うみねこ掲示板過去ログ#401-500

この掲示板ではクオリアの中でも志向性に関連する生命の自発性について論じます
ここではクオリアは生命現象であるとする立場の下、物理主義に断固抵抗していきます

書き込みはこちら




[500] Re[499]:いつでもどうぞ 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/28(Sun) 00:06

>プログラムはよくある画像編集用のものですが、少しオリジナルの機能を
>持たせてあるので、そこそこ需要があるのではないかと思っています。
>(ただいろいろな画像形式には対応していないのが、最大のデメリットに
>なっていますが。ただ読み込むだけならば、Susieのプラグインを用意して
>貰えればできます。)
 私はふだん、Dibas32という画像編集ソフトを使用していますが、なにぶん古いソフトなので、XPに対応した使い勝手のいいものを探していたところです。

 こちら方面はあまり詳しくありませんが、よろしければご相談に乗ります。いつでもどうぞ。



[499] これは失礼! 投稿者:一茶 投稿日:2003/09/27(Sat) 23:38

>一応、職業翻訳者に対してこの言いぐさはないだろ(笑
そうでしたね。
実は今シェアウェア用のプログラムを作っていますが、メニューなどは英語
になっているのですが、イマイチ自信が持てないのです。(いずれ日本語の
ものも作成する予定ですが、英語のものも公開したいので。やはり英語の方
が見た目にスマートでしょう。)
で、英語の得意なうみねこさんに英語の表現についてご助言を頂きたいな、
と思っているわけです。
プログラムはよくある画像編集用のものですが、少しオリジナルの機能を
持たせてあるので、そこそこ需要があるのではないかと思っています。
(ただいろいろな画像形式には対応していないのが、最大のデメリットに
なっていますが。ただ読み込むだけならば、Susieのプラグインを用意して
貰えればできます。)

完成は、とりあえず来週くらいを予定しています。

>視力のいい人は数百メートル手前から知り合いが歩いてきて、その人と目が
合ってしまうと目を逸らすことができないので困る、という話を聞いたことが
ありますね。

確かに視力がいいと遠くの人もばっちりと見えて、こちらが気恥ずかしくなる
という面がありますね。この点、近くしかあまりよく見えないと、遠くにいる
他人のことなどちっとも気にならないものです。

あと記憶力のいい人は物を忘れることができなくて困るという話も聞きますね。
やはり嫌なことも多々あるわけで、それらを忘れることができないというのは
困ったことですね。



[498] MYST以来の超大作アドベンチャーゲーム"SYBERIA" 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/27(Sat) 22:12

 PCゲームでアドベンチャーゲームというとMYSTシリーズがあまりに有名だが、この7-8年くらいはid softwareの"DOOM"や"Quake"シリーズ以来、FPS(一人称シューティングゲーム)が全盛で、アドベンチャーゲームは片隅に追いやられていた感があった。前に紹介した"No One Lives Forever"もFPSの発展系だ。
 しかし、昨年、女性弁護士が主人公の"SYBERIA(SIBERIAではない)"というゲームがフランスで制作されて一躍世界中で大ヒットした。私もこのゲームの噂は知っていたが、原文がフランス語でしかも文章量が多いということなので敬遠していたのだった。しかし、この9月26日に日本語版が発売されたので、私もさっそく注文した。
 ゲームの紹介は、
http://www.4gamer.net/review/syberia/syberia.html

 ゲームにアクション性はないので、あまり高度なスペックのPCも必要としない。女性も楽しめると思う。個人的にはストーリーと、からくり人形の扱いに興味がある。一度プレイしてみては如何?



[497] そういえば 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/27(Sat) 21:13

 視力のいい人は数百メートル手前から知り合いが歩いてきて、その人と目が合ってしまうと目を逸らすことができないので困る、という話を聞いたことがありますね。
 しかし、私は子供の時から視力も悪いのですけれども、メガネをかけるようになってからもこのような経験はありません。私にはもともと遠方から歩いてくる人を見ても、それが誰かを判断しようとすることはあまりないように思うのです。せいぜい十数メートルくらいまで近づいて、相手の顔がはっきりと識別できるようになってから挨拶するくらいでしょうか。



[496] Re[494]: うみねこ氏 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/27(Sat) 20:49

 一茶さん、こんにちは。

> は結構、英語が得意なようですね。
 一応、職業翻訳者に対してこの言いぐさはないだろ(笑

> さて、右耳が聞こえないということですが、これは私ならばかなり致命的です。
> というのは、私の場合音楽が趣味で、片耳しか聞こえないということは、
> 即ち音場感が失われるわけであり、それは音楽の醍醐味をかなり減少させて
> しまうからです。
 とはいうものの、私はステレオ音響感覚というものがもともとまったく理解できません。
 それでも私はDTM(Desk Top Music)を趣味にしているわけです。その際、パンポットの設定はどうしているかというと、ヘッドホンで左右の音を聞き比べて楽器の配置を想像しているのです。ただし、常識的な設定というものはあります。ドラムやベース、ボーカルは普通ど真ん中。ブラスとストリングスは左右に分かれる、ピッコロなどの線は細いが高音の楽器はどちらか一方の端に寄せて目立たせる、といった事柄です。



[495] 新パソコン不調 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/27(Sat) 20:38

 9月頭に購入したPCだが、不調が出てしまった。1週間ほど使用してみて、3Dゲームをプレイしている時に限って画面にゴミが出て、時間とともに増えていくのだ。ふだんの業務には差し支えないのだが。3Dゲームでもとくにfirst-person shooter(FPS)とよばれるジャンルのアクションゲームはPCの負荷が高い。つまり、最も過酷な条件でPCを試験したことになる。
 症状から見てビデオカード(以後VGA-I)の熱暴走が疑われたので、同じカード(以下VGA-II)と交換してもらって自分で換装したのだが、なんとこのVGA-IIでも砂嵐が出現するという障害が現れた。これも同じく3Dゲームプレイ中に限って出現する。障害報告をいろいろ調べてみて、どうもマザーボード(以下MB-I)とVGA-I、IIの相性の悪さも疑われたので、この際MBとVGAを併せて他社製のべつの製品(MB-II、VGA-III)に交換してもらって換装した。
 ところが今度はMB-IIとVGA-IIIではPCが起動しない。BIOS画面も表示が変だ。MB-IIでVGA-IIに換装してみるとちゃんと起動し、通常使用では問題なかった。しかし、3Dゲームでやはり同様の砂嵐が出現した。ということは砂嵐はVGA-II特有の初期不良、MBはI、IIともに問題なし、VGA-IIIは起動不可初期不良品、という結論が出たかに思った。ところがここで、MB-II、VGA-IIの組み合わせでシステムメモリの試験をしてみると試験が途中で進行しなくなってしまった。つまり、メモリの不調という可能性が生まれたのだ。砂嵐もメモリの不調による可能性がある。
 メモリが不調とあれば、さらにいくつか試験すべき組み合わせがあるが、さすがに面倒くさくなってしまったので製品をすべてショップに送り返すことにした。
 今までに何度もパーツを換装した経験はあるが、これだけ揉めたのは初めてである。しかも、3Dゲームをプレイしない人には気づくこともなかったであろう障害で揉めたのある。最初から素直にショップに送り返しておけば良かった・・・



[494] うみねこ氏 投稿者:一茶 投稿日:2003/09/27(Sat) 20:37

は結構、英語が得意なようですね。
さて、右耳が聞こえないということですが、これは私ならばかなり致命的です。
というのは、私の場合音楽が趣味で、片耳しか聞こえないということは、
即ち音場感が失われるわけであり、それは音楽の醍醐味をかなり減少させて
しまうからです。
とはいえ、そのためかノイズや人の話し声が非常に聞きづらいという苦労も
しています。(人の声も関係なければ、騒音以外の何物でもない。)
良い音や声のものを聴いてばかりいると、悪い音のものは許容しづらくなる
のでしょう。

(ま、良いこともあれば、逆に悪いこともあるということで、物事のつり合い
がとれているのかもしれません。)



[493] 片耳難聴 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/12(Fri) 18:35

 私は生まれつき右耳が聞こえない。その原因は分からないし、今更そんなことはどうでもよい。原因が分かっても治らないことは分かっているからだ。もちろん両耳が聞こえない人の苦労は想像するにあまりある。しかし、片耳難聴者には片耳難聴独特の苦労があるのだ。それは、人の言うことを聞かないとか、聞こえないフリをする、というふうに人格が疑われることだ。「自分は右耳が聞こえません」と言えばいいことじゃないか、という人がいるかもしれない。しかし、私自身は人と会うときは自分の右耳が聞こえないことを常に意識しているけれども、そのことを他人にも常に意識しろと求めるのは酷というものである。だから、私はそう言う代わりに、自分から話し相手の右側に来るようにしている。これは子供の時から染みついた習慣なので、この私のごく自然な振る舞いに気がつく人は滅多にいない。他人に求めるのではなく、自分から動くのだ。しかし、それがいつも可能なわけではない。たとえば車の助手席に座る時や、大勢の人と同席する時のように、自分から席を選べない時だ。そうでなくとも、このような場合は周囲が騒がしく、相手の話し声が聞き取りにくいのに、である。できれば静かな場所で、ごく数人と話し込めたらいいと思う。しかし、そんな機会は滅多にこない。だから私はそれを期待する代わりに、書き言葉で自分の考えを一所懸命伝えたいと思う。しかし、それを今度はルサンチマンなどといって貶す人間がいる。こんなくだらない言葉が氾濫しているのが現代という時代だ。



[492] パソコン移転完了 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/09/01(Mon) 11:27

 うちのパソコンも遅ればせながらWindowsXPマシンになった。

 今回はブラスター騒ぎもあり、ウイルス対策には万全を期したつもりである。まず、新しいパソコンが来るまでに、旧パソコンで最新版のデバイスドライバや使用中のアプリケーションのインストーラをすべてダウンロードして「アーカイブ」と書いたフォルダに格納しておいた。新しいパソコンが到着すると、まずXPをsp1にバージョンアップし、悪名高いWindows標準のメーラー、OutlookExpressを無条件でアンインストール。ついでネット接続環境を整えてからマザーボードにバインドされたNorton Internet Securityの3か月間体験版をインストール、LiveUpdateでNorton Antivirusを最新版にし、WindowsUpdateで更新できるファイルをすべて更新した。そして旧パソコンのHDDを新パソコンに接続し、「アーカイブ」に収めたファイルを新しいパソコンにコピーしてインストールした。

 とにかくXPのインターフェイスが気に入らず、すべてWindows95時代のままのクラシックスタイルに戻したので見かけはほとんど変わっていない。ウィンドーのアニメーションやらそんな余計なものは要らない。Windows98の頃を比較して、他にもいろいろと細かな手を加えてあるようだが、私にとってはほとんどが余計なものだった。
 今回ありがたかったのはネット接続環境を整えるのが非常に容易だったこと。今はデスクトップの接続アイコンをワンクリックするだけで、ほんの1秒ほどでネットに接続できてしまう。Windowsの起動も速くなった。HDD間のファイルのコピーも速くなったので、以前は1時間以上かかった大量のCD-ROM辞書の移動が5分で済んでしまった。まぁこれはコンピュータの性能の向上によるものだが。

 一方で、使用頻度の高いアプリはスタートメニューでの表示順序が上位に来る機能が新たに付け加わったが、これは曲者だ。われわれはよく使う物は自分が都合のいい場所に「自分で」片付けるか、それができない場合はその場所を覚えるものである。ところがそれをコンピュータが(いや、正確にはマイクロソフトが良かれと思う場所に)勝手に移動してしまうのである。マイクロソフトの言いなりに動けば楽なのかもしれないが、こちらはそんなお人よしじゃない。はっきり言って迷惑である。



[491] 壁紙は 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/25(Mon) 04:05

 セーラーマーズ a.k.a.火野レイちゃんですね。ちょっと濃い目の壁紙に取り替えました。

 6万年ぶりの火星大接近を念頭に置いてます。Marsは戦争の象徴でもあるんですが、まさかね・・・。



[490] パソコン新調 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/25(Mon) 01:55

 間もなくうちのパソコンを新調することになった。

 現在使用中のパソコン(OS:Windows98SE)は基本フレームを5年前に構築し、以後、マザーボードを1回(ABit製→AOpen製、チップセットはともにIntel BX440)、CPUを2回(Celeron300A→PentiumIII 550MHz→PentiumIII 850MHz)、サウンドカードを1回(YAMAHA製→Creative SoundBlaster Live!)、グラフィックカードを4回(笑)(nVidia RIVA TNT→Matrox Millennium G400→nVidia GeForce2 MX400→ATi Radeon7200→nVidia GeForce3Ti200)、HDDも5-6回換装し、メモリを128Mから256Mに増設、DVD-ROMドライブ、CD-RWドライブ、USB MIDIインターフェイス、MIDI音源2台を増設してきたが、どうも最近ADSL接続にしてから重くなってよく固まるようになってしまった。とくにADSLに接続後、IEにテキストエディタ、メーラー、ロボット型検索ソフト、Adobe Acrobat Readerを同時に立ち上げると確実に固まってしまう。これではゲームをプレイするより前に仕事にならない。

 今まではパーツの換装や増設でなんとか乗り切ってきたが、今のマザーボードではPentium 4がそもそも載らない。というわけで5年ぶりの一からの新調である。スペックは:
OS:Windows XP
CPU:Pentium4 2.8GHz[FSB800、HTテクノロジ対応]
メモリ:1GB(512M DDR-SDRAM PC3200 CL3×2枚)
マザーボード:GIGABYTE製Intel 865PEチップセット
グラフィックカード:nVidia GeForce4 Ti4200(VRAM128M)
サウンドカード:オンボード
モニター:NANAO L557
HDD:80GB
その他ドライブ類は流用
費用:約20万

 懸案だったモニターも17インチTFT液晶のものに交換することにした。サウンドはとりあえずオンボードを使用して様子を見る。もう一つの懸案だったMS Officeの導入は、近々値下げするという噂を耳にしたので今回は見送ることにした。今回はとくにメモリの増強を重視した。1GBもあればビジネス用にはまったく問題がない。

 決して最新最強のスペックというわけではないが、このマザーボードなら拡張性が高いので3年は使えると思う。3Dゲームを趣味にしている者には近年の急速な要求スペックの上昇について行くのは大変・・・



[489] 慎み深さを持つスター選手 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/23(Sat) 14:15

 私はスポーツにはあまり興味がないが、ふと目にしたこの記事を読んで意外な気がした。

http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/baseball/usa/20030823/20030823_f676.html

 ヤンキースの松井選手を「慎み深さを持つスター選手」として絶賛しているというのだ。分野にも依るのかも知れないが、アメリカというとメッツの新庄のように自己顕示欲の強い選手の方が評価されると思っていただけに意外だった。まぁ新庄の場合はあの軽薄さが嫌われているのかも知れないが。

 何かにつけ、活躍するためにはその陰で何倍もの時間を費やした寡黙なトレーニング(や勉学)が欠かせないというのが正攻法なわけだが、現実はどうもそうではないような気がする。野球のように、幼少時からの鍛錬という蓄積はあったにしても、比較的短時間で結果の出る仕事はむしろ恵まれていると思う。



[488] 驚かせてしまったか・・・? 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/15(Fri) 16:47

 [487]はあなたへの応答ではなく、本を読みあさったりネットを回ったりしている間に浮かんだ随想みたいなものです。ちょっと皮肉な文体になってしまったので、驚かせてしまったのならごめんなさい。

 羽尻と愉快な仲間たちの掲示板における羽尻氏の

>私は出たとこ勝負です。
>後先考えていては、動けません。

 たぶんこれが重要。われわれは判断してから行動するのではなく、まず行動してから判断している。これがフレーム問題を問題ではなくしてしまう、つまり解消する鍵であり、それが可能になっている生化学的根拠が[478]で書いた、「閉じたenzymatic chemical circuitがシステムが生きている限りは循環を続けていること」なんだ、ということです。



[487] 即興性 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/14(Thu) 21:27

即興性、つまりフレーム問題を解く鍵が、外部から入力される情報とは
無関係にシステムが情報を出力すること、つまり「自発性」にあると
言っているのに、それがどうしても理解できないらしいな。



[485] Self Reference 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/11(Mon) 09:51

You might criticize that I neglect the self-reference or recursive nature of gene-protein interaction. I think one of the important consequences derived from the view that all substances dissolved in solvents should show catalytic activity is that it is meaningless to discriminate genes from proteins. From this view, even one nucleotide (or its precursor) or a simple amino acid might equally have some catalytic activities from the starting point of life, and their interactions might have developed along with the extension of nucleotide strands or amino acid sequences through co-evolution processes.

As suggested in the discussion [462], our vision is often restricted to observe the finished works (today's organisms). The self-reference or recursive nature of gene-protein interaction may be only observed in the presently living organisms, and this nature may have emerged through co-evolution of genes and proteins.



[484] Emerging life 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/09(Sat) 15:15

In the basic research in biology, the focus of research have been shifted from genomics to proteomics during the last few years. I think this is not because all base sequences of human genome were determined but because many scientists have gradually realized that the key of life is the interactions among proteins (enzymes), and genes take part in the life only as a ground plan of organisms. It is proteins that construct our body using information coded in the genes. This view is strongly suggested in "Investigations", the latest publication of Dr. Stuart A. Kauffman. All substances dissolved in solvents including water should show some catalytic activities, and they will form growing sets of metabolic pathways, that is, the closed enzymatic chemical circuits with the aid of initially weak catalytic activities. It seems that he believes these activities are the origin of life, and I am convinced that he is ultimately right.



[482] 南側の斜面 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/09(Sat) 11:08

 今度の台風は室戸台風やジェーン台風、第二室戸台風とよく似たコースを取ったので、大阪人には嫌な予感がしたのではないかと思う。第二室戸台風は当時大阪市内に住んでいた私も経験していて、一番吹き荒れたのが昼間だったことと、当時はアルミサッシや雨戸があまり普及していなかったことから台風の脅威を目の辺りにした。今でも覚えているのが風で根こそぎ引っこ抜かれた物干し台が南側遠方から飛んできて、我が家の真上の階のベランダのフェンスに激突したことで、もしももう少し飛行軌道が低ければ我が家の窓を直撃して大惨事になっていたかも知れない。

 今度の台風の富士山レーダー映像を見ていて今さらのように気がついたのだが、大雨が降る地域は台風が多少移動しても固定していて、つまり同じ地域で大雨が降り、台風がある程度移動すると大雨地域が隔たった地域に不連続に移動することに気がついた。どうやらこれが山間部の南側斜面ということらしい。しかも日本の地形から、南側の斜面は台風の進行方向の右側に位置することになる場合が多いので、左巻きに吹く台風の風をまともに受けることになる。

 現在の我が家は山間部の北側斜面の新興住宅地にあり、住宅地としては決して立地条件がよくないが、台風の被害は受けにくいらしい。



[478] RE:[477] As a tentative theory 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/04(Mon) 15:24

 リンクが復帰したようです。

As a tentative theory

I.
I think enzymatic closed chemical circuits in the cell can serve as the basis of the source of novelty or externality.
Of course the system can respond to the input information and output information processed by the system. However, in addition to this, the system can output some information without being input with any information, and it may not respond to the input information, that is, even if information is input to the system, the system may not respond. These latter two features may be the origin of novelty, and I propose to call these features of the system as "spontaneity".

Behavior of closed enzymatic chemical circuit
1. input → closed system (enzymatic chemical circuit circulating as long as the system "lives") → output (e.g., neural firing)

2. no input → the system → output

3. input → the system → no output

The enzymatic chemical circuit is a closed system because the members of the circuit are only present inside the system.

II.
Even if the interpolated complete causal relationship forms qualia and should be mathematically described, the reason why the relationship can form qualia is not clear.



[476] デネットの"Freedom Evolves" 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/03(Sun) 22:45

 ふとしたきっかけで、Daniel C. Dennett, "Freedom Evolves(自由は進化する)"が2003年2月に出版されていることを知った。現在、本書の翻訳に取り組んでおられる方もいるだろう。しかし、デネットのインタビュー記事、
0 http://www.reason.com/0305/fe.rb.pulling.shtml
や、慶応の西脇与作氏の解説記事、
http://www.phsc.jp/~nishiwaki/doc/nishiwaki/2001/2001-2-24.PDF
などを読んで、正直なところ失望させられた。

 哲学者はどうして人間だけを特別な存在と見なしたがるのだろう。昆虫は決定論的な機械だと決めつけているようだが、生物学の側からこれに対しいくらでも異論がある(たとえばhttp://www.moriyama.com/netscience/Kanzaki_Ryohei/で紹介されている、フォン・ホルストのinternal turningの話題)。
 宿命論(運命論)と決定論の区別、これはいいのだが、この区別がなぜ有効なのか。これはまさに生物の行動が、ひいては脳の活動が予測できないことに由来すると思うのだが、この考察が意図的に無視されているように感じる。
 これは哲学史に由来するのかも知れないが、なぜヒトにおける「責任」がこれほど重視されるのか。無限に分裂増殖する一部の単細胞生物を除き、生物個体はすべていつか死ぬ。これが生物として責任を取るということではないのか。被食動物が捕食動物に捕らえられて死ぬ。この時、その被食動物は自らの行動に対して責任を取ったことになるのではないのか・・・

 ジョン・メイナード=スミスの近著、「生物は体のかたちを自分で決める」に、生物学において還元主義的アプローチ(遺伝子決定論、社会生物学、進化心理学から分子遺伝学まで)を好む者は政治的に右派になりがちで、全体論的アプローチ(システム論、自己組織化、構造主義生物学など)を好む者は左派になりがちである(ちなみにメイナード=スミス自身は折衷派らしいが)ということが書かれているが、本書は明らかに前者に荷担しているのだ。



[474] Re[473]: 創造性 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/08/03(Sun) 21:37

Mogi, K. & Tamori, Y. (1997) Creativity and the neural basis of Qualia. Proceedings of Mind II conference, Dublin, Ireland, September 1997 (To be published in a book form).

この論文をhttp://www.csl.sony.co.jp/person/kenmogi/kenmogi.htmlから見つけたのですが、あいにくPDFファイルのリンクが切れているようです。現在のファイルのアドレスをお知らせください。



[471] 創造的であるとはどういうことか? 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/29(Tue) 21:29

 仕事で以下のような記事を翻訳した。

--------------------

 カリフォルニア大学サンフランシスコ校(カリフォルニア州サンフランシスコ)神経学のBruce L. Miller博士らは米国神経学会(AAN)の機関誌,Neurology(60:1707-1710,2003)に,前頭側頭葉痴呆が進行しているにもかかわらず芸術作品の発展を示した症例を報告した。

言語能力が創造性を阻害
 痴呆が進行しているにもかかわらず絵画の画法が進化したこの才能豊かな画家の症例は,言語能力はある種の創造性には必ずしも必要ではなく,むしろ阻害することすらあることを示唆している。
 この症例は10歳代に中国から米国に移住し,大学で絵画を学んだ高等学校の美術の女性教師である。彼女は西洋の具象主義的画法と中国の絵筆による画法を結びつけた,洗練された絵画で修士の学位を取得した。彼女は1986年に生徒の成績評価と授業計画が困難になり,1995年には痴呆が進行して学級を管理したり生徒の名前が覚えられなくなったので52歳で退職した。
 彼女は50歳代で発病することの多い,まれな遺伝性の痴呆である前頭側頭葉痴呆と診断された。Miller博士によると本疾患では通常前頭葉と側頭葉の脳細胞が失われるが,この症例ではほぼ左前頭葉でのみ脳細胞が脱落していた。前頭葉は言語や行動計画,社会行動の組織化と調節における役割を果たしていると考えられている。
 発病する前,彼女は西洋様式の水彩画法や東洋の古典的な絵筆を用いて主に風景画や具象的絵画を描いていた。疾患が進行するにつれ,彼女は西洋と東洋の画法を融合するようになった。Miller博士は「言語能力が低下するにつれ,患者の絵画はより野性的で奔放になり,独創的になった。1990-1993年には患者は中国のホロスコープに基づく,きわめてパターン化された一連の精妙な絵画を制作していたが,1997年には男性ヌードの造形絵画12点からなる作品を描くようになった。患者は絵画の訓練による形式的な束縛から自由になったことが明らかである。患者の後期の作品はもはや写実的ではなく,情動を強調した印象派のスタイルに変化したのである」と述べた。彼女は2001年以降は絵画の制作を中止したが,言語能力が限られている時においても絵画の画法や制作方針を思い出すことができた。同博士によると,患者が絵画について語る時は他の話題について話す時より自由奔放で,より自発的になった。
 Miller博士はべつの前頭側頭葉痴呆の症例を報告しており,この症例では以前は芸術の才能がなかったが,疾患が進行するにつれ美術に対する関心と才能を発揮するようになった。同博士は「通常の社会的,肉体的,認知的な制約を超える能力が偉大な芸術家の特徴である。前頭側頭葉痴呆患者の芸術的才能の発現における重要な要因は,言語が支配する思考パターンからの解放にあると思われる。社会的な制約に関与する前頭葉機能の解放がこの芸術家の後期の絵画において重要な役割を果たしていると思われる」と述べた。

改善した能力に注目する
 Miller博士はこれらの症例が自らの痴呆患者に対するアプローチを変化させたことを認め,「われわれは通常,痴呆患者では『何が悪くなったのか』と考えることはあっても,『何がよくなったのか』と考えることはない。私は今では患者が以前よりも非常によくできるようになったことはないか,と常に問いかけている」と述べた。

--------------------

 この症例はV.S.ラマチャンドラン「脳の中の幽霊」で紹介されている、絵画に天才的な才能を示したが、言語能力の獲得とともにその才能が衰えた自閉症の女児の例とちょうど反対である。しかし、このMiller博士の患者に対するアプローチは敬意を表するに値すると思うけれども、症例報告の内容自体にはさほど新奇なものはないと思われる。

 それよりも、私が気になったのは創造的であるとはどういうことか?という点である。 ここで紹介された痴呆は間違いなく脳組織の器質的病変を伴っていたのであって、その状態はやはり正常ではない(生理状態から逸脱している)。この症例が痴呆に罹らなかったとしたら、痴呆に罹った後で描いた絵を症例自身は否定するかも知れない。しかし、他者は痴呆に罹った後で描かれたその絵を「独創的である」と「肯定的に」評価したのである。もっと露骨に言うと、壊れた機械が描いた絵を創造的であると肯定的に評価したのである。ただし、この記事の筆者は、ある種の創造性は言語能力とは独立であり、脳のその壊れた部分(言語能力を司る部分)は通常はその創造性を抑制しており、むしろ壊れたことによってその創造性が解放されたと考えているらしい。

 創造性についてはこれからも考えていきたいと思うが、今はこれ以上書かない。ただし、私の基本的な考えは、内部で酵素化学反応が閉じた回路を形成して活動を継続しているという、閉鎖系としての生命が示す自発性が創造性の原因だとするものである。




[470] バウリンガル 投稿者:都筑天河@暴れん坊代官 投稿日:2003/07/23(Wed) 20:55

http://www.takaratoys.co.jp/bowlingual/
犬の声から心情って読み取れるものなんですかねぇ…。

無口な犬だったらどうするんだろう…。

http://www.crazarl.net/




[469] ほ乳類大自然の物語 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/23(Wed) 05:56

 続いてアッテンボローの「ほ乳類大自然の物語」を楽しみにして見ているが、確かにこの撮影技術や期待する映像を得るための忍耐力には脱帽するが、アッテンボローの解説や行動の解釈はまったく通俗的である。どのような状況で撮影したかの説明だけに留めておいてほしいものだ。

 ひとつ興味深かったのは、零下20度で冬眠しているコウモリは眠っている間は体温が外気の温度まで低下しているのに、目覚めると急速に体温が上昇することが映像からはっきりと示された点である。零下20度というと体内の代謝活動はほぼ完全に停止しているはずである。であるにも関わらず、コウモリはなぜ動き出すことができるのだろう? ただし、少なくともそれは外気温の変化が引き起こすものではないはずである(洞窟内の気温は短時間尺度で見るときわめて安定である)。



[468] AIBO開発物語 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/23(Wed) 05:37

 昨夜(2003年7月22日)のNHKプロジェクトXのAIBO開発物語を見ただろうか。

 AIBO開発陣はAIBOに倒れずに速く走らせるために「あるイヌ」の走りを観察してそれをプログラムしていたが、本当は倒れずに速く走るために「あのイヌ」が採用している走りがあの走り方であるのに過ぎないのであって、他のイヌは別の走り方を採用している可能性がある(もちろんイヌの脚の長さと体格との関係などから採用できる走り方に物理的制限はあるのだが。子犬と成犬、小型のイヌと大型のイヌの走り方や、同品種同体型の複数のイヌの走り方を比較してみるとよい)。ひとつの思考実験として、生きているイヌはいずれかの足が骨折した時も不自由ながらも走ることができるが、AIBOはどうだろうか。
 また、感情を表現する動作を人間が決めてそれをプログラムしていたが、本当は感情と動作とは完全に一対一には結びついていない(ある程度は遺伝的に決められているにしても)のであって、どんな感情の時にどんな動作をするかはイヌによって微妙に異なっているはずである。だから個性が生まれるのだ。

 残念ながらAIBO開発陣はこのことにまったく気がついている様子がない。彼らは生物の行動とはまったく逆の、誤った開発ストラテジーを用いているのだ。



[467] MIDI 投稿者:都筑天河@暴れん坊代官 投稿日:2003/07/14(Mon) 16:04

過去に作ったMIDIはこんな感じです。

「バーニングフォース」より「Bay Yard」
http://www.crazarl.net/bforce.mid

「ダライアス&Gダライアス」アレンジ
http://www.crazarl.net/darius.mid

「ビートマニア2ndMIX」より「tokai」
http://www.crazarl.net/tokai.mid

「HAPPINESS BEATS SADNESS」(オリジナル)
http://www.crazarl.net/hbs.mid

「ぷに」(オリジナル)
http://www.crazarl.net/puni.mid

ほとんどゲームからの耳コピやアレンジばかりです…。
コードの知識が無いので、コードがあやふやです…。
ああああああ。

http://www.crazarl.net/



[466] 暴れん坊代官さん、こんにちは 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/14(Mon) 15:37

 MIDIですが、すでにここでも先に紹介したものですけど、こういうのは如何? いずれも古い歌ですけど、アーティストが作曲した時の年齢はみんな代官さんくらいの年齢の時です。

ラスト・ワルツ/森田童子
この人の歌はあまり知らないんだけど、ほとんどつねに「夭折」とか「自殺」というテーマが聞こえてくるような気がする。

地獄「心だけ愛して」/山崎ハコ
1979年頃、映画「地獄」の主題歌として使用された曲。この歌は暗いというより怖いです。

あぶな坂/中島みゆき
みゆきさんのデビュー・アルバム「私の声が聞こえますか」(1975年発表)の冒頭の曲。「地上の星」の大ヒットでにわかみゆきファンが降って沸いているが、真正のみゆきストはこういう歌こそ愛する(?)。はっきり言ってとんでもない歌詞。ほんとはこういう歌は人に聴かせるのではなく、ヘッドフォンで密かに聴くべき。それゆえ、ファン以外にはあまり知られていない曲(だと思う)。



[465] こんにちわ。 投稿者:都筑天河@暴れん坊代官 投稿日:2003/07/14(Mon) 14:27

こんにちわ。暴れん坊代官…こと、都筑天河です。
ウチのHPにご来場下さって、どうもありがとうございます。

DTMなさってるんですか…いいですねぇ…。
ウチは音楽ツクールで曲を何曲か作った事があるんですが、
コードの知識がほぼ皆無のため、作曲するのが難しいです。

今は作曲をするのは止めていますが、いつかMIDI作りたいですね…。

http://www.crazarl.net/



[464] 技術の裏に潜むパラダイム 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/09(Wed) 07:20

 最近、仕事である培養系(culture system)製造会社の製品カタログやマニュアル、社史などを翻訳した。

 その会社は発足当時はウシやブタなどの血液を遠心分離して得られる血漿を液体のまま販売していたそうだ。その後しばらくして、その会社は培養液の乾燥粉末(dry powder)の販売で急成長を遂げることになる。
 乾燥粉末で成功した理由はなんだろうか。あまりに当たり前で、言うまでもないことだが、乾燥粉末にすると製品が長時間変質しないからである。その裏にあるパラダイムは、常温常圧で乾燥状態にある物質は化学反応を起こさないということである[もちろん理想的には絶対零度(実際には絶対零度を実現するのは非常に困難だし、絶対零度ではかえって量子効果により揺らぎや相転移を起こして変質してしまうことがあるが。通常は-20〜-80℃で保存することが多い)で真空中、遮光保存するのが望ましい]。逆にいうと、少なくとも地球における生体化学物質は水に溶解すると化学反応が進む、ということである。

 現在、この会社が取り組んでいるのは完全に化学的に定義された(chemically defined)培養系を製造することである。この取り組みの一番表層の理由は、動植物由来の成分はいくらそれを抽出・精製しても予想外の夾雑物を含み、それが実験に悪影響を及ぼすことがあるからである。そしてその一番深層のパラダイムは、生物は化学反応機械であるということである。



[462] システム起動の一撃 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/09(Wed) 06:25

 私は少年時代、以下のような疑問を抱いていた。

 鉄腕アトムやフランケンシュタインの物語では、その身体が組み立てられた時に電気ショックが与えられる。すると、彼らはそれ以降、外部から手を加えなくとも自律的に動き始めるのである。では、生物は仮にそのすべての構成部品を集めて組み立てた時、それは勝手に動き出すだろうか? アトムやフランケンシュタインと同じように、何かショックを与えないと動き出さないだろうか?

 この疑問は確か、大学に入学してからも抱き続けていたが、次第に忘れ去ってしまった。しかし、この疑問を先日ふと思い出した、と同時にそれはすでに氷解してしまっていることに気づいたのである。

 この疑問はひとつには、完成品を動かそうと考えることから生じる。現在身の回りに存在する電気製品は動き始める前からすでに完成品だ。そしてこれを動かすには必ずスイッチを入れなければならない(エネルギーを与え始めなければならない)。そして、エネルギー供給を停止すると当然止まってしまう。

 しかし、約40億年前に生命が誕生した時は、それを動かすためにスイッチを入れるような存在はなかったはずである。ではどうして生命は誕生して活動を開始することができたのか。

 原子や分子が出会うところでは必ずなんらかの相互作用が生じる。ある原子や分子とそれらの間の相互作用を含む全体をシステムと見なした時、このシステムは生命として完成されたシステムでなくとも、すでにスイッチを入れることなく作動して相互作用を起こしている。生命というシステムとして完成していなくとも、すでに作動しているのである。生物が活動できるのは究極のところは原子や分子が化学反応を起こす性質を持つからである。



[460] 生命システムは開放系か? 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/07/01(Tue) 04:14

生命システムというと、それは開放系だということで話が終わってしまうことが多いけれども、確かに細胞は細胞外に存在するエネルギーや物質とのやり取りを行っているが、それ以外に「生きている限りは」細胞内部に限定して回転している代謝経路もたくさん存在すると思われる。今直ちにその具体例は思いつかないが、概念的にはひとつには自己触媒機能を持つ酵素のみによって構成された、閉じた代謝回路が考えられる。このような代謝回路が細胞内部に存在するとするなら、その細胞の活動には外部環境とは無関係な成分が含まれ、その細胞は外界刺激からでは予測できない活動を示す可能性がある。この活動が[459]の最後で述べたサッカー選手の脳の活動に相当すると考えられないか。



[459] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/26(Thu) 01:05

正確無比にボールを蹴ることのできるサッカー選手がいたとして、その選手が飛ぶ方向や強さをコントロールして蹴られたボールは、蹴られたが最後、そのボールの挙動は物理法則によって正確に予測できる。では、そもそも、その選手がどの方向にどれくらいの強さでボールを蹴るかは予測できるだろうか。それが予測不可能だと思うのは、その選手がどの方向にどれくらいの強さでボールを蹴るかに関する原因、あるいはそもそもその選手がボールを蹴ろうとした原因が分からないからではないか(監督が命令したのが原因だというなら、今度はその監督がそのように命令した原因を問うことになり、無限後退に陥ってしまう)。とするなら、その選手がそもそもボールを蹴ろうとしたこと、すなわち、その選手の脳の活動には原因がないのであり、その活動自体が原因と考えてよいのではないか。そして、そのボールの挙動はそのサッカー選手の脳の活動を起点とする因果関係に拘束されているのではないか。



[458] マジックの種 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/21(Sat) 05:15

 以前、プリンセス引田天功が自分のマジックの種明かしをしてくれる番組を観たことがある。その時の種は、舞台のコピーを用意しておき、カーテンを降ろして再度引き上げる間に舞台そのものを入れ替えるというものだった。確かにそれはわれわれの盲点をつくものではあったが、金さえあればなんでもできるな、というのがその時の印象だった。

 こう考えるとマリックのガラス瓶の中に500円玉を入れるマジックも容易に理解できる。あらかじめ500円玉を入れたガラス瓶をガラス細工職人に頼んで製作しておき、マジックの際に500円玉の入っていない瓶とすり替えればいいのである。「すり替え」はマジックの基本テクニックだ。そのガラス細工職人には高額な口止め料さえ支払っておけばよい。
 同様にスプーン曲げも、スプーンが工作機械でも使わない限りできないくらいグニャグニャに曲がっているのであれば、なおさら、先に工作機でグニャグニャに曲げたスプーンが用意されていたと考えるべきなのである。そして、「すり替え」のテクニックを使えば、マジシャン以外の人間がスプーンを曲げたように思わせることもできる。当人さえも、自分が曲げてしまったかのように思い込んでしまう。

 銀行のキャッシュカードの場合は、これが本来、磁気にきわめて弱いことがミソである。たとえば、分子生物学などの実験でよく用いられるウェルプレートの、ウェルの径や深さがきわめて小さなものを用意し、各ウェルの底には肌色の色素を充填しておく。そして、このプレートに磁性粉を撒き、ウェルに入らなかった磁性粉を取り除く。このプレートに指を触れると、指紋の溝に肌色の磁性粉が入り込む。この指でキャッシュカードの磁気コーティング部分に触れると当然カードがダメになってしまう。

 ある番組で観たのだが、インタビュアーの質問に答えてユリ・ゲラーが油田のオーナーになっていることはユリ・ゲラーも認めていた。しかし、ダイジング能力を生かして油田を発見したのか、というインタビュアーの質問にはユリ・ゲラーは首を縦に振らなかった。つまり、油田のオーナーであるというのは事実だが、ダイジング能力を生かして油田を発見したというのは単に第三者の憶測に過ぎないのである。この事実と憶測が区別できないと「ダウジング能力を活かして油田のオーナーになっている」というシナリオが勝手にできあがってしまう。



[456] ニッチ構築 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/19(Thu) 11:56

 今日の朝日新聞文化欄で、下條信輔氏が動物の適応行動と進化との関係を捉え直すための「ニッチ構築 niche construction」という概念について言及されていた。ニッチ構築とは、動物が自らの棲息環境(記事の中では自然淘汰の要因に相当する)を自ら変化させる活動を指す。たとえば、動物が作る巣やビーバーのダムなどはそれ自体が環境要因となり、それに適したものが子孫を増やすと考える。私が[452]で例示した鳥の生活形態もこの環境要因に相当するが、この例はまだ受動的だったと反省している。そうではなく動物はもっと積極的に自らの生活環境を変えていくと考えるのだ。

 Googleで検索してみたが、まだ「ニッチ構築」という言葉を用いたサイトは見あたらなかったが、今年(2003年)9月に出版予定の
Niche Construction: The Neglected Process in Evolution (Monographs in Population Biology, 37.)
F. John Odling-Smee (Author), Kevin N. Laland (Author), Marcus W. Feldman (Author)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0691044376/qid%3D1038884859/sr%3D1-2/ref%3Dsr%5F1%5F2%5F2/250-6061376-2173815
などはまさにこれを扱った書籍かも知れない。

>>K.A.T.さん
 カウフマンはどの本をお読みなのか分かりませんが、
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0195121058/qid=1055991239/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-6061376-2173815
邦題「カウフマン、宇宙と生命を語る」の方が適当だと思います。



[453] Re:[452] 投稿者:ねこ 投稿日:2003/06/17(Tue) 12:17

早速のお返事、有難うございました。

 では、『行動に関する遺伝子の変化』も含めて考えているという理解でよ
ろしいですね。で、最近思うのは、こんなことは専門家の方ならあたりまえ
なのかもしれないのですけども…

 行動に関する遺伝子の変化は、おそらく脳内のニューロンネットワークの
構築の仕方を変化させるようなものだと思うのでが、そういった変異は
外的形態の変化に比べて、大胆な変化を受け入れることが出来るのでは無い
かと考えています。つまり我々多細胞生物は、脳の中という外界から守ら
れた情報世界を作り上げていますから、その情報世界の中ではランダムな方
向の遺伝子の変異が、意味のある行動の変化に繋がる可能性がかなり高いか
と。つまり、空を飛ぶ鳥へと進化することを考えた場合、突然変異によって
偶然翼が出来る可能性よりも、突然変異によって前足をばたつかせて空を飛
びたくなるような本能をもつ様になる可能性の方が高いかもしれないと考えたわ
けです。で、このような考え方はうみねこさんがおっしゃっている考え方に
合致するのでは無いかと思ったのですが。
 外適応の話などは、上で述べたようなこともすべて包括しているんでしょ
うか。



[452] Re[451]: [379] の話 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/17(Tue) 11:48

 ねこさん、コメントをありがとうございます。

 進化にはいろんな要因が関与しており、少数の要因だけで説明できると考えると間違いになると思います。[379]は、あの番組のあの時のテーマがあまりに受動的な解釈に偏っていたので反発を覚えたのです。

 ちなみに、あそこで提示した私の考え方は「ミーム」の変化とは少し異なります。たとえばひとつの可能性として、ある種の鳥類が「滑空」して空中の虫を捕食する生物から進化したと考えた場合に、「滞空時間」を延長するように働く変異はその生物の生活形態にとって明らかに有利なので、優先的に選択されていくだろう。つまり、滞空時間の長い方が繁殖に成功する個体が増えるだろう。この時の選択は、自然によって選択されたというよりは、その生物によって選択されたと考えた方が当を得ているだろう(その一つのやり方として性選択もあり得るでしょうが)、ということです。

 一方、[382]で補足した「外適応」の話は、環境とは無関係に遺伝子の変化が先に起こった、ということを強調している。

 いずれにしろ、この辺りの進化に関する一連の議論は生物は受動的にではなく、能動的に、あるいは自発的に変化するのだということを強調したかったのです。



[451] [379] の話 投稿者:ねこ 投稿日:2003/06/17(Tue) 06:57

 こんにちは、うみねこさん。[379]で書かれた話なんですが、
『行動に関する遺伝子の変化』がまずあって、その結果、その
行動様式に合致する形態の変化が起きたと考えられませんか?
『ミーム』の変化ではなくて、『遺伝子』の変化です。
 以前は『性選択』が大きく関与すると考えていましたが、
そちらの議論をみているうちに、『性選択』を含む『行動』
一般が関与すると考えるようになりました。以前この手の議論
を3人でしたことがあるのですが…。



[450] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/14(Sat) 12:28

それから、Googleで引っかかってくるのは、海馬や視交差上核などのスライスに電極を刺入した時に発火が認められるということ。このことは、PubMedでとっくに確認ずみです。しかし、これでは他のニューロンからのインプットの影響をまったく排除できない。私が言っているのは培養単一神経細胞でも自発的に発火するということです。このふたつを区別しなくてはなんの意味もない。



[448] そうじゃないでしょう 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/14(Sat) 12:13

私が言いたかったのは、神経細胞が自発的に活動しているからこそ、感覚に先行して行動できるのだ、すなわち自発的な行動の源だということ。このことを見落として、あるいは言わずして、単に神経細胞が自発的に活動しているというだけではなんの意味もない。



[447] うみねこさん 投稿者:茂木健一郎 投稿日:2003/06/14(Sat) 11:54

"spontaneous activity" neuron

でgoogleで検索してみてください。

3000件以上ひっかかってきます。

神経細胞に自発的活動があるのは、常識です。



[446] 茂木氏の日記 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/14(Sat) 11:24

2003年6月14日付の茂木氏の日記、http://6519.teacup.com/kenmogi/bbsから、
> 神経細胞は、自発的に活動しております。
>構成要素が、自発的に活動することを前提にした
>組織が脳でございます。
> と申し上げた。

 神経細胞が自発発火することに注目した議論をクオリアmlで展開したのは私です。
それを某氏はオカルトと中傷し、茂木健一郎氏は私をmlから排斥しました。その茂木
氏がまるで自分の説であるように喧伝するのは破廉恥な行為ではありませんか?
あるいは、茂木氏は私の軍門に下ったと解釈してもよろしいか?



[445] アクションゲームで視覚能力が向上? 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/06/04(Wed) 04:57

5月29日付けのnature誌にこんな研究が報告されたらしい。私はまだ読んでいないが。

http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20030603303.html

しかし、経験上、PCでのアクションゲームは眼がかなり疲労するのは間違いない。
ちなみに眼のためには液晶画面の方がいいらしいが、液晶は画面のリフレッシュレートがあまり上げられないという欠点がある。いずれにしろ、"DeusEx: Invisible War"に備えて近々、19または21インチのCRTを購入する予定。



[444] 伝承治療法 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/26(Mon) 06:28

 最近仕事で、とある伝承治療に関する臨床試験報告書を翻訳した。伝承治療の詳細は述べないが、要するに怪しげな治療法で、世界的にはほとんど承認されていない治療法のことである。もちろん、アメリカの食品医薬品局(FDA)も承認していない。困ったことに日本の厚生労働省は承認しているのであるが。
 この種の治療法は一般に患者の主観的報告に基づいて治療効果が判定され、効く患者には劇的に効くが、効かない患者にはまったく効かない(全か無かの反応を示す)という特徴がある。この報告書が私の気を引いたのは、試験を実施した研究施設がアメリカでも権威のある超有名所である、という点である。この研究施設がこの種の治療法に対してどういった判断を下すのかに非常に興味が沸いたのである。
 今回の試験では当然ながら患者の主観的報告に加えて、二重盲験手続きを用いて自律神経機能の客観的指標についても検討している。結果からいうと、この治療法は上記の全か無かの反応を示すという特徴を備えており、その反応には患者と対照被験者との間で統計学的有意差が認められた(つまり対照被験者ではまったく効果が認められなかったが、一部の患者の中に劇的に効いた患者がいた。全員が効いたわけではない)。一方、客観的指標には効果が認められなかった。
 考察では以上を踏まえて、以下のように述べられている。今回の結果のひとつの解釈は、この治療法は有効ではないとするものである。しかし、疼痛を指標とする評価法ではこのような結果が出ることは稀ではない。もう一つの解釈はこの治療法は有効であるが、この治療法にとくによく反応する患者の下位集団が存在することを示唆している、とするものである。自律神経機能に有意差が認められなかったのは、この作用は自律神経を介した作用ではないことを示唆している。したがって、この治療法の作用機序を明らかにするために、自律神経機能以外の機能に対する作用を検討する必要がある。

 言われてみれば確かにその通りである。「治療法にとくによく反応する患者の下位集団が存在する」という考え方は漢方薬における「証」の考え方と通じるものがある。漢方医学ではその薬が患者の体質(=証)に合えば効き、効かなかったとすればそれは「証」が合わなかったのであると考える。これに関連して、以前こんな話を聞いたことがある。西欧の薬剤は解熱剤であれば発熱した患者の体温を下げるだけでなく、正常体温の人の体温も下げてしまう。しかし、本当はこれはおかしいのであって、理想的な解熱剤は発熱した患者の体温は下げるが、正常体温の人の体温まで下げてもらっては困るのである、と。しかし抗生物質の場合はこれがちょうど当てはまる。グラム陽性菌を殺す抗生物質はグラム陽性菌に感染していない人にはまったく効果を示さないが、グラム陽性菌に感染している人には有効である。ただし、この抗生物質の場合は「グラム陽性菌感染」という客観的な指標でその効果が判定できるのである。したがって、今回の伝承治療についても有効性の客観的な指標を確立しなければならず、そのためには作用機序が明らかにされなくてはならない。結論としては、現状、この治療法の有効性についてはまだなにも言えない、とするのが公正な判断ということになる。



[442] 「脳とコンピュータはどう違うか」 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/20(Tue) 05:48

 茂木氏の「脳とコンピュータはどう違うか」を読んだが、74ページに前後の章とはなんの脈絡もなしに唐突に神経細胞の自発発火と自発性について触れられていた。いったいこの原典は何かと問いたい。

 しかし、少なくとも前後の章とはなんの脈絡もないことから、茂木氏は自発発火の意味づけについては何も考えていないんだろう。



[441] Electronic Entertainment Expo 2003 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/19(Mon) 02:07

 5月14日〜16日にかけてロサンゼルスで"Electronic Entertainment Expo 2003(E3)"が開催された。記事は

http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20030514/e3link.htm

 その名の通り、まさにコンピュータゲームの祭典である。この数年間のグラフィック技術の進歩はものすごい。以前に紹介した"No One Lives Forever(NOLF)"にしても2000年に発売されたものより2002年に発売された"No One Lives Forever2(NOLF2)"ではポリゴン表示数が一挙に30倍増加し、はるかに精細なキャラクタで細やかな動きが表現できるようになっている。E3で公開されたゲームはそのさらに上を行っているのは当然だ。

 進歩はグラフィックスに留まらない。コンピュータゲームというと非常に暴力的で戦闘的なゲーム、E3で公開された中では"DOOM3"や"Half Life2"などが思い出されるが、私などはあまり反射神経がよくないのでこの種のゲームは苦手である。その代わりに"NOLF"シリーズのように、なるべく闘わずに敵を出し抜いていくスティルスゲームを好むのだが、この種のゲームでは戦闘ゲームにはないタイプのAIが必要とされる。そしてこの種のゲームはAIの進歩があって初めて可能になったのである。

 E3で公開された私のお薦めのゲームはズバリ、"DeusEx:Invisible War"と"Thief3"である(笑) 映画"Matrix Reloaded"のゲーム版"Enter the Matrix"も最近発売されたが、これはプレイするのがかなり大変そうなのでパスしている。"DeusEx"シリーズの特徴は何といっても自由度である。たとえば高層ビルの屋上に降り立った場合に、そのビルへの侵入経路は階段から下りる、天窓をたたき割って侵入、ロープを伝って中層階の窓から侵入、いったん下まで飛び降りて正面玄関から侵入するなどの方法が考えられるが、そのいずれもがプレイヤーの気分次第で選べるのである。Thiefシリーズは主人公が泥棒なので完全スティルスのみのゲームなのだが、以前は袋小路に追いつめられた時は殴り殺されてゲームオーバーを迎える以外に手がなかった。それが"Thief3"では主人公の運動能力が向上しており、追いつめられた場合にもジャンプしたり壁を伝って逃げることができるようになっているらしい。

 いずれも今年の秋頃発売予定である。今から楽しみでしようがない。それまでにパソコンを新調しないと・・・



[440] 構造と機能再考 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/13(Tue) 19:40

 某所で、神経細胞内部で行われている連鎖的な酵素化学反応によるエネルギー代謝の結果、神経細胞の自発発火が生じ、そのインパルスが「情報を伝達する」と同時に「神経回路を駆動する力」にもなると考えた場合に、神経伝達物質がエネルギーを持つと考える必要があるのではないか、ということに悩んでしまった。現在は神経伝達物質にはエネルギーとしての価値はなく、受容体を介して後シナプス側の細胞内部で生化学反応を引き起こすシグナルだと考えられており、上記の主張はこの考えに抵触するからである。

 しかし、シナプスの前側の細胞膜(前シナプス膜)にシナプス小胞が結合して細胞間隙に伝達物質が放出され、それを後シナプス膜側の受容体が捕捉するという、伝達物質放出部位と受容体の構造上の配置(arrangement)が必然的に前シナプス側から後シナプス側への情報の一方通行の伝達を保証していると考えれば、この問題は解決することに気がついた。仮に前シナプス側の細胞と後シナプス側の細胞が同時に発火しても(このふるまい自体はエネルギーを必要とする)、この伝達物質放出部位と受容体の配置のおかげでエネルギーを介することなく情報を一方向に伝達する、という機能が実現されるのである。

 この構造と機能の密接な結合はさまざまな生命現象に見て取れる。
 そして、ある特定の構造のおかげで、同じ機能を少ない情報処理負荷で実現できるということがある。たとえば、ある孔に、その孔の径とほぼ同じ棒を差し込もうとした場合、そのためには棒を精密にコントロールする必要がある、つまり高い情報処理負荷がかかる。小さな針の穴に糸を通す場合を想像してほしい。しかし、この針の穴が漏斗状の形態を持っておれば、糸を通すのがはるかに楽になるのである。これは漏斗状の形態が、低下した情報処理負荷量と同等、ということではない。そうではなく、必然的に起こる力学を利用することで、情報処理負荷量を減らすことができるということである。



[439] 7時半からのNHK特集 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/02(Fri) 21:00

「鉄腕アトムは作れるか」を見たわけだが、ああいうのを見るたびに、ロボットが生物のように行動するためには刺激に反応するのではなく、まず無条件に自発的に行動できなければならないと改めて感じるのだが・・・



[438] 宇宙でふ化したメダカ動かず? 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/05/01(Thu) 01:02

 世間にさまざまなニュースがあるが、2003年4月30日7時のNHKニュースで私が気になったのは、例の空中分解したスペースシャトルで行われていたメダカのふ化実験のビデオが発見されて公開されたニュースで、その中で宇宙でふ化したメダカは泳がないことが分かり、その理由として重力刺激を受けなかったからだという説明がなされていたことである。しかし、この解釈には注意を要する。

 まず、宇宙(無重力状態)から帰還した親メダカは泳がず、一方、宇宙でふ化したメダカは泳いだという、今回と逆の観察が先になされていることを知ってほしい。

http://130.69.100.13/SPACEMEDAKA/kids/forkidsjs_6.html

 その上で、メダカが水中を泳げるのは、まず体内の浮き袋を操作して浮力を得、ヒレで推進力を得ているからである。しかし、ヒレによる推進力は無重力空間でも得られるので、以下は浮き袋の操作のみに注目する。

 地上で生まれた親メダカは自らの浮き袋操作と浮力との関係(随伴関係)を、いわば「理解」しているために浮き袋を操作しているが、無重力空間ではその随伴関係がないことから浮き袋の操作をやめてしまう。しかし地上に戻ればまた浮き袋を操作しなければならなくなる。しかし、それに気が付くまでには多少時間がかかるので、その間は沈んだまま動かないということが起こる。

 一方、無重力空間で生まれたメダカはもともと浮き袋操作と浮力との関係に気づく機会がない。であれば浮き袋を操作しないかというと、そうではなく、浮力とは無関係に浮き袋を操作している個体がいてもおかしくないのである。もちろん浮き袋を操作しない個体もいるだろう。これらの個体を地上の重力空間に連れてくると、前者の個体は親とは違って最初から普通に泳ぐかも知れない。後者の個体は浮き袋を操作できるようになるまでかなりの時間がかかる、つまりなかなか泳げるようにならないかも知れない。

 だから、今回のメダカはたまたま後者のメダカが多かっただけ、という解釈も成り立つのである。



[436] 前から分かっていたことではあるけれども 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/26(Sat) 08:39

 生物は入力刺激を処理してその結果を行動として出力するのではなく、行動した結果還ってくるフィードバック情報を処理しているのだ、という考え方が大変な反発を招くことが改めて分かった。

 人々は誤った考え方に完全に支配されている。もしかしたら、この考え方を覆すのが私の使命なのかも知れない(笑) 私はあきらめない。それでこそ闘志が沸くというものだ。



[434] 因果関係 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/21(Mon) 10:20

 私は現代の科学において因果関係の把握が逆転している場合があるのではないか、と疑っていることをこの掲示板で何度か触れてきた。われわれは入力された感覚情報を処理し、行動して出力する、という現在広く受け入れられている考え方に対し、生物はまず自発的に行動してその結果還ってくるフィードバック情報を処理しているのではないか、という私の疑念はその最たるものである。

 この因果関係の把握に関し、最近おもしろい例に遭遇した。我が家でもトイレに温水洗浄機を設置しているが、これが最近故障したのである。リモコンの電池を入れ替えても洗浄機が作動しない。それでリモコンを修理に出した。ちなみに、うちの洗浄機は困ったことに洗浄機本体では運転できない仕組みになっている。だから、リモコンを修理に出している間はシャワーはでないし、便座は冷え切ったままである。そこで、便座カバーを敷くことにした。さて、リモコンの修理が終わって戻ってきた。ところが、今度は洗浄機は動くようになったが、シャワーがうまく出ない。出力をあげてもお尻まで温水が届かないのである。リモコンを修理したといっても、実際は新品と取り替えただけであろう。ではその新品のリモコンが不良品だったのか? まだ直っていないじゃないか、と電器店に怒鳴り込もうとしたが、まぁもうしばらく様子を見ようということになった。なお、便座は暖まるので修理に出した時よりは快適である。それで、昨夜、やっぱり便座シートは邪魔だということになって取り外したところ、シャワーがちゃんと出るようになった。原因は便座シートにシャワーがかかっていたためであった。

 つまり、ある結果に対して実際は複数の原因が考えられる場合に、状況(今回の場合はリモコンを取り替えたこと)によっては特定の原因に固執してしまう傾向がわれわれにはある、ということである。実際は便座カバーを新たに敷いたこともその原因として考慮しなければならないのに、それがまったく無意識に考慮の対象から外されていたのである。



[432] ギブソン:アフォーダンスのもじり 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/17(Thu) 14:38

 不遜と思われるかも知れないが(笑)、私の考えはギブソンのアフォーダンスの解説をもじって以下のように表現することができる。

 脳の自発性は、日本のうみねこが推進する概念である。うみねこは、私たちの認識過程は、脳の中で受動的に起こる、脳と環境との相互作用の問題とは考えなかった。生物は、環境を操作しながら生きている。行為、行為の環境への作用、環境の把握といった一連の過程はすべて脳の活動から始まる。うみねこにとって、認識とは、まず脳が活動して行動として環境に作用した結果還ってくるフィードバック情報に基づいて、脳内で構成されるプロセスなのである。
 こうして、うみねこは、脳が環境に対して作用する原因としての自発性を彼の認知理論の中核に据えたのである。脳の自発性とは、生物が環境に働きかける行為の原因である。その原因は、究極的にはニューロン内で繰り広げられる、循環構造をなす自己触媒セットの活動に帰されることになる。言うまでもないが、生物は感覚刺激とは無関係に行動できることによって、フレーム問題を架空の問題としているのである。

 この主張には二点の骨子が含まれている。すなわち、
・脳は能動的である(認知科学を含む心理学全般への批判)
・認識はあくまで脳内過程である(アフォーダンスへの批判)
 この主張は現在の認知科学に対する生物学からのNOの表明であり、将来的には過去数百年にわたって築き上げられてきた物理学の批判につながる可能性をも秘めている。



[430] 選挙の開票速報はくだらない 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/13(Sun) 19:28

選挙の開票速報ほどくだらないニュースはない。投票はすでに終わっているのである。つまり、まだ結果は分からないけれども、結果自体はもう決まっているのである。それを開票経過からコンピュータで当選を予測することにどういう意味があるというのか? 明日朝になって開票がすべて完了した時の結果を知ればいいことである。くだらないことで資源を無駄遣いするな。



[429] オープンコミュニケーションの可能性を私も信じている 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/13(Sun) 14:13

 私もオープンコミュニケーションメディアの可能性を信じている者であるが、この10年ほど、NIFTY-Serveのフォーラムやインターネットの掲示板で活動してきた経験を通じていくつかの問題点に気づいているので、いくつか列挙しておきたい。

○各メディアのテーマはある程度限定した方がいい
 ある特定の製品などの問題点を論じるメディアは比較的うまくいっている。これは論じる対象が限定されており、したがってメディアに参加する人々のその論点に関する認識が共通しているからである。しかし、たとえば「心理学」、「生物学」、「クオリア」などの、論じられるテーマ自体が広すぎるメディアは参加者のバックグラウンド(背景知識)や認識に違いがあるため混乱に陥ることが多いように思われる。たとえばこの掲示板においても、生物学や神経科学を背景とする私と、社会学を背景とする人とでは用語やその用法からして異なるために混乱が生じてしまった。
 その一つの解決策はたとえばNIFTY-Serveのフォーラムで行われているように、細分化した会議室を設けることである。会議室に細分化されているといえども、参加者は自由に会議室にまたがって読み書きすることができるので、他の分野は知らないという専門性に陥ることがない。ただ、ここで重要なことは書き込む人はその会議室の趣旨に添った書き込みをするよう心がけることである。この方法の問題点を挙げるとすれば、テーマが細分化されているために参加者が少ないメディアでは会議室によっては閑古鳥が鳴いてしまう点であろう。

○管理者の技量
 メディアの管理者もその問題点を論じる参加者の一人に過ぎないのではあるが、メディアを正常に運営していくため、発言の削除、編集などの権限を有しており、それが他の参加者に絶大な影響を及ぼしてしまうことを認識すべきである。また、言うまでもないことだが、管理者は昔からの知己とか、自分にとって好ましい人物の発言を優先させるようなことがあってはならない。また、いくらある分野で知られた専門家といえども間違うことはある。したがって、発言は発言者ではなく、発言内容で評価されるべきである。そのためには管理者はそれなりの負担や労力を払わなければならないことを認識すべきである。それをボランティアだからということを口実にするのは管理者失格。その管理者はもともとそのメディアを開設する資格がなかったのである。その負担や労力は、会議室を細分化してその運営を会議室ごとの管理者に任せることで緩和されるのである。



[428] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/03(Thu) 21:01

下で「エネルギーを産生できる」と書いたが、正確にはエネルギーを蓄え、必要に応じて取り出す、だな。地球上の生物はリン酸結合のもつ高いエネルギーををATPとして蓄え、必要に応じてADPに分解してエネルギーを取り出しているわけだが、これも回路だ。地球上の生物はこの回路を獲得したことで「非」平衡状態を維持できるようになった。この回路こそが地球上の生命の鍵だ。

自己複製能力なんてものは、この回路で生じた余剰のエネルギーを利用することで生じた副産物かも知れん。



[425] クローズアップ現代「アトムの夢」 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/04/03(Thu) 20:31

 観たんだけど、やはり結局は人間の、生物の、単に刺激に反応するのではない「自発性」が
産まれる仕組みが明らかにされなければならない。

 国谷さんも何度も「判断して行動する」と言っていたが、こう考えるとフレーム問題に
捕まってしまう。そうではなく、「行動した結果、還ってきたフィードバック情報に
基づいて判断する」というのが正しい、と思う。そのためには生物は、ロボットは無条件に
自発的に動けなければならない。

 おそらく、現在の固い回路、まさにハードウェアを電流が流れるドライな電気(子)回路に
依存していては自発性は達成できない。このような回路は可塑性がないということだけでは
ない。それはちょうど細胞のように、回路を自由に組み換えられると同時に動くためのエネル
ギーも産生できるような、中身がどろっとしたウェットなシステムでなければならない、と思う。



[423] 発せられることのない問い 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/30(Sun) 14:53

 あるゲームの中で小咄として出てきた話である。
 ある街でミイラ化した死体が見つかった。その死体は警視庁の死体安置室に保管されているという。ある刑事がその死体を一目見ておきたいと思い、上長に願い出た。上長が許可を出したのでその刑事が死体を見に行くと、薄暗い安置室のベッドの上に横たえられたミイラが目の前で突然起きあがったのである。もちろんすぐに元通り横たわって動かなくなったのだが。刑事は腰を抜かして驚き、上長に詰め寄った。
「あんた、知っていたね?」
「何をだね?」
「死体が動くことを」
「ああ、知っていたとも。一部の筋線維がまだ生きているので硬直を起こして動くことがあるらしい」
「どうして教えてくれなかったんだ?」
「訊かれなかったからさ」
「誰が『この死体は動くのか?』と訊くというのだ?」

 「この死体は動くのか?」 これは、決して発せられることのない問いなのである。

 盲目の人の顔を見ると、目の部分がくぼんでいるように見えることがあるだろう。必ずしも盲目の人はすべて、というわけではないが。これは眼球が萎縮しているためである。私は7年前に網膜剥離で右眼が見えなくなったが、私の右眼もその時の手術の侵襲のせいで眼球が萎縮してくぼんでいる。そのため右側の頬から口元に至る表情筋がわずかに引きつっており、口を開けた時に左右対称に開かず、にやにや笑っているように見えるらしい。しかし他人は気味悪がることはあっても、上記の理由で笑っているように見えるとは考えない。「笑っているように見えるのは右眼が見えないせいか?」 これも発せられることのない問いである。



[422] ある掲示板の禁止行為 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/25(Tue) 09:42

 ある掲示板をのぞいてみたところ、冒頭に禁止行為として

>1.私的発言、チャット的使用、私物化
>2.誹謗、中傷、冒涜、あるいは悪意のある発言
>3.議論および論争を誘発するような発言
>4.売り言葉、買い言葉などの不快な発言
>5.他人のプライバシーを侵害するような発言
>6.ねずみ講、あるいは宣伝行為

が列挙されていた。1、4、5、6は当然としても、しかし、3.がいけないというのはどういうことだろう? 議論してはいけない? じゃあなにを書き込んだらいいの?(笑) そんな掲示板は仲間内の馴れ合いでしかない。最初から異質なものを排除してしまっているのではないか。
 2.に関しては、誹謗や中傷、悪意を込めずに議論できない人間の方が問題なのである。

 ここはいくらでも議論してもらってかまわない。最近は誰も書き込まないので、私が日常で感じたことを書き込んでいるが、おかしいと思ったらいつでも異論を書き込んでもらってかまわない。そして、議論というのは誹謗や中傷、悪意を込めずにできるはずなのだ。



[420] [418]の補足 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/24(Mon) 01:20

 なにをバカなことと思うかも知れないが、[418]の状況はインフラを破壊せず一般市民を殺戮することなく軍事目標のみを破壊するという、歴史上初めて出現した形態の今回の戦争に伴う矛盾なのである。

 インフラが破壊されていないために、イラクは首脳の生死に関わらず首脳は生存していることをいつまででも装って戦争継続を国民に訴えることができる。極端な話が一般市民が攻撃を受けない自分の住居からイラク首脳を装って戦争継続を訴えることができるのだ。したがって、一般市民はいつまで経っても敗戦を認めず、ずっと米英と戦争を継続していると思い続けることになる。
 加えて米英はイラク市民の解放を掲げているために、いくら強力な武力を備えていてもイラク市民を殺害することができない。一方、イラク市民は配布された、または自己所有の拳銃や剣という原始的な武器を用いていつでも米英兵を殺すことができる。ここに奇妙な非対称が生じ、強力な武器を備えた米英兵は弱小な武器を備えた一般市民の前に後退を余儀なくさせられるのだ。



[418] 悪い?予感 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/23(Sun) 21:44

 今回の米英によるイラクへの侵攻について、ひどく悪い予感がしている。それは、イラクは降伏に至ることはなく、結局米英は撤退せざるを得なくなり、米英やそちらを支持した我が国が巨額な賠償金を支払わされることになるというもの。

 ある国家を降伏させるためにはその国のインフラの大規模な破壊と国民の大量殺戮が必要で、この要件ゆえに国家の指導者や国民が「このままでは国家が存続できなくなる」と思うようになるのだと思う。従来の敗戦国はこの要件ゆえに降伏を認めたのだと思う。ところが近年の世界世論はインフラの破壊と国民の大量殺戮を否定するようになり、そのために無差別な絨毯爆撃と核兵器を使用できなくなった。それに対する妥協策として高性能なピンポイント爆撃手段が開発されたのだが、その性格ゆえに上記の国家降伏のための要件が満たされなくなったのだ。

 米英は皮肉にも今回の戦争によって、国家間の紛争を武力によって解決する方法はもはや有効ではないことを証明するに至るのではないか・・・



[415] 君子危うきに近寄らずvs.火中の栗を拾う 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/22(Sat) 12:19

>最近、掲示板やmlにおける
>フレーミングに対しては適当な距離を
>とるのがいいかなあと思っています。

 言っている意味が自分で分かっているのだろうか。そのやり方は、せっかく議論する場である掲示板やmlを設置しながら議論の火を消そうとすることであり、それは結局、異質なものを排除しようとする力学の働くファンクラブを育成していることに等しい。それは疎外を助長するものでしかなく、

>自分は疎外されている人を他の人と同じように疎外するの
>ではなく、自分から接近しようとする。すると、他の人には知られていない、その人のいい
>面を発見することがある

という考え方と逆であって、ファンクラブからは新しい考え方は生まれない。今の掲示板の頽廃ぶりやmlの衰退ぶりを見ればそれは明らか。まじめに考えている人は書き込むのがばかばかしくなっているんだよ。



[412] 無題 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/21(Fri) 00:47

某所に棲息するnomadというハンドルを使用する人間はほんとに可哀想なヤツだ・・・

私にだって当然、人間に好き嫌いはある。しかし、たとえ嫌いな人間であっても、
その人間の考えに考慮に値するものがあると感じた時はそれを評価する。まさに、
appreciateするわけだ。いわば、感情と理性を分けて考える。
ところが、それを区別できない人がいるんだな。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつだ。

かつてパソ通で知り合った人で、「自分は疎外されている人を他の人と同じように疎外するの
ではなく、自分から接近しようとする。すると、他の人には知られていない、その人のいい
面を発見することがある」と言った人がいる。こういう人こそ、私は大事にしたい。



[409] 野生の涙 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/15(Sat) 22:01

 今回、例のタマちゃんを自然保護団体の人が海に放そうとして捕獲しようとしたことが問題になった。いつかはこんなことが起こるであろうことは私は前から気がついていた。あの狭くて水質も悪いかも知れない多摩川や帷子川からタマちゃんが離れないことを願うのはまちがいなく、市民の、人間のエゴである。タマちゃんの住民票を作成した横浜市もつまらないことをするものだと思った。しかし、タマちゃんはなにも、多摩川や帷子川に拘束されているわけではない。彼が勝手に現在はあの辺りに住み着いているだけなのである。

いつかはきっと あの大空に 野生を呼び醒まされて
あなたもいつかは飛び立つ明日を あー つかんでおくれ
                           野生の涙/五輪真弓

という歌を思い出した。



[408] レッテルを貼るのは感情に訴えているだけである 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/14(Fri) 05:07

 世間で否定的に受け取られている言葉、オヤジだの、オカルトだの、社会性がないだの、ノイローゼ、引きこもり等々の言葉で人にレッテルを貼るのは人の感情に訴えているだけである。はっきり言おう、卑劣(これが私が貼るレッテルだが)なのである。論理的でないのである。こういう言葉を使いたがるのは、実は自分がそうなることを怯えているのだ。今の世の中はこんな人間が多すぎる。

 こういう言葉を蔓延させる臨床心理や精神医学を私は憎んでいる。昨夜発表された池田小事件の宅間容疑者の鑑別も同様である。このような鑑別は特定の個人を社会から締め出し、軽薄で卑劣な人間によるレッテル貼りを助長するだけであって、なぜそのような人間が生まれたかを考察したり、われわれ社会の側が反省する機会を奪っているのである。「精神分裂病」が統合失調症に改められることになった本来の意図が結局は見失われてしまっている。

 浮世離れしているんじゃない、おまえはどっぷりと憂き世に漬かっているのだ。



[407] 念のため[402]に補足 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/12(Wed) 06:37

>自分の身体の動きに伴う物体の見えの変化。
 ここでいう物体とは静止物体であるが、この物体の見えの変化には規則性がある。すなわち、自分が上に動けば物体は下に動く。手前の物体の方が大きく見え、身体の動きに合わせて移動する距離も大きく見える。これらの規則性をわれわれは不変項(invariants)として抽出している。

>片眼では「静止」物体の定位しかできない。だから片眼の失った私はキャッチボールができなくなった(非常に困難になった)のだ。
 より正確には、実は予測可能な、あるいは物理法則に従った動きをする物体は片眼でも定位できる。ボールの軌跡は大まかには放物運動をするため、片眼でも定位すること、あるいはボールをキャッチすることはまったく不可能というわけではない。しかし、どうしても片眼では定位できない物体があって、それが移動する生物なのである。つまり、眼が二つあるのは、自らが移動しながら、その自らの動きとはまったく独立な動きを示す生物を定位するためなのである。

 そして、言うまでもないことだが、生物にとって意義をもつのは自分以外の生物である。この自然は究極的にはすべて粒子から構成されていて、無生物と生物を区別するのは意味がないと考える人々がいる。しかし、生物にとっては他の生物は特別な存在である。生物にとって無生物は利用する存在でしかない。都会に紛れ込んだサルの動きを観ていると、彼にとっては電柱や看板、家などの無生物は足場か隠れ家でしかない。彼が興味を持つもの、恐れるもの、捕まえようとするもの、あえて接近しようとするもの、それは他の生物なのである。



[404] ユーミン vs. みゆき 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/08(Sat) 21:16

 今夜のNHKでユーミンの特集を観た。私と同世代で、しかもほとんど同じ頃に登場した、この二人の両極端のシンガーソングライターについてはさまざまなところで論じられてきたので今さら何も言うことはないのだが、改めて感じたことをひとつだけ書く。

 ユーミンはインタビューで「ノイローゼ」、「引きこもり」、「孤独」という言葉を使って自分のかつての状況を語り、今はその状況にないことを感謝していると述べた。ユーミンがこれらの言葉を使ったのは、その状態を否定しているからである。否定しているからこそ、これらの言葉を使えてしまうのだ。しかし、みゆきさんがこれらの言葉を使うことは、ない。



[402] 分かったー! 投稿者:うみねこ 投稿日:2003/03/08(Sat) 16:34

 いや、べつにクオリアが解けたわけじゃないけどね。われわれの眼がなぜ二つなのか、その理由が分かったのさ。そんなこと当たり前、立体視するためだろうって? そうじゃない。なぜなら一眼でも立体視(三次元空間内の物体の位置を知ること。定位)できるから。それは自分の身体を動かしてみれば分かる。自分の身体の動きに伴う物体の見えの変化。これがアフォーダンスでいうところの片眼でも立体視するための不変項なのさ。ではなぜ二眼なのか。それは「自分自身が移動しながら」「三次元空間を移動している物体」を定位するために必要なのさ。片眼ではそれができない。片眼では「静止」物体の定位しかできない。だから片眼の失った私はキャッチボールができなくなった(非常に困難になった)のだ。
 さらに耳が二つあること、細菌は化学物質の濃度センサーを隔たった位置に二つもっていること、暗闇(視覚的手掛かりが利用できない三次元空間)でも飛行できるフクロウは二つの耳の高さがずれていること、これらはすべて生物が自ら移動しながら、現に移動しつつある他物体を定位するために必要なのだ。結局、これらの生物の形態(感覚器官の位置)はすべて、生物が行動(運動)しながら情報を収集する上で適しているんだ。




(c)2003 Umineko Corporation. All rights reserved. Reproduction forbidden without permission.

prev    next