大型水族館から、多機能・メディア型水族館へ 新江ノ島水族館の建設は、1990年代から続々と行われてきた新水族館建設およびリニューアルの流れにおいては相当後発である。その規模も巨大水族館時代の中では非常にコンパクトであり、建設コストも驚くほど抑えられている。
■消費者起点による施設づくり =「日本の水族館」のコンセプトが狙うのは、どのようなマーケットなのでしょう? 中村◇まず理解しておかねばならないのは、水族館は子どものものではなく、客の8割近くが大人であるということです。 さらにTDLやジブリ映画でも分かるように、大人が楽しめるクオリティーが子どもを魅了します。ここを取り違えると、大人からも子どもからも「子ども騙し」と思われてしまいます。 元々コア・コンピタンスの考え方は、マーケット側つまり消費者起点の商品づくりから発しています。日本の消費者の選択眼は世界でもトップレベルで、様々な分野で目利きのできる人たちが育っている。 さらに今日のIT社会では、目利きの人の情報は瞬く間に広がっていく。その目利きをし情報を発信する人たちが「消費リーダー」です。 水族館のように年間100万人単位の大衆を相手にしなくてはならない商品では、消費リーダーを意識しないと、大衆に伝わりません。水族館マーケットには「水族館オタク」と呼ばれる人たちが少なくなく、彼らが準拠集団である大衆に選択の動機を与え、さらに新たな目利きを育てているのです。 水族館の消費リーダーの面白いところは、世代や経歴、趣味などによるマーケット集団を想定できないところです。子どもにも、サラリーマンにも、主婦にも、お年寄りにも普遍的に存在する。それは、学校でも、職場でも、井戸端会議でも、消費リーダーの力が発揮されるということを意味します。 そして、最も大きな存在がマスコミです。マスコミが常に消費リーダーを意識して情報づくりをすることを忘れてはなりません。さらに、マスコミの中にも水族館オタクがいるのです。 これほど水族館の多い日本ですから、消費リーダーが認めるコア・コンピタンスがなければ、マス媒体に載る機会が失われてしまいます。 そういった意味で、アメリカンテイストな水族館ばかりの近年の水族館の中で、唯一日本の海と日本人の世界観を全面に出した水族館は、様々な場面で、露出される可能性が高くなります。 消費リーダーたちの声に耳を傾ければ、日本人が水族館好きなのは、欧米傾倒や科学的興味ではなく、海の幸の食生活や文化による興味によるとことが大きいということは明白です。 それに、本当に世界を相手にしようと考えたら、最も日本の世界観を持っている水族館が評価されるはずでしょう。 例えばイルカショーでも、和太鼓と笛の音に、浴衣姿のお姉さんがイルカと盆踊りでも踊ったとすれば、どこのショーよりも特色のある取材ネタになるでしょう。富士山の借景もありますから、海外のマスコミなら日本を代表するイルカショーとして必ず紹介してくれるはずです。さすがにこの提案は採用されませんでしたけどね・・・(笑)。 ■巨大水族館の時代から、メディア型水族館の時代へ。 =鳥羽水族館のオープン時(1990年)、中村さんは超巨大水族館時代が始まると語られていましたが、新江ノ島水族館では少し趣が違いますね。 中村◇1990年の当時の私は、水族館を地球規模の環境を展示する施設にしようと考えました。当時は情報を全て館内で自己完結するしかなく、必然的に巨大な施設が望まれました。その後誕生した水族館も、テーマは地球規模の巨大な水族館が主流ですね。 でも、巨大水族館の時代はそろそろ過去のものです。なぜなら、環境や地球に関する情報は飛躍的に増え、さらに地球や生命に関する世界観は多様になってきた。この時代にあって、一つの水族館で地球環境理念を自己完結するには、あまりにも無理があります。それに、最近では無駄に大きい水槽が目立ちますね。本当に地球環境のことを考えたら、巨大な水槽が、どれほど莫大な電力を消費することか・・・(笑)。 水族館のカリスマ消費リーダーである博物学者の荒俣宏先生が、私の一番の相談相手なのですが、荒俣先生はいみじくも「これからはメディア型水族館の時代だ!」とおっしゃいました。水族館自身がメディア(媒体)となって、様々な情報や人を通過させて、水族館活動の幅を広げようということです。 つまり、水族館が自己完結的に全ての情報を発信するのは諦めて、様々な分野の達人や趣味人に水族館という場所を提供し、情報発信してもらうのです。情報は人を呼び、そして人は情報をもたらす。それこそまさに循環型の集客交流施設ではないですか。 幻想的なクラゲのホールを、音楽交流の場所にすべく、音楽イベントのホールとしての機能を付けたのもその一例です。湘南には音楽の文化が根付いているからこそ成り立つ。運営の準備として、旧水族館の時代から、ジェリーフィッシュコンサートなるものを地元の文化人の力で立ち上げることもしました。 また、併設されている体験学習施設との連携にも工夫をしました。体験学習館をメディアにし、ソフトとしての体験プログラムをたくさん持つことによって、様々な分野の文化や人が交流をするようになるはずです。メディア型を基本に考えることで、体験学習を集客につなげることもできます。 もちろん体験学習で集客するには、他の水族館や博物館でも行っているような既存のプログラムでは意味がありません。しかし幸か不幸か、現在日本で行われている体験学習のほとんどは、これも供給者起点の考え方で、体験の意味を取り違えたり、参加者全員に平等な達成が必要という学校教育的な考えの中で行き詰まってしまっています。 そこで、「参加者に達成や結果を求めない」「自然科学にこだわらない」「より多くの人数を体験させることができる」という条件をつけた体験学習スタッフとのワークショップによって、今までの体験学習の概念とはまったく違う魅力的なプログラムを開発しました。 このプログラムは、学校から大きな反響があり、すでに多くの予約が入ってきています。さらに、外部の人たちがプログラム供給者としても自由に活動できる体験学習館とし、その運営システムも構築しました。これによって、プルグラムが増え運営スタッフの負担が軽減されるわけです。 本事業は、ローコストという厳しい条件がありましたが、そのおかげで、巨大な自己完結型水族館の時代からコンパクトなメディア型水族館への脱却、科学一辺倒の博物館から科学と文化が交流する博物館への進化と、新しい時代を開く水族館を完成させることができたのだと思います。 ■パブリシティーを考えた施設づくり =多くの水族館が陥っている集客力の低下に打つ手はありますか? 中村◇内容もさることながら、水族館の集客を左右するほとんどの要因は、パブリシティーつまりマスコミへの露出によるものです。 例えば、珍しい動物が入った、スター動物に赤ちゃんが生まれた、といったニュースは、大きな誘客力を生む。もちろん、新しい水族館ができたというニュースは最高のパブリシティーとなりますから、オープン直後の誘客力は最大になるのです。ところがそれほどのニュースは、その後簡単に作ることはできないために、集客力が落ちていく。 そこで、新江ノ島水族館では、パブリシティーやセールスプロモーションを最初から意識した施設づくりを目指しました。 例えば建築にもその思想は生かせます。新江ノ島水族館では、水槽の多くは建物から独立した置き型の水槽を採用して、将来大きな展示替えを低コストでできるようにした。数年に1度の部分的な新装オープンは、遊園地の新遊具導入に匹敵します。 また、撮影や編集の機材を設備し、飼育スタッフに相模湾や江ノ島周辺の生物調査と生態の撮影を推進するよう要請しました。水族館が相模の海をテーマにしている限り、相模の自然の第一人者であることを望まれるのは当然ながら、相模のフィールドの最新情報を常に提供できることが、マスコミに登場する近道だからです。 さらに、ケーブルテレビやインターネット配信によって、コンテンツを配信できるだけの設備を整えてあります。水族館のような集客施設のIT化とは、新鮮で魅力的な情報をいかに外に出すかが最も重要となるのです。 大人気の海洋堂フィギュアコーナーは、荒俣宏先生のアイディアと紹介によるものです。海洋堂の動物フィギュアが、一水族館だけのシリーズとして制作されたのは初めてのことで、それだけでもたいへんな話題になったのですが、このフィギュアは、海洋堂の企画力によって、セブンイレブンの販促キャンペーンのオマケとして、650万個が使われることになり、新江ノ島水族館オープンを全国に知らしめる広告媒体としていただいた。これこそメディア型水族館にふさわしい世界初のセールスプロモーションでした。 セブンイレブンのオマケ付き商品は瞬く間に完売し、その後の販売は、新江ノ島水族館でしか行われていないため、今では新江ノ島水族館へ全国のフィギュアマニアがやってきて、購入されています。もちろん今後も海洋堂とのコラボレーションでパブリシティー力の強いイベントが期待できます。 =今後の運営で最も大切なことは、なんでしょうか。 中村◇お話したような、マーケット起点で展示コンセプトをはっきりとさせ、将来の運営まで計算に入れる、というソフトによる施設づくりは、様々な場面で必要とされることです。 通常、開発者と運営者が違う多くの事例では、そのような施設づくりがまったく考えられていないか、考えられていても、意志の疎通がなされておらず、活かされていないことが多いのが実情です。 今後の集客は、スタッフがオープン当初の意図を理解してうまく活かしながら、さらに進化した水族館にしていくことにかかっていると思います。 |
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