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エッセイ集
「白い巨塔」(山崎豊子作)を読んで

 結論から言います。皆さん、この小説を是非読みましょう!!


 つい最近、小説「白い巨塔」を読みました。以前田宮二郎主演の映画は見たことがあったのですが、やはり原作の迫力は凄い。比べものになりません。

 この作品は医療過誤をめぐる、患者の遺族と医療ミスを犯した大学病院教授との熾烈な医療裁判を扱ったものです。その裁判自体架空のものとはいえ、そうは思わせない重厚な迫力があります。実際にあった私の母の医療裁判を遙かに上回る中味の濃さです。

 これだけのものを書くには相当な取材・勉強・資料調べをされたことでしょう。私も一時的に「にわか女医」になって今はとっくに廃業してしまいましたが山崎豊子さんの努力はすごい!実際に手術の現場の見学もされたそうですが、よく嘔吐しないで最後まで冷静に取材できたものです。司法・医療に関して全くの素人でありながら数ヶ月を費やして下調べをされたということ。脱帽!

 医療裁判を抱えている皆さん或いは補償交渉をしている方々、山崎豊子さんが「白い巨塔」執筆にかけた情熱をもってすればきっとあなたも困難と言われる医療裁判に勝つことができますよ!

 それにしても私の場合、もし被告側にあれだけの医学知識・ウソで固めた証言者・医学専門家・法廷戦術をズラリと並べて対抗でもされたものならとても太刀打ちできなかったでしょう。白い巨象に踏みつぶされるようなものです。一審敗訴の段階でギャフンですね。裁判費用もバカになりませんし、第一気力が持ちません。しかし、私も医療裁判を経験したせいでしょう。この小説はガンガンと心に響いてきます。

 作品は二部に分かれており、一部は原告患者側敗訴で終わっています。本来はここで完結するところでした。しかし多くの読者から、「小説といえども、社会的反響を考えて、作者はもっと社会的責任をもった結末にすべきであった」という声が寄せられたため、一年半後作者は「続白い巨塔」の執筆にかかります。この続編では二審でついに患者側が勝訴。被控訴人側は直ちに上告、裁判の決着を見ずに教授の胃癌による死という結末。最後まで息をつかせず一気に読ませるストーリーの展開です。

 この小説を係争中に読んでいたらきっと大きな励ましになったでしょう。ですから、同じような問題を抱えていらっしゃる方には是非一読をお勧めしたいのです。舞台は昭和40年当時になっていますからややセピア色がかった部分もありますが、医療裁判小説としての価値は執筆後30年以上経った今も全く輝きを失っていません。

 ところで、誰か脳外傷や交通事故を社会問題として司法・医療の両面からあつかった「白い巨塔」に匹敵するような小説を書ける人はいないものでしょうか?テーマとしては取り上げる価値が十分あると思うのですが。

 テーマといえば、作者の山崎豊子さんによると毎日新聞大阪本社学芸部時代、なんとあの有名な作家の故井上靖氏が先輩だったというではないですか。その井上靖氏が彼女にこういったことがあるそうです。

「山崎君はテーマの発想がいい。文章力は、たとえば川端康成さんのような特別な人を除けば、作家同士そんな極端な差があるものではない。だとすれば大切なのはテーマだな。山崎君はいつもテーマだけで五十点はとっている」

 なるほど。作品の良し悪しを決めるのはテーマなのですね。本当にそう思います。実際全国には脳外傷で困っている人が沢山いるのです。こういう大事な問題を取り上げないで、やれ誰彼がひっついたやら離れたやら、そんなことばっかりでは折角の文才も何の役にも立ちません。

 「おーい、誰か脳外傷問題をテーマにした衝撃の作品を著してみろーっ」

と私は声を大にして叫びたい。

Tue, Aug. 8, 2000