)人だけを残す、閉鎖的なファンクラブを形成して
いるのです。



[370] 一茶さんはまったく変わっていない(笑 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/17(Fri) 16:20

私も変わっていないんだけど。

投稿者:うみねこ  投稿日: 1月17日(金)03時56分16秒
生物の身体構造(一茶さんの言葉でいうと「器」)は原子や分子からでは導き出せないけれども実体があるのです。生物を詳細に調べれば確かに最後は原子や分子に行き着くけれども、この方向では生物の「身体構造」という重要な側面が失われてしまうのです。これこそが、物質ではない「何か」です。これは、このことに気がついていない限りは以下何を議論しても無駄と思えるほど重要なことです。

投稿者:一茶  投稿日: 1月17日(金)16時04分04秒
身体構造は、単に原子の配置にすぎませんし、身体機能もそうした配置の時間的変化に
すぎません。したがってそれには、何ら実体的なものは存在していないと思われます。

これはひとつの究極の問いかけ。べつにこの場で答えが出るとは思わない。お互いに一生考えていけばいいこと。



[369] 大勝負 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/17(Fri) 08:35

個人的に、昨日はけっこう大勝負の重なった日だった。2日間休場して再度土俵に上がった貴乃花の相撲と、将棋の第52回王将戦の第一回戦である。相撲の方はテレビで何度も放映された通りだが、将棋の方は先日、羽生竜王が最終第七局までもつれ込んだ竜王戦を苦労の末、防衛した後の挑戦者としての王将戦七番勝負の初戦。羽生竜王もここのところ、昔のような切れがない。先日の竜王戦も先方のポカで竜王が転がり込んできたような将棋だった。双方ともにかなりのプレッシャーがあっただろう。
昨日の午後は、実は終局まで将棋のウェブ中継にかじりついていた。本局の最長考100分をかけて指された佐藤王将の8一飛。この間もずっと私は将棋仲間と次の指し手を検討していたのだった。自陣を守るか、攻め合いに出るか。守るのはどう見ても数手負け。だから攻め合いに出るしかなかったのだが、8一飛は仲間内ではまったく検討されていなかった。結局、考えすぎの緩手という結論がでた。挑戦者・羽生はこれを見逃さず、というより最初から問題にしていなかった手を指されたのでこの手を無視し、自分の攻めを継続してあっさりと勝ってしまった。終わってしまえば両方ともあっけなかったが、始まる前の緊張感がよかった。



[368] うーん 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/16(Thu) 10:23

私の考え方をエラン・ヴイタールとかオカルトとか言っていた連中はまったく逝って良し
なんだが、それにしても、このカウフマンのスケールの大きさはいったいなんなんだ・・・



[367] [366]の補足 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/15(Wed) 12:31

>その衝撃は従来のインパルスの伝播というバケツリレーによるのではなく、集団的自己触媒
>集合を介して細胞全体に瞬時に(正確には光速で)伝わるのではないか。
毎秒数メートルから100メートルといわれるインパルスは細胞膜上を伝わるのに対し、後者は
細胞質を媒体として伝わる、ということがあるかも知れない、ということ。
まぁ、べつにこの考えにこだわるものではない。続きを読もう。



[366] 相互作用同時性 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/15(Wed) 07:25

「カウフマン、生命と宇宙を語る」の73ページあたりまで読んだ時点での思いつきを一応書き留めておこう。

カウフマンの言うように、集団的自己触媒集合(autocatalytic set)が細胞を一個の統一体としてあらしめている(これを私は個体性と呼んだ。細胞レベルを個体とするならこれは単細胞生物の個体性)のであれば、細胞が外部から「衝撃」を受けた時、その衝撃は従来のインパルスの伝播というバケツリレーによるのではなく、集団的自己触媒集合を介して細胞全体に瞬時に(正確には光速で)伝わるのではないか。



[365] カウフマン 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/13(Mon) 18:22

[352]の座談会で伊藤先生が述べておられること、
>細菌が動くのは,餌になる有機物の刺激の多いほうへ動くという反射ではなくて,まず
>自発的に動き,その結果として餌にぶつかるという説があります。生物には元来自発的に
>動く機能があって,それが人間の内発的な行動の原型だという考えがあります。
これと似たことをカウフマンも考えているようです。もちろん私も考えている。

[358]で書いたようなことをカウフマンは「一般生物学(generalまたはuniversal biology?)」とよんでいる。いわゆるDNA→RNA→蛋白質というセントラル・ドグマは地球上でしか成立しない生物学的知識だが、そうではなく宇宙に普遍的な生物学。結局、私もこれをめざしているんだろう。

「カウフマン、生命と宇宙を語る」の翻訳は悪くはないようだが、やはり原著で読みたくなってきたな。



[364] 2002年ノーベル賞受賞者討論会 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/12(Sun) 22:58

 小柴さん、いいこと言ってた。科学上の発見はいずれは誰かがやるものだ。参照すべきものは人間が創ったものではなく、すでに存在するのだ。だから科学上の発見はすべての人類に共有されるべきものだ。しかし、芸術や数学は違う、と。あれは創造だと言いたいのだろう。

 そして創造が可能なのは、外界にすでに存在する私たちが参照する事象、すなわち外界刺激、環境からの入力とは無関係に、脳が自発的に活動できるからだ/うみねこ



[363] 「生物は体のかたちを自分で決める」 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/12(Sun) 17:42

本の邦題にだまされた感あり。ま、それはともかく、ワールドロップ「複雑系」によると、かつてカウフマンは進化においてダーウィン的な自然選択はあまり重要ではないと考えていたが、メイナード=スミスに諭されて転向した経緯がある。今回のスミスの本は、逆にスミスの側から自己組織化を取り込む試みであるらしい。



[362] 考える細胞ニューロン 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/12(Sun) 15:30

 櫻井芳雄「考える細胞ニューロン」(講談社)を読んだ。櫻井氏は私と同世代で、D.O.ヘッブの教科書に強い影響を受けていらっしゃるらしいことなど、メンタリティや脳・行動に対する基本的バックグラウンドが自分とよく似ていると感じる。本書の売りというべき細胞集成体(セル・アセンブリ)による情報表現の研究(複数のセル・アセンブリによる情報表現に重複して参加しているニューロンが存在する)は数年前の京大・湯川記念館における複雑系の研究会でも講演されていた。

 本書のまとめの章に書かれている、
「まず、眼や耳など入力器官から入った情報は、変化し分岐しながら脳の中を一方向へ流れていくのではなく、

広範な回路網の中でつねに活動しつづけている多数の機能的ニューロン集団、すなわちセル・アセンブリの活動を
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
変化させるきっかけとして作用する。」

 は重要な考え方だと思うのだが、下線部の事柄については本書内ではほとんど触れられていない。本文中で触れていないことをまとめの章に書くというのはちょっとずるいのではないか。総じてやはり、SORパラダイム(入力刺激→情報処理→行動出力)の図式に囚われていると感じる。機能的ニューロン集団が「刺激入力がなくとも」つねに活動を続けている、この意味を明らかにすることは心理学ではなく、広く生物学の課題だと私は思う。



[360] うかつ 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/11(Sat) 02:04

「カウフマン、生命と宇宙を語る 複雑系からみた進化の仕組み」 スチュアート・カウフマン
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3e186218e27b101051c1?aid=&bibid=02220910&volno=0000&revid=0000144703
「生物は体のかたちを自分で決める(進化論の現在)」 ジョン・メイナード=スミス
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3e186218e27b101051c1?aid=&bibid=02232650&volno=0000&revid=0000161304

 昨年秋にこんな本が相次いで出ていたとは知らなかった。とくにカウフマンの方は訳本の出る驚くべき早さ。さっそく注文した。生命が自発的であるのはもう常識なのか?
もっとも、書評を読む限りではカウフマンの方は奇書という位置づけ、メイナード=スミスの方は飛躍があるということなので、未だ確立された考え方ではなさそうだが。



[358] 流動性と個体性 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/09(Thu) 06:02

 Qualia MLのログ、06801-06900を読み返してみて、生物体内部の流動性と、生物個体の独立性とでもいうべきものが理解されていなかったのかな、と思えるのですね。

 吉田氏の「科学と技術の諸相」の最近の"Q&A"を読んでみて、生命現象には機能分子(地球上の生命では蛋白質=酵素)が溶媒(地球上の生命では水)に溶けていることが前提とされていることがお分かりと思う。生体内部では機能分子が溶媒中を自由に動き回っている。このことを指して私は流動的であると言い、その動きが代謝回路を構成して絶えず回転している(この回転は生命誕生時に生まれ、以後継続されている)ことをもって生命は自発的なのだと言った。この、細胞の活動が自発的なのだ、と。しかも、このことは単細胞生物の内部に留まらず、多細胞生物の内部においても細胞間液が存在してその中を機能分子が自由に動き回っている、という構造をもつ。しかし、この関係は多細胞生物個体間には存在しない、という意味で生物個体は各々独立した存在なのだ。それ故、対象とすべきはニューロンなどの細胞ではなく、個体なのだと私は考える。



[356] 言語がトリヴィアルであるというのは 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/05(Sun) 05:37

言語がクオリアや主観的な感覚を生むのではないからだ。あくまで先にクオリアなり主観的な感覚があって、それを表現するためのひとつの手段として言語が発達したと私は考えるので、言語はトリヴィアルだという言い方が気に入らなければ、それは下流の、あるいは副次的な問題だといってもよい。



[355] 【連続座談会】 脳とこころ−21世紀の課題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/05(Sun) 03:26

http://www.so-net.ne.jp/medipro/igak/04nws/news/n2002dir/n2472dir/n2472_01.htm#00

 成書を読むのもいいが、ある時点で各研究者がどのように考えているかを知る上では座談会の方が有効と思える。
 この座談会を読む限りでは、私は藤田晢也氏の立場にいる。私はこころの数理モデルにはあまり興味がないし、言語はむしろトリヴィアルな問題とみている。



[354] [353]に補足 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/03(Fri) 09:20

つまり、[351]で考察したと同じ学問上の事情として、従来はexternally-drivenな進化のメカニズムしか考慮されてこなかったが、internally-drivenな進化のメカニズム(言うまでもないが、これは遺伝のことではない)が存在すること、生物が運動能を獲得した頃からこの進化のメカニズムが機能し始めたのではないかと言いたいのだ。

[352]でふれた座談会でも伊藤正男大先生が面白い説を紹介している。現在、この出典を問い合わせ中。



[353] 生物の形態や模様は風紋に似て 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/03(Fri) 04:41

 飛行する植物の種子などの「形態」や、さまざまな魚類の体表面の「模様」は風紋に似て、外部環境や同種、異種個体間の相互作用を通して「受動的に」形成されたもののように思える。そして、それらは単純な物理学や数学の規則に従っているのかも知れない。昆虫が飛行を始めたのも、当初は受動的に風に飛ばされたのがきっかけで、まずは身体が軽くなる方向に進化したのではないだろうか。

 ところがある時点から受動的に飛ばされるだけでなく、自ら飛行をコントロールする能力を身につけた。この時点というのが生物が動物と植物に枝分かれした進化のきわめて初期にまで遡れるかも知れないし、また神経系の出現と同時期であったかも知れない。この「能動的な」飛行の基盤には東昭氏が推進するような航空力学的法則がもちろんあるだろう。しかし、飛行を随意にコントロールする仕組みに至っては航空力学的法則を超えている。つまり、外界との相互作用を超えた力、生物が自発的に運動する能力が働いている。ここに来て、それまでとは異なる進化のメカニズムが機能を始めたように思えるのだが。



[352] なにげなく検索 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/03(Fri) 00:22

なにげなく「自発」と「随意」でGoogle検索してみたところ、こんな座談会が見つかった。
http://www.so-net.ne.jp/medipro/igak/04nws/news/n2001dir/n2423dir/n2423_01.htm

この中で「赤ん坊の動きの意味」の節で埼玉医大の小西行郎氏の発言を読むと、私の問題 意識と近いものがあると感じますね。



[351] 脳は経験によって駆動されるのか 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/01/02(Thu) 10:03

 Long-term in vivo imaging of experience-dependent synaptic plasticity in adult cortex, TRACHTENBERG,J.T., et al, Nature,420,788-794(2002)は脳は経験によって変容し、駆動されると主張するSORパラダイムに則って行われた研究の極致である。

 しかし記憶という現象を考えてみると、情報の入力−出力というベクトルに相当する記銘と想起の両者においても、われわれは情報をほとんど知らぬ間に記銘し想起してしまうことがあると同時に、記銘し想起することに非常な努力を要する場合もある。つまり記憶には情報の入力−出力というベクトル以外に、情報の受動的(自動的)な入出力−能動的(意図的な)な入出力というベクトルが存在する。つまり、脳は経験によって駆動される側面と、脳の内部から駆動して経験を操作するという、正反対の側面の両者が存在するのだ。しかし、選択的注意などの心理学的研究はさておき、神経科学は従来、前者の研究に一辺倒だったといわざるを得ない。

 experience-dependentと反対の用語というとexperience-independentになってしまうが、これは従来、環境 vs 遺伝の対として捉えられてきた。この誤解を避けるためには、"externally-driven"−"internally-driven"という用語が適当かも知れない(たとえば、Graded persistent activity in entorhinal cortex neurons, Egorov AV, et al., Nature 420:173-8(2002))。おそらく上記の研究ではこの正反対のベクトルが区別されていない。



[350] 地上の星 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/31(Tue) 23:37

 この十数年間の紅白で最も期待した曲が、中島みゆきさん自ら歌う「地上の星」だったと言っても過言ではない。
 しかし、こう、なんというか、私はもっと凛とした怖いみゆきさんを想像していたのだが、今日の歌う姿には娼婦的やさしさが感じられた。結局、ファン向けではなく万人向けの演出を選んだのだろう。



[349] 夏樹静子の「量刑」 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/31(Tue) 00:01

 物語の最後に心証のうつろいやすさを風紋に喩えていた。風紋はまさに外部からの擾乱によって形成されるパターンであるわけだが、これを自由な意志のうつろいやすさに喩えることに私はNoと言いたい。

 風紋は要するに個々の砂粒が風によって受動的に飛ばされて形成されるわけだが、われわれが何かを決める時の決断は受動的になされるのだろうか。そうではあるまい。もちろん、この物語でいうと判決の「期限」は決断することを強要するだろうし、さまざまな外的刺激、この物語でいうと脅迫は決断内容の変更を迫ってくる。しかし、それでも決断は最終的には自発的、能動的になされるのだ。ただし、同じ状況におかれた時にいつも同じ決断を下すわけではない、という意味でうつろいやすい。

 われわれの心は風によって受動的に飛ばされる個々の砂粒とは本質的に異なり、自発的に活動する個々の神経細胞の集団によって形成される。決断したという心の状態は主観的に感じるものだ。結局、クオリアの本質的なテーマは自発的な素子から構成されたシステム内部で主観が生まれるそのメカニズムではないだろうか。



[348] 某Vote 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/30(Mon) 23:03

同じ人物が、自ら作成した項目に何度も投票して、バカバカしいと思いませんか?



[347] ひとつ気になったのだが 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/29(Sun) 07:16

今回のクローン問題に関し、いくら宗教団体の教祖が異常な主張を行っていたとしても、
そしてその宗教団体が主宰する研究所の研究員がその教祖の主張に共鳴していたとしても、
その研究内容までもが学問的に誤った、または技術上、価値のないものであるとは限らない、
ということは注意しなければならない。われわれはしばしばこのことを混同してしまうのだ。

某教団の教祖がいくら異常であっても、その教えに共鳴した研究員がまさにサリンを製造
し得たということを忘れてはならない。それが仮に不純物を多く含む、質の悪いサリンで
あったとしても。



[346] 今回のクローン問題に関し 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/28(Sat) 13:26

ことの真偽はさほど問題にならない。いずれできるようになること、(仮に技術的には
未完成であったとしても)いずれ誰かがやるであろうことは前から分かっていた。それが
予想外に早く到来したと感じるかどうかということだけである。
問題は倫理面で、日本でも医師や宗教関係者、マスコミは騒ぐだろうが、元生物学者の
端くれとしての私は息を潜めて成り行きを見守るだけである。

そういえば数年前、仕事で生体の冷凍保存技術に関する文献をまとめて読まされたことが
ある。現在は不治の病に冒された人々がその病を治療できるようになる未来に夢を託して
身体の冷凍保存を希望する。これも宗教がらみで、アメリカ西海岸のさる宗教団体が大金を
投じて今も研究しているらしい。



[345] なんでクオリアに 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/26(Thu) 17:00

アインシュタインや量子力学を持ち出したがるのか分からない。これさえ引用しておけば 皆がひるんでくれるという物理学者の思い上がりではないのだろうか。

薬物やTMSで主観的な感覚が影響を受けるというのは重要な事実である。これはなにも化学的または電磁気学的な刺激が主観的な感覚と対応していることを示しているのではない。たとえばドーパミン拮抗薬にしても、それはドーパミン受容体との結合親和性が他の受容体と比較して相対的に高いということにすぎず、なにもドーパミン受容体のみが遮断されるわけではないし、TMSにしても、あのようにgrossな方法では主観的な感覚に関与する神経系「のみが」刺激されるわけではないという意味で非特異的である。しかし、少なくとも化学的または電磁気学的な事象が主観的な感覚に関与しているということを強く示唆しているのだ。

不思議なことは、自発的に活動する素子から構成された多細胞の生物個体の内側に住まう者(なにも魂などを指しているのではない)にはクオリアが宿るということなのだが、なぜそうなるのか、この仕組みが分からない。



[344] 自分たちだけはクオリアに気づいているという 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/26(Thu) 03:03

連中の傲慢さには耐えられないものがある。

もうだめかも、という自分の状況など自ら語るものではない。
それにナントカ立ち向かおうとする感情も自ら語るものではない。
小説にはよく登場人物の心理描写が出てくるが、そんなものは現実世界では他者には絶対に
知り得ないものだ。それを明示的に語られなければ分からないような連中に、クオリアを語る
ことができるのか?



[343] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/22(Sun) 18:05

>書き込み行為は、全て、
>ある意味ではcreativeなのではないでしょうか
もちろんそうだし、ハエが好きな場所に止まれるのもcreativeなんですよ。

結局、外界刺激とは無関係に内部から発動する性質をもつシステムの行為にわれわれは
創造性を看取する。この内部から発動する性質を付与しているのが、四十数億年にわたって
継続されてきた細胞内部の絶えざる代謝活動、これを私は自発性とよんでいるのであり、
その典型的な活動が神経細胞の自発発火ということになる、と思うのです。



[342] メタマジックゲーム? 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/20(Fri) 00:44

 この本も大著なので、読むのにかなり時間がかかりそうだが、幸い、重要部分を抜き出ししたページが見つかった。

http://www.interq.or.jp/saturn/zen/mmagic.htm

 これを読んで思いつくことがある。ハエは接近してくる物体に対してそれから遠ざかろうとする視運動反射をもっている。ハエがこのような反射の仕組みをもっていることはまぁ間違いないのだろうが、ハエの飛行をこの反射だけですべて説明できると考えると変なことになる。この反射がハエの飛行を支配していると考えると、ハエは死ぬまで物体に止まることができないことになる。なぜなら、ハエが物体に止まるためにはその物体に接近しなければならないからだ。しかし、現実にはハエはいくらでも自分の好きな場所に止まれるように見える。つまり、ハエはこの反射に逆らった運動が可能なのであり、自分の好きな場所に止まれる、すなわち無数の止まれる選択肢の中からひとつを選んで止まれるという意味においてこの行動は創造的なのだ。

 ここで私の言いたいことはただひとつ。ハエのような昆虫でさえ、それは単に刺激に反応する機械ではなく、刺激を求めて自発的に行動する創造的な機械なのだ。



[341] 007 Nightfire 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/19(Thu) 05:13

http://www.ea.com/eagames/official/007_nightfire/home.jsp

NOLF2と同じスパイもの。AIの評判は悪い。主人公の俳優がショーン・コネリーなら迷わず 買いなんだが。どうしよ・・・

丹波哲郎が出るという噂あり。誰か、ゴルゴ13のMOD作ってくれ(笑)



[340] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/19(Thu) 04:51

>ルーチンだからといって、クリエイティビティがないとか発揮できないとはいえないと思う

 これは自由のない(つまり選択肢がない)状況において創造性が発揮できると主張している
のと同義なのですが。
 自分で自分の書いていることを理解しているのだろうか。私には無理筋の反論としか思え
ません。



[339] われわれの行動は選択肢の連鎖である 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/18(Wed) 11:14

 そして、複数の選択が可能な状況において創造性が働く余地があるのではないか。

 敵キャラクタの行動が決まっているゲームでは自ずからプレイヤーの行動に正解パターンが生まれる。したがって、そのゲームの目標は突き詰めるとその正解行動パターンをいかに流暢に行うか、ということになる。このようなゲームには創造性が働く余地がない。BioHazardシリーズしかり、TombRaiderシリーズしかりである。

 しかし、たとえばNOLF2では[335]で述べたように、常に複数の選択肢の中からひとつの行動を選択することができる。しかもロードするたびに敵キャラクタの行動が異なっている。したがってプレイヤーの行動に正解行動パターンがなく、ここに創造性の働く余地が生まれる。考えるまでもなく、こんなことは古代から継承され、今もなお愛好され続けているゲームである将棋や囲碁も同じである。

 NOLF2で採用されているようなAIが登場して初めて、将棋や囲碁と同等のゲーム性を有するコンピュータゲームが実現したのかも知れない。



[338] シャーロック・ホームズのアドベンチャーゲーム 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/14(Sat) 04:53

 来年(2003年1月23日)にシャーロック・ホームズのアドベンチャーゲームが発売されるらしい。

http://www.dreamcatchergames.com/games/sherlock/index.html

 "No One Lives Forever 2"のようなシューティング要素はないせいか、PCの推奨環境は
比較的低い。伝説的なアドベンチャーゲームの"MYST"のようにマップ内を探索することに
加えて、登場人物ともインタラクトできるらしい。一応チェックしておこう。



[337] 日本の寺院が塗料を塗り替えないのは 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/11(Wed) 11:24

 維持費がかかって寺が保たないからで、その言い訳に考えついた屁理屈が「わび」「さび」なんだと思います。
 般若心経の最後に出てくる呪文、「ぎゃていぎゃていはらそうぎゃてい」というのは意味が分からないとなんだか有り難そうに感じるけれども、実は古代インドの言葉で「行こう行こう彼岸に行こう(現代語的には、死のう死のう早く死のう)」という意味なのだと知ってしまうと実につまらない。日本には蒟蒻問答が至るところに存在する。
 某宗教団体の教祖が唱えさせた「お布施するぞ〜お布施するぞ〜」というのは古代の宗教の姿を最も忠実に反映した呪文かも知れません。



[336] 補足の補足 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/11(Wed) 07:58

 私自身は森 昭雄氏の唱えるゲーム脳概念はばかばかしいと思っているけれども、前頭
前野の機能の低下がゲームによって生じるのであれば、それは[335]の冒頭で述べた従来の
テレビゲームの欠点によるものではないか、と考えているのである。
 No One Lives Forever 2を筆頭に、これから登場してくるゲームはこの欠点を克服して
コンピュータゲームをさらに一段階高いレベルに引き上げてくれるものと考えている。

 なお、ゲーム脳問題とクオリアとはあまり関係がないと思う。



[335] No One Lives Forever 2 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/10(Tue) 05:02

 某所でこのゲームについて言及した以上、ちょっと補足しておこうと思う。このゲームが採用しているAIについては
http://seiryu.cside.to/3dfps/NOLF2/NOLF2-AI.html
で非常にうまく解説されているのだが、要するに従来のテレビゲームは敵キャラクタの行動が決まっているためにプレイヤーの行動にも正解パターンというものがあり、プレイヤーは何度もゲームをリロードしながらその正解パターンを練習するということが行われた。しかしこれでは前頭葉の機能である(と考えられている)創造性が働く余地がない。
 ところがNo One Lives Forever 2では敵キャラクタの行動が決まっていない(あるいは予測できない)ために、プレイヤーはその都度、臨機応変に対応することが要求される。これが創造性を刺激するのでゲーム脳を予防できるのではないか、というのが私の主張の骨子です。
 たとえばこのゲームのあるシーンで敵基地内の宿舎に窓から侵入する場面がある。宿舎には一人の兵士が眠っている(これは常に同じ)。その宿舎の中でスパイ行為(捜索活動)をするわけだが、その物音に気づいて兵士が目を覚ますことがある。最初は目覚めた兵士は起きあがって銃を構え「誰かいるのか?」と言って辺りを見回す。この時、プレイヤーはじっとしておれば見つからない。しかし、兵士が「気のせいか」と言って再び寝入り、安心して再度捜し物を始めてまた兵士が目覚めた時は、この兵士は今度は部屋の明かりをつけに行く。この時もじっとしているとあなたは発見されておそらく助からない(ここでは侵入した窓から脱出して暗闇に隠れる、電球を緩めて点かないようにしておく、明かりをつけに行って背を向けた兵士を撃ち殺す等の選択肢がある)。あるいは、捜し物を始める前に眠っている兵士をあらかじめ殺しておけばいいかというと、今度は捜し物をしている最中に外から別の兵士が入ってきていきなり明かりをつけることがある(ここでは殺した兵士を隠しておく、窓から逃げる、新たに入ってきた兵士を撃ち殺す、電球を緩めて明かりがつかないようにしておく等の選択肢がある)。これは現実場面でも十分にあり得ることである。ここでうまく隠れても、おそらくその兵士は殺された仲間を発見して警報を鳴らしに行き、基地全体に警報が鳴り響いて基地中の兵士が捜索を始めるのであなたはさらに困った事態に陥る。ここまで来て、あなたは自分の行動に正解などはなく、常に逃げ道を確保し、辺りに気を配りながら異変が起きたら臨機応変に対応し、結果オーライでミッションを進めていくことを学ぶ、という仕組み。おそらくこれからは、臨機応変、当意即妙がPCゲームの大きな流れになるのではないかと思う。



[334] 雪がまだ残っている 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/08(Sun) 14:20

今日のNHK囲碁対局の後、画面が福島のホッケーの試合中継に切り替わった。すると、
アナウンサーが挨拶の後、「雪がまだ残っている(1-2秒の間)昨日降った雪がまだ残って いる福島県営グラウンドから中継です」と
アナウンス。「昨日降った」という言葉を入れる
か入れないかで季節感がこんなに変わるんですね。(今は12月初旬。雪はこれからが本番で
ある)



[333] スパムメールに引っかかってしまった 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/07(Sat) 14:07

今までに幾度となくスパムメールを受信し、そのほとんどを無視してきたが、今回は違った。
英語は実にpoliteで内容に説得力があった。先方と当方合わせて10回もメールをやり取りし、
かなり生々しい内容になったこともあった。結局、ひょんなことからいたずらメールであった
ことが発覚したのだが、こちらの損害は皆無だし、その過程でいろいろ調べものをしながら
勉強させてもらった。ま、いい経験かな。



[332] 久しぶりにDTM 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/12/02(Mon) 03:32

 ほとんど1年ぶりにNIFTYのMIDIフォーラムに行ってみた。ところが公開データが大幅に変更されているので驚いた。ここには20曲くらい自作のデータをアップしているのだが、現在公開されているのは3曲だけだった。著作権がらみでJASRACと交渉したというのは耳にしていたが。最近HDDがクラッシュしたのだが、MIDIのデータだけはここに行けば取り戻せると思っていたので少しショックだった。

 幸い、プロバイダにも一部のデータをアップしておいたので、それに手を加えようと思って久しぶりにDTM環境を整えた。しかし、DTM環境というのは音源やMIDIインターフェースなどの機器をたくさんのコードやケーブルで接続しなければならないのでうんざりする。机の足下はMIDIケーブルやACアダプタでひしめいている。

 この土日に手を加えたのはジリオラ・チンクエッティの1964年のヒット曲「夢みる想い(Non Ho L'Eta)」、五輪真弓さんの「さよならだけは言わないで」、それから先に公開したTVアニメ「美少女戦士セーラームーン」中の挿入歌、「永遠のメロディ」。「夢みる想い」はわれわれから上の世代には非常に懐かしい曲のはずである。

夢みる想い/ジリオラ・チンクエッティ

さよならだけは言わないで/五輪真弓

永遠のメロディ/火野レイ(富沢美智恵)

 著作権のことは分かっているが、それなりに手間と時間をかけて作成したデータなので、一応形にしておくのは意味があるだろう。MIDIデータはサイズは小さいのだが、使用する音源によって鳴り方が異なるといううらみがある。そこで今回は自宅のMIDI音源、MU100で演奏した音を録音し、mp3に変換して合わせて掲載しておいた。

http://www.e-net.or.jp/user/umineko/



[331] ホームページの構成を変えました 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/28(Thu) 17:27

どうも掲示板cgiが生成したhtml(この面のこと)はサーチエンジンの検索にかからない ようなので、トップページから飛べるように変更しました。

ここではクオリアは生命現象であるとする立場の下、物理主義に断固抵抗していきます。

http://www.e-net.or.jp/user/umineko/



[330] バグ・フィックス 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/27(Wed) 09:37

 プログラムにバグは避けられないものだが、家庭用ゲーム機とは違ってPC用のゲームは
バグ・フィックスも容易なところが大きな長所。

 たとえばNo One Lives Forever 2(NOLF2)も10月に発売されてからすでに2回のバグ・
フィックスがなされ、追加のマップを開発して無料で配布することも行われている。昨日の
バグ・フィックスでは、そのひとつとしてスパイガジェットの"Angry Kitten"に改良が加え
られた。Angry Kittenは外見は子猫で、それを敵の通り道に設置しておくと、敵が発見して
可愛がろうとすると飛びかかって爆発するという陰険な代物だが、今まではあまり目立た
なかったので設置しても無駄に終わることが多く、使いどころが難しかった。それを目立つ
ように改良したそうだ。NOLF2はすでにクリアしたが、もう一度プレイしてみようかな。



[329] ゲーム機でプレイできるゲームなんて・・・ 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/26(Tue) 00:33

http://www1.plala.or.jp/seiryu/intro.htm
を読めば分かるが、ゲームと聞けばプレイステーションやゲームキューブなどのゲーム機で
プレイできるゲームしか思い浮かべないのは日本だけの特殊事情だし、ゲーム機でプレイ
できるゲームなんて、だいたいがお子様向けのゲームなんだよね(本来PC用のゲームが
ゲーム機に移植されているものは簡単になっているのだ。コントローラの機能がお粗末だから
ね)。

世界に目を向ければPC用ゲームの方がはるかに奥が深い。
私の場合、id softwareが開発したDOSゲーのDOOMが強烈だった。7年前にDOOMを初めて
プレイして、こんなゲームがあり得るのかとむちゃくちゃ感動した。



[328] プレイヤーによるゲームレビュー 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/25(Mon) 04:41

[309]で紹介したゲーム、No One Lives Forever 2のプレイヤーによる詳細なレビューが 掲載されました。
http://www1.plala.or.jp/seiryu/contents.htm
書いている人はPCゲームのプレイ経験が豊富なので、内容の信頼性は高いです。

3D FPSと呼ばれるジャンルのゲームのAIにこういうコンセプトが用いられている、という
ことが興味深い。

http://seiryu.cside.to/3dfps/NOLF2/NOLF2-AI.html



[327] ヘッドマウントディスプレイ(HMD) 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/24(Sun) 00:49

http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/980414/olympus.htm
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20020910/sony.htm
こういうものが出たんですね。某掲示板のPCゲーム板で知りました。

あとは厚みを減らしてゴーグル並みにして、ふだんは普通のメガネのように前方が見えると
いいね。キーボードやポインティングデバイスは柔軟な素材のタブレットにして足か胴体に
巻き付ける。バッテリーは防弾チョッキのように着込み、PC本体(CPU、HDD、ビデオカード
等込み)はポケットに収納できるようにする。うまくすると2-3年先には究極のウェアラブル
コンピュータが出現するかも。



[326] 酒、か 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/23(Sat) 01:10

以前、アルコール依存症の研究をやってるところにしばらくお世話になったことがあるが、
ここの先生方はアルコールに対して明らかに敵意を抱いていたね。
象徴的な言葉が「酒飲んで子供に戻りたいか」
その代わり、たばこに対しては寛大だった。

私自身は酒が好きで若い頃はよく騒いだが、30代くらいからはむしろ静かなバーでカクテルか
水割りをひとりで飲むか、ママやバーテンと笑い話をしたものだった。
しかし、今の仕事をするようになって、酒はなにかの機会でもない限り飲まなくなった。
明らかに仕事に差し支えるからだ。



[325] 揺らぎと動的適応性 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/21(Thu) 07:10

 これが可能であるためには、独立した個々の神経細胞が自発的に発火できるという能力を
無視して語ることはできない。
 in vivoでの神経細胞の在り方である神経細胞集団としては、個々の神経細胞はシナプスに
よって互いに興奮性、抑制性に強くコントロールされているから自発的に発火できないと
しても、独立した単一のシステムとして自発発火できるからこそ揺らぎと動的適応性が
生まれるのだ。



[324] 気分を変えて 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/20(Wed) 03:53

永遠のメロディ/火野レイ(富沢美智恵)

恋人よ/五輪真弓



[323] 電流知覚閾値(CPT) 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/17(Sun) 03:23

 今回、電流知覚閾値(CPT)測定装置に関する文献をまとめて30報も読まされた。いずれも発表済みのものなので公知である(つまり翻訳者としての守秘義務違反には当たらない)。おそらくこの装置の国内向け申請資料と思われ、この種の資料はヨイショ記事が多いものだが、中に1報だけ興味をひくものがあった。

 CPTというのは弱いサイン波電流を経皮的に適用して何らかの知覚を主観的に感じる最低強度の電流を指し、その電流を測定することで定量的な測定値を得る。その際、2000Hz、250Hz、5Hzの周波数を用いるが、それぞれ、痛覚神経の太い有髄線維Aβ、細い有髄線維Aδ、無髄線維のC線維が選択的に刺激される(これは証明済み)。この測定方法は80年代半ばに開発されたもので、MRIでは解剖学的な異常が見いだされてもその臨床的意義が分からない場合に、それに対して機能的な意味づけを与えるものである。もちろん、機能的異常が認められてもMRIで解剖学的異常が見いだされるとは限らないので、両者は併用すべき検査方法ということになる。なお、従来、疼痛の異常は主観的な10点評価尺度で測定する以外に方法がなかった。

 問題の文献では神経根障害を有する患者を対象に、治療前後にCPTと従来の10点評価尺度で疼痛を測定している。結論としては、困ったことにこの二種類の測定結果に相関関係が認められなかったというものである。つまり患者の主観的な痛みをCPTは反映していないというのである。ではこの測定方法は価値がないのかというと、著者はwe believeと断った上で、そもそも主観的な疼痛と痛覚神経の知覚機能との間には相関関係がないのではないか、と述べている。なお、この文献ではあくまで末梢神経の機能しか扱っていないが、別の文献ではfMRIとCPTを用いて中枢神経系では誘発された知覚と神経活動との間に相関が認められている。



[322] 違う 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/12(Tue) 07:23

>ひとりがなんかの拍子に発火して、周りのやつらがそれぞれの反応をする。

 そうではない。システムの構成要素(生体の場合は神経細胞)のひとつではなく
「すべてが」10Hz前後の頻度で非同期的に常時発火しており、その相互作用からシステム
総体(ひとつの個体)としての振る舞いが経時的に出現するのだ。(なお、正確には
脳部位によって発火頻度が異なる。前頭葉や海馬は頻度が高いが、感覚皮質などは受動的 だろう)

 ただし、システムの構成要素の発火の性質は興奮性と抑制性の両者からなっている。
興奮性のみであったなら、システムの構成要素のすべてが発火した時そのシステムは
爆発してしまう。



[319] 要するに 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/11(Mon) 18:15

内部が流動的で自発的に活動しているシステムが複数寄り集まって互いに情報伝達を行って
いる、それら総体として自発的なシステムにして初めてクオリアを持ちうるだろう、と考えて
いるのだが、それ以上は今のところなにも・・・。



[318] Held & Hein(1963)のゴンドラネコ実験 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/11(Mon) 16:55

 例によって自発性のことを考えていて、昔読んだHeld & Hein(1963)のゴンドラネコ 実験のことを思い出した。これは「現代基礎心理学(東大出版会)」などの教科書や 「からだ:認識の原点(佐々木正人)」にも引用されているのでご存じの方も多いだろう。

 この研究の骨子は、生体は自ら動くことによって初めて得られるフィードバック刺激が視覚・
運動知覚の形成に決定的に重要というものだ。私の主張する行動のシーケンス、ORSは
まさにこのことを指している。そして、O(生体または脳)がこのように能動的に(または
自発的に)行動を開始できる原因を私は40億年前に始まった細胞内の酵素化学反応の連鎖に
求めている。現在出生してくる生命はすべてこの連鎖を受け継いでいるという意味で、生命は
本来自発的なのである。(このことから派生する生物学上の主張は、この酵素化学反応の
連鎖を継続させなければならないという必要性が細胞の大きさを規定している、というもの)

 生体の場合はたまたま酵素化学反応であるわけだが、現在のコンピュータのように入力が
やってきて初めて処理を開始するような受動的なシステムでないためには、入力が来る前から
システム内部で活動を行っている必要がある。そのためにはそのシステム内部は流動的、 ウェットでなければならないだろう。



[317] 政治向きの話は 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/09(Sat) 21:37

あまりする気がないんだけれども、今日の夕方、こんなニュースが飛び込んできた。
>■「日本が親子引き裂いた」と離日
> 北朝鮮の拉致被害者5人に同行、来日していた朝鮮赤十字会のリ・ホリム副書
>記長ら2人が9日午後、北京行き中国国際航空機で成田空港から離日しました。
> リ副書記長は「日本側が合意破って親子を引き裂いた。帰国して、ありのまま
>を伝える義務がある」と話しました。

 これと同じ内容のニュースを午後7時のNHKでも流していた。しかし、例によってNHKは
このニュースに対してなんの論評も加えなかった。
 日本人が北朝鮮によって不条理に拉致されたという歴史的事実を知っている日本人はまた
北朝鮮が暴論を吐くと憤慨するだろうが、この歴史的事実を知らされていない、または知ら
ない北朝鮮の国民や他の諸国の人々はこれを聞いたら、日本はひどいことをする国だと思う
だろう。
 明朝に流されるであろう北朝鮮国営放送の内容に注意する必要がある。どうも、この国の
放送は自国民をつんぼ桟敷にしておいて、自国民をバカにしているのではないかと思うことが
ある。国営放送は多かれ少なかれ、どこの国でもそういう傾向があるにしてもだ。



[316] 電気穿孔法(electroporation) 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/08(Fri) 03:04

 以前某所で、生命の誕生を遺伝子ではなく代謝活動の出現と捉える立場をとるKauffmanや
私などの考え方において、生命誕生時において酵素化学反応を開始した脂質二重膜の袋の中に
どうやってRNAやDNAなどの巨大分子が侵入できたのか、ということが話題になったことが ある。

 これに対する回答として、今、たまたま電気穿孔法で細胞をトランスフェクトする方法を
紹介した文献を翻訳していて思いついたのだが、ひとつには雷による強い電気を受けて細胞
膜に一時的に孔が開いて巨大分子が侵入できたと考えることができるかも知れない。これは
方法自体は荒っぽく、細胞死を起こす頻度が高いが、トランスフェクション効率は極めて高い
そうだ。



[315] 羽尻さん 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/08(Fri) 02:25

もしもここをお読みなら存在証明してください。

K1で伺った、パーキンソン病患者を対象とした研究はどんな具合ですか?



[314] メンタル・ローテーション 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/05(Tue) 01:17

 GEBが出版された1979年頃、心理学の基礎領域では行動主義から認知主義への大きな転換が生じていた。つまり、その頃に心理学の立場がSRパラダイムからSORパラダイムに転換した。そのきっかけが1976年のシェパード&メツラーによるメンタル・ローテーションの発表と考えられている(たとえばH.ガードナー「認知革命」)。
 メンタル・ローテーション実験では見本図形と角度がすれた図形の両者を見せ、その図形が見本図形と同じかどうかを判定するわけだが、われわれはなぜか角度の近い方に回転させて判定するということができる。つまり、90°傾いた図形というのは逆に考えると270°傾いた図形でもあるわけだが、そうであるにもかかわらず、われわれはその図形を270°ではなく90°回転させるということを、ほとんどア・プリオリにできてしまう。なぜこういうことができるかということ自体、不思議なことではある(まるで回転させる前から正解を知っているようではないか)が、さらに重要なことは、われわれは270°側にも回転させようと思えば回転させることができる、という事実である。つまり、われわれは刺激とは無関係に、実行可能な複数の処理のうちいずれかを選択することができるのである。この事実を無視しているという意味において、私は前から認知科学はSORパラダイムに拘束されていると言っている。
 GEBがこの問題に対する示唆を与えてくれるかどうかを私は楽しみにしている。



[313] ブリティッシュ・ユーモア? 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/04(Mon) 10:35

 今朝の天声人語に自分の読書量を誇示する話は多いが、と断った上で、誰もが読んでいる本を「読んでいない」と言って自分の不勉強をさらすと高得点が得られるというイギリス小説中でのゲームの話が紹介されている。ある英文学者が「ハムレット」を挙げた(自分はハムレットを読んでいない、と告白した)ところ、冗談に決まっていると大笑いになったが、本人はいたってまじめに主張したので座は白け、その学者は大学への就職をふいにしたという。

 下で"No One Lives Forever 2"というゲームの話をしたが、このゲームはAIの優秀さと同時にユーモアのある会話や情報アイテムを聞いたり読んだりできるという点でも評判になっている。しかし、そのユーモアの質が前作は単に可笑しいものが多かったか、今作はブラックなものが多い。たとえば、例のくのいち忍者たちがこちらの存在に気がついていない時に彼女らの会話を盗み聞くと、こんな話が聞ける。

 別れ話が出ているという会話の後に、
忍者A「うちのおばあさんが、男が家を留守にする時は毒を飲ませ、家に帰れば解毒薬をあげると言いなさいと言ってる」
忍者B「どんな毒を飲ませればいいの?」
忍者A「おばあさんに言えば何かくれるよ。おばあさんはもう要らないから」
忍者B「おばあさんはおじいさんが逃げることを心配しないの?」
忍者A「おじいさんはもう逃げられないの。麻痺しているから。毒の投与量には注意しないと」
 この種のユーモアがブリティッシュなのかどうか知らないが、このゲームはとにかく会話や文章量が多い。しかも字幕スーパーが出るとはいうものの、非常に早口だ。くのいちたちが英語をぺらぺら話すのも変な話だが。私はふだん、CD-ROM辞書を使用しているがゲーム中は使用できないので、わざわざこのゲームのためにコンサイス英和辞典を買った。

 ロシアの兵士がこちらを発見して居場所を探している時、Where are you? Give yourself up!というのは普通としても、Don't make me hunt you down.というのも一種のユーモアか。完全に見失った時はSlippery capitalist.などと悔しそうに言う(時代は60年代末)。



[312] 「ゲーデル、エッシャー、バッハ」ゲット 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/02(Sat) 23:16

某氏お勧めのGEBが届いた。Amazonに注文したが、今回はえらく時間がかかった。
大著にしては目次が簡単なのでこれでは内容がつかめない。参考文献も意外と少ないが、
ざっとみて知っている本は、ワトソンの「遺伝子の分子生物学第3版」にレーニンジャーの
「生化学」、これは大学の教科書だった。生物・医学系の書物としては、D. グリフィンの
"The Question of Animal Awareness"、これは確か「動物に心はあるか」という邦題で
読んだ。ジャック・モノーの「偶然と必然」、SETIのカール・セーガンに分子生物のガンサー・
ステント、神経生理のクフラー、分離脳のR.スペリーに、社会生物学のE.O.ウィルソン。
後はおなじみミンスキーにウィノグラードらのAI系の書物ですか。
年内を目処にぼちぼち読みます。



[311] 乱数と決定論 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/11/01(Fri) 00:09

 下でかなり唐突に"No One Lives Forever 2:A Spy in H.A.R.M.'s Way"というゲームを紹介したわけですが、実はこれにはひとつの意図がありました。

 このゲームのひとつの特徴は敵キャラクタの行動が予測できない、という点にあります。このことをもう少し詳しく説明すると、下の記事にもあるシベリアで、複数の兵士(敵キャラクタ)が巡回している基地に主人公ケイト・アーチャーが潜入するステージがあるのですが、たとえば兵士の巡回経路に資料保管室(以下S)、トイレ(以下T)、休憩室(以下K)があったとして、従来のゲームではたいてい兵士によってSTKとかKSTというぐあいに巡回経路が決まっており、プレイヤーはその経路をよく観察して、その穴を突いて潜入するものだった。ところがこのゲームではその経路が決まっていない。しかも悪いことに、たとえばSからTへの移動中においても兵士は急に後戻りしたり、あるいは急にあらぬ方向に走り出したりする。これは、まるでなにかを思いだしたようなそぶりに見える。しかし、これも実は乱数を生成する関数に従っているだけで、実際は決まっているのかも知れない。しかし、それだけではなく、プレイの度にそのステージに入った時の兵士の現在位置も異なるのです。つまり関数の初期条件も異なっている。以上の意味で、敵キャラクタの行動が予測できないのです。

 ところが面白いもので、そのステージに入る前にゲームをセーブしてロードした場合はステージに入った時の兵士の行動は予測できないが、その兵士がTに入った直後にセーブしてロードすると、その兵士は間違いなくTから出てくるのです(笑) まさかTに入って見えなくなった兵士がKに現れる、などということは決してない。もちろんTから出た後の行動は予測できない(実は乱数生成関数に従っている)としても、このセーブ、ロードというプレイヤーの行為によって少なくとも兵士がTから出てくるという行動が決定された。

 これはなんでもないことのようですが、なにか非常に重要なことを示唆しているように私には思える。どうも、ステージに入る前にゲームをセーブしてロードするという行為は、ケイト・アーチャーが何度も生まれ変わって異なる体験をする、ということに相当し、兵士がTに入った直後にセーブしてロードするという行為は一回限りの「生」を生きていることに相当する、と思えるのです。



[310] まいったね 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/31(Thu) 08:27

http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20021030/yuki38.htm



[309] ゲームの話など 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/31(Thu) 01:10

この10月に"No One Lives Forever 2:A Spy in H.A.R.M.'s Way"というイギリス製のゲームが発売されました。敵キャラクタのAI(判断力や動作)が優秀ということで、前作が2000年の年間ベストゲームに輝き、本作も2002年の年間ベストゲームと目されており、私は非常に期待しておりました。ゲームのジャンルはfirst-person shooter(FPS)と呼ばれます。で、早速購入してプレイしてみましたので、そのスクリーンショットを少し紹介したいと思います。

ゲームは以下のような日本庭園のシーンから始まります。
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot17.jpg
時間帯が午後6時頃なので、実際はもう少し暗いです。右に見える滝はもちろん動いています。このようなシーンを自分(一人称)視点で自由に探索できるのです。時代背景は米ソの冷戦が激しかった1968年前後で、この庭園を先に進んでいくと、
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot18.jpg
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot19.jpg
などの昭和30-40年代を思わせる懐かしい風景が広がってきます。
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot24.jpg
ここがこのシーンの目標地点の甘味屋です。あんみつ30円。
実はこの村はくのいち忍者軍団の住処で、うっかり侵入すると
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot21.jpg
のように大勢の忍者に取り囲まれてしまいます。
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot2.jpg
これが忍者軍団のボスです。
このゲームは本来、隠密潜入が売りのスパイゲームなので、あまり正面からの戦闘を挑むのは好ましくないのですが、試しにひとりの忍者と戦ってみました。
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot41.jpg
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot37.jpg
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot38.jpg
忍者は赤い装束で長いブーツを穿き、おかっぱ頭で覆面をし、左手に手裏剣、右手に日本刀を持って、刀を振り上げる攻撃をとってきます。こちらは忍者から奪った日本刀を持っています。火花や刀の軌跡が見えますね。
http://www.e-net.or.jp/user/umineko/Jpg/Screenshot9.jpg
これがうち負かした瞬間です。出血しているのが見えますが、昨今の肉片が飛び散るようなゲームと比較してバイオレンス表現は抑えられています。

スクリーンショットでは動きがないので分かりにくいかも知れませんが、興味を持たれた方は
http://www.4gamer.net/patch/demo/data/nolf2up.html
でデモゲーム(無料、157M)がダウンロードできますので、一度プレイしてみてください。敵キャラクタの動きの多彩さに驚かれると思います。

オフィシャルサイトは
http://nolf2.sierra.com/

PCの推奨スペックは
1 GHz Pentiumョ III or equivalent
US version of Windowsョ 98 / 98SE / ME / 2000 (with latest service pack)/ XP
256MB RAM (日本語版でも大丈夫です)
64MB Direct3D compatible video card with HARDWARE T&L, 32-bit color support,
and DirectX 8.1 compatible driver
DirectSound compatible 16-bit sound card with DirectX 8.1 compatible driver
that supports EAX 2.0
Windowsョ compatible keyboard and Mouse
DirectX 8.1 (included) or higher
1.7GB free Hard Drive Space for installation + additional hard drive space
for a Windows swap file and saved game files.
100% Windows compatible computer system (including compatible
32-bit drivers for CD-ROM, video card, sound card and input devices)
となっています。



[308] ウェットウェア 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/27(Sun) 11:07

「甦るチューリング」、読み終えました。心は入力がなければそのままの状態が持続し、
入力があって初めて稼働して出力を終えると停止する(SORパラダイムに拘束されている)

とか、FPGAがrigidな石だとか言っている限りはコンピュータは脳を超えられない。
私はそう思います。



[307] felineさんの実験 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/20(Sun) 13:52

 私は7年前に網膜剥離で右眼が見えなくなったのでもはやこの種の実験はできないのですが、子供の頃から両眼視によるステレオ感覚に興味があって自分でいろいろ図を描いて実験したことがあるので、この実験の感覚は理解できます。私が不顕性の斜視になった(だった)のはこのせいではないかと考えているくらいです。

 手掛かりはあります。それは「利き目」です。利き腕よりははるかに微妙ですが。斜視というのは客観的にはいずれかの眼が視線とは異なる方向を向くことですが、主観的には視線とは異なる方向を向いた眼の視界は無視する、ということが起こっています。もちろん片眼をつぶって単眼で見た場合の視野と自分の手の感覚とは一致しているのですが、両眼視をした場合にどちらかを無視しているという現象です。

 私の利き目は右眼でした。ある日、その右眼が眼底出血を起こしたので眼科に行ったところ、網膜剥離だといわれ、手術のできる大学病院を紹介してもらいました。この時点では剥離の孔は小さいということで、また自覚的な視野の欠損はありませんでした。それで入院の準備をして交通量が減った深夜に50キロ先の大学病院を目指して車を運転していたところ、あと5キロというところで右眼に大規模な視野欠損が生じました。つまり中心部は何とか見えるが、右眼視野の右側が完全に見えなくなったのです。少し考えると左眼は正常なので運転できそうですが、実際にはしょっちゅう路肩に乗り上げるようになって事実上運転ができなくなり、付近のガソリンスタンドに車を預けてタクシーで病院に向かったのでした。
 入院は6か月に及びました。その間、左眼だけで世界を見ることが強制されたことになりますが、結果的にこれが良かったと思われます。退院後、私は左眼だけで車を運転できるかどうか自信がなかったのですが、やってみると難なくできたのです。右眼が網膜剥離を起こした直後は運転できなかったにも関わらずです。



[306] [305]で 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/20(Sun) 08:03

フレーム問題のところは飛躍があるので今は無視してくださいな。



[305] Re[304]: ちょっと遅すぎたかな‥‥‥ 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/20(Sun) 06:23

 ひろたさん、お久しぶりです。

> 既に[205]までしかさかのぼれない‥‥‥

 えーと、これは上の「過去ログ」ボタンを押すと最初から読むことができますよ。ついでに、この掲示板cgiはなかなか優秀でして、「ワード検索」でたとえば「分裂病」と入力すると該当る発言のみをちゃんと拾ってきてくれます。

> どこかHPに文章をアップしてくれないかなあ‥‥‥と思います。

 そうですねぇ。考えないこともないのですが、私もひねくれ者でして、人から言われてするのは嫌なんですよ(笑) そのうち気分が乗ってきたら何かするかも知れません。

> ふと思ったのですが、うみねこさんの考えは、
> 村上和雄の「サムシング・グレート」と関係ありますか?
> 一見似て聞こえます。たぶん違うようには思いますが‥‥‥

 知りませんでしたので調べてみたのですが、これも結局、結果論に過ぎないと思うのです。たとえば遺伝子の暗号はA、T、C、Gの四塩基から構成されているわけですが、それは20種類のアミノ酸を表現するためであるとか、指が5本なのはそれが機能的にすぐれているからという説明と同じですね。DNA→RNA→蛋白のセントラルドグマにしても、今現存する生物しか見ていないからそう思うのであって、私はこれも結果論だと思うのです。私は生命は遺伝子より先に、酵素(これはオリゴペプチドのような簡単な触媒でもいいのですが)を介した化学反応の連鎖から始まったと思う。これが生命と呼べるかどうかはともかく。四塩基も5本の指も何ら必然性はないと思う。私の考えは宗教とは全く関係がありません。ただ、40億年前にある閉鎖空間(おそらく脂質二重膜の袋)で化学反応の連鎖が開始され、それを継続させてきたものが生命だと考えているだけです。そして、分裂病にふれた箇所で運動選手の筋肉の発達について書いたけれども、これももちろん筋肉の発達を支えているのは遺伝子だが、そもそも脳神経系が筋肉を動かそうとしないことには筋肉は発達しないということを説明しましたね。いうまでもなく、脳の意志と遺伝子の働きは互いに独立、無関係(すでに何度か書いている情報伝達系と物質代謝系との関係と同じ)。
 ところで「脳 + 心 + 遺伝子 VS. サムシンググレート」(徳間書店)は面白いですか?

> 似ているということでは、結城錦一のR−S心理学というのがあります。
> 最近は臨床心理士の酒木保らが受け継いでいるようです。

 結城錦一氏のことは前にMLで實川先生から教えていただきましたね。私は臨床心理はあまり関心がないのですが、それより約1年前に某所でスキナリアンと論争したことが思い出されます。彼らは行動の制御にしか関心がないわけですが、私はそもそもフリーオペラントがなぜ生じるのかを問題にした。彼らは進化の過程で活動量の高い個体が選択されてきたからだというのですが、それではなんの説明にもなっていない。おそらく彼らにとってこれは予期せざる問いだったのだろうと思う。私はこれに対し、神経細胞は刺激の入力がなくても自発的に発火する、これがフリーオペラントの原因だと主張した。

> また、役に立つデータが記憶されていない場合の選択判断という意味では、
> 人工知能のフレーム問題にも読めます。
> すなわち、私たちはなぜフレーム問題を回避できているのかということです。

 生物は自発的だからです(笑) 初めてこのデネットのフレーム問題に触れた時、私はほんとに奇妙な設問だと思いましたね。生物は刺激を受けなくとも(もちろん刺激を受けた場合も)そのハードウェアがどんどん変化している。このことを人工知能の研究者は見落としているんじゃなかろうか。



[304] ちょっと遅すぎたかな‥‥‥ 投稿者:ひろた 投稿日:2002/10/19(Sat) 23:55

ひろた です。こぶさたです。
ADSLのモデムが吹っ飛んで休養しておりました。
既に[205]までしかさかのぼれない‥‥‥

まず相手が何を言っているか正確に理解しないと議論が混乱するばかり。
どこかHPに文章をアップしてくれないかなあ‥‥‥と思います。
HPにアップした場合、ここが分かりにくいと、
行を指定して内容を詰めることができ、効率的です。
また「それはもう言ったじゃないか」という場合、
ページを指定すればよいわけで、議論もしやすいと思います。

ふと思ったのですが、うみねこさんの考えは、
村上和雄の「サムシング・グレート」と関係ありますか?
一見似て聞こえます。たぶん違うようには思いますが‥‥‥

似ているということでは、結城錦一のR−S心理学というのがあります。
最近は臨床心理士の酒木保らが受け継いでいるようです。

左右問題についていうと、
カール・ポパーの「ランデの刃」についての議論と関連するかもしれません。

また、役に立つデータが記憶されていない場合の選択判断という意味では、
人工知能のフレーム問題にも読めます。
すなわち、私たちはなぜフレーム問題を回避できているのかということです。



[303] 総括 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/16(Wed) 14:39

 結局、システム論は・・・⊃細胞⊃個体⊃生態系(社会)⊃・・・という各システム間の
関係に対する見方に変更を迫る(要素還元論→全体論)ものではあっても、クオリアや、
われわれが自分の行為は自ら決定しているという自覚(自由意志の自覚)が生じるメカニズム
の解明に寄与するものではない。

 そして、この見方の変更を蒙った上で、私が神経細胞の自発発火に注目するのは自由意志の
自覚が生じるメカニズムの解明を目指した試論であって、この状況に至ってはシステム論に
出る幕はないのだ。



[302] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/15(Tue) 23:24

>過去に蓄積された情報(DNA/学習)をもって、現在の環境の状況を読みとり、
>未来における自システムにより有利な状況を予測して、行為する。

 これに対して再度、先に出した例を引こうか。つまり、樹海で道に迷っていて左右二叉に
分かれた分岐点に遭遇した場合だ。この状況は全く新奇な場面であって、過去に蓄積された
情報など役に立たない。この状況において予測できる未来とは、このまま立ち止まっていては
餓死することくらいだろう。しかしそれでも私たちはいずれかの道を選ぶだろう。これは
どういう仕組みで行うことができるのかを問うている。

 システム論は相互作用を強調しすぎるきらいがあるのではないか。私は生物個体は相互
作用にばかり依存しない、もっと自立した存在だと考える。



[301] 相互作用 投稿者:うみねこ 投稿日:2002/10/15(Tue) 19:15

培養器に入れた1個の神経細胞は自発発火するよね。この性質は確かに過去に蓄積された
情報が発現しているんだろう。だが、別個の培養器にそれぞれ1個の神経細胞を入れた場合に
その2つの神経細胞の活動の間に相互作用はあるかな。

あなたと私は確かにこの掲示板上で相互作用している。しかし、私が空腹になって食事を
摂ろうと思うことにはあなたと私の間の相互作用は関係しているかな。



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