2004年「月刊レジャー産業6月号」(総合ユニコム)にて掲載 
新江ノ島水族館のオープンにあたり、アドバイザーとしてインタビューを受けました。



大型水族館から、多機能・メディア型水族館へ
集客性を生む、コア・コンピタンス創造に
いかに取り組んだか

 新江ノ島水族館の建設は、1990年代から続々と行われてきた新水族館建設およびリニューアルの流れにおいては相当後発である。その規模も巨大水族館時代の中では非常にコンパクトであり、建設コストも驚くほど抑えられている。
 葛西臨海水族園、鴨川シーワールド、八景島シーパラダイスなど、巨大な水族館が密集する関東地域において、新江ノ島水族館はどのようなコンセプトで作られ、集客を競おうとしているのか興味深い。
 そこで、新江ノ島水族館のオープンに際し、展示およびセールスプロモーションのアドバイザーとして関わる鳥羽水族館・前副館長の中村元氏(47才)に話を伺った。中村氏は新鳥羽水族館の建設の折りにもプロデューサーを務め、巨大水族館時代の幕を開いた一人である。



■弱点からコア・コンピタンス(中心的競争力)を探す。

=今回の新江ノ島水族館アドバイザーとして特に気を配られたのはどのような点だったのでしょうか。

中村◇サプライヤーたる水族館や経営者が目指すところと、入館者であるマーケットの要求は必ずしも一致しません。例えば、動物園や水族館は「種の保存」だの「地球環境保全」だのをうたい文句にしますが、それに賛同して来場する客はほとんどいない。
  ところが公共事業的な要素が強いこの業界は、どちらかといえばお上的な発想になりやすく、変化の早いマーケットの欲求に合わせるのが下手なのです。そこに水族館の運営が傾きやすい原因があります。

 また、日本は水族館の数が非常に多く、特に関東は水族館の密集地域です。ところが、それぞれの水族館がまったく違う生物を飼育展示しているかというとそうではなく、どの水族館にもイルカやアシカのショーがあり、日本の海の展示があり、サンゴ礁の水槽があり、さらには、多くの水族館が、ラッコやペンギンなどの人気動物を当たり前のように飼育している。素材はほとんど同じなのです。

 私の役割は、限られた材料と条件を、いかにマーケットに合わせた展示や活動に料理し、集客ができるかを構築することです。特にこのプロジェクトで気をつけたのは、他の水族館の真似や自己満足にならず、展示にはっきりとした世界観を持たせることでした。特色を建物や動物だけに頼ることなく、展示の味付けで主張しようという考え方です。

=確かに水槽に引き込まれるような雰囲気や、北斎画風の絵など、新江ノ島水族館には不思議なテイストが感じられますね。

中村◇まず、基本設計と展示テーマという与えられた条件下で、新江ノ島水族館のコア・コンピタンス(中心的競争力)を検証したのですが、これがなかなか厳しい条件でした。
  規模はそれほど大きくなく、日本でここだけというスター動物もいない。ショースタジアムも近年の水族館の中では小さい部類だった。
 水族館事業では普通、そのような弱点は、誰もが薄々感じながらも目をそむけ、客観的な評価がなされないものです。しかし、私たちは敢えてそれを明らかにしました。何よりも競争力が欲しかったからです。

 実際に近隣の水族館と比較してみると、新水族館の魅力だと考えていたものの多くが、競争力としては劣っているということが判明したのですが、他にはない素材もありました。それは、館長が「相模の海」にこだわっておられたこと、日本で最も早くから着手していたクラゲの展示に重点が置かれていたこと、体験学習施設が併設されることなどです。
 そのどれもが、コア・コンピタンスとするにはたいへん地味なものですが、それだけにうまく料理すれば、他の水族館にはない名物メニューとなります。そこで、メインの素材となる「相模の海」を中心に「日本の水族館」をコンセプトにした展示を強く打ち出すことを決めました。

 実はコンセプトが決まらないと、気合いの入った水槽づくりはできないのです。決まりさえすれば、水槽の擬岩のつくりから照明の具合、解説などに一つの筋が通ります。
  ここでは、日本人が海という大自然に抱いている畏れの気持ち、海の幸に対する感謝の気持ちなどが表現できる、つまり西洋文化にはないアニミズムな和風味の水族館を目指しました。

 具体的には、擬岩や照明によって陰影をつけ、海の怖さや凄みを際だたせました。造波装置も多用しています。単純に波を起こすためだけでなく、海中の潮の動きで、海藻(草)を動かし、豊かで底知れない日本の海を表しています。おそらくみなさんも、相模の海の水槽群では、水槽の奥に何者かが潜んでいるような奥行き感を感じていただけたでしょう。
  また、解説を読んでいただいたなら科学だけに収まらないニュアンスがあり、魚名には漢字表記が加えられていることに気づかれたでしょう。
 クラゲのゾーンでも、西洋的で明るいファンタジーではなく、クラゲの持つ幻想的で生命のしたたかさと儚さを表現できる水槽づくりと、空間づくりを目指しました。
  きっと、近年の水族館が当たり前のように演出している、アメリカ西海岸的な明るさとはずいぶん違う感覚を覚えていただいたことだと思います。



■消費者起点による施設づくり

=「日本の水族館」のコンセプトが狙うのは、どのようなマーケットなのでしょう?

中村◇まず理解しておかねばならないのは、水族館は子どものものではなく、客の8割近くが大人であるということです。
  さらにTDLやジブリ映画でも分かるように、大人が楽しめるクオリティーが子どもを魅了します。ここを取り違えると、大人からも子どもからも「子ども騙し」と思われてしまいます。

 元々コア・コンピタンスの考え方は、マーケット側つまり消費者起点の商品づくりから発しています。日本の消費者の選択眼は世界でもトップレベルで、様々な分野で目利きのできる人たちが育っている。
  さらに今日のIT社会では、目利きの人の情報は瞬く間に広がっていく。その目利きをし情報を発信する人たちが「消費リーダー」です。

 水族館のように年間100万人単位の大衆を相手にしなくてはならない商品では、消費リーダーを意識しないと、大衆に伝わりません。水族館マーケットには「水族館オタク」と呼ばれる人たちが少なくなく、彼らが準拠集団である大衆に選択の動機を与え、さらに新たな目利きを育てているのです。
 水族館の消費リーダーの面白いところは、世代や経歴、趣味などによるマーケット集団を想定できないところです。子どもにも、サラリーマンにも、主婦にも、お年寄りにも普遍的に存在する。それは、学校でも、職場でも、井戸端会議でも、消費リーダーの力が発揮されるということを意味します。

 そして、最も大きな存在がマスコミです。マスコミが常に消費リーダーを意識して情報づくりをすることを忘れてはなりません。さらに、マスコミの中にも水族館オタクがいるのです。
  これほど水族館の多い日本ですから、消費リーダーが認めるコア・コンピタンスがなければ、マス媒体に載る機会が失われてしまいます。
 そういった意味で、アメリカンテイストな水族館ばかりの近年の水族館の中で、唯一日本の海と日本人の世界観を全面に出した水族館は、様々な場面で、露出される可能性が高くなります。

 消費リーダーたちの声に耳を傾ければ、日本人が水族館好きなのは、欧米傾倒や科学的興味ではなく、海の幸の食生活や文化による興味によるとことが大きいということは明白です。
  それに、本当に世界を相手にしようと考えたら、最も日本の世界観を持っている水族館が評価されるはずでしょう。
 例えばイルカショーでも、和太鼓と笛の音に、浴衣姿のお姉さんがイルカと盆踊りでも踊ったとすれば、どこのショーよりも特色のある取材ネタになるでしょう。富士山の借景もありますから、海外のマスコミなら日本を代表するイルカショーとして必ず紹介してくれるはずです。さすがにこの提案は採用されませんでしたけどね・・・(笑)。



■巨大水族館の時代から、メディア型水族館の時代へ。

=鳥羽水族館のオープン時(1990年)、中村さんは超巨大水族館時代が始まると語られていましたが、新江ノ島水族館では少し趣が違いますね。

中村◇1990年の当時の私は、水族館を地球規模の環境を展示する施設にしようと考えました。当時は情報を全て館内で自己完結するしかなく、必然的に巨大な施設が望まれました。その後誕生した水族館も、テーマは地球規模の巨大な水族館が主流ですね。

 でも、巨大水族館の時代はそろそろ過去のものです。なぜなら、環境や地球に関する情報は飛躍的に増え、さらに地球や生命に関する世界観は多様になってきた。この時代にあって、一つの水族館で地球環境理念を自己完結するには、あまりにも無理があります。それに、最近では無駄に大きい水槽が目立ちますね。本当に地球環境のことを考えたら、巨大な水槽が、どれほど莫大な電力を消費することか・・・(笑)。

 水族館のカリスマ消費リーダーである博物学者の荒俣宏先生が、私の一番の相談相手なのですが、荒俣先生はいみじくも「これからはメディア型水族館の時代だ!」とおっしゃいました。水族館自身がメディア(媒体)となって、様々な情報や人を通過させて、水族館活動の幅を広げようということです。
  つまり、水族館が自己完結的に全ての情報を発信するのは諦めて、様々な分野の達人や趣味人に水族館という場所を提供し、情報発信してもらうのです。情報は人を呼び、そして人は情報をもたらす。それこそまさに循環型の集客交流施設ではないですか。

 幻想的なクラゲのホールを、音楽交流の場所にすべく、音楽イベントのホールとしての機能を付けたのもその一例です。湘南には音楽の文化が根付いているからこそ成り立つ。運営の準備として、旧水族館の時代から、ジェリーフィッシュコンサートなるものを地元の文化人の力で立ち上げることもしました。

 また、併設されている体験学習施設との連携にも工夫をしました。体験学習館をメディアにし、ソフトとしての体験プログラムをたくさん持つことによって、様々な分野の文化や人が交流をするようになるはずです。メディア型を基本に考えることで、体験学習を集客につなげることもできます。
 もちろん体験学習で集客するには、他の水族館や博物館でも行っているような既存のプログラムでは意味がありません。しかし幸か不幸か、現在日本で行われている体験学習のほとんどは、これも供給者起点の考え方で、体験の意味を取り違えたり、参加者全員に平等な達成が必要という学校教育的な考えの中で行き詰まってしまっています。

 そこで、「参加者に達成や結果を求めない」「自然科学にこだわらない」「より多くの人数を体験させることができる」という条件をつけた体験学習スタッフとのワークショップによって、今までの体験学習の概念とはまったく違う魅力的なプログラムを開発しました。
  このプログラムは、学校から大きな反響があり、すでに多くの予約が入ってきています。さらに、外部の人たちがプログラム供給者としても自由に活動できる体験学習館とし、その運営システムも構築しました。これによって、プルグラムが増え運営スタッフの負担が軽減されるわけです。

 本事業は、ローコストという厳しい条件がありましたが、そのおかげで、巨大な自己完結型水族館の時代からコンパクトなメディア型水族館への脱却、科学一辺倒の博物館から科学と文化が交流する博物館への進化と、新しい時代を開く水族館を完成させることができたのだと思います。



■パブリシティーを考えた施設づくり

=多くの水族館が陥っている集客力の低下に打つ手はありますか?

中村◇内容もさることながら、水族館の集客を左右するほとんどの要因は、パブリシティーつまりマスコミへの露出によるものです。
  例えば、珍しい動物が入った、スター動物に赤ちゃんが生まれた、といったニュースは、大きな誘客力を生む。もちろん、新しい水族館ができたというニュースは最高のパブリシティーとなりますから、オープン直後の誘客力は最大になるのです。ところがそれほどのニュースは、その後簡単に作ることはできないために、集客力が落ちていく。

 そこで、新江ノ島水族館では、パブリシティーやセールスプロモーションを最初から意識した施設づくりを目指しました。
 例えば建築にもその思想は生かせます。新江ノ島水族館では、水槽の多くは建物から独立した置き型の水槽を採用して、将来大きな展示替えを低コストでできるようにした。数年に1度の部分的な新装オープンは、遊園地の新遊具導入に匹敵します。

 また、撮影や編集の機材を設備し、飼育スタッフに相模湾や江ノ島周辺の生物調査と生態の撮影を推進するよう要請しました。水族館が相模の海をテーマにしている限り、相模の自然の第一人者であることを望まれるのは当然ながら、相模のフィールドの最新情報を常に提供できることが、マスコミに登場する近道だからです。
  さらに、ケーブルテレビやインターネット配信によって、コンテンツを配信できるだけの設備を整えてあります。水族館のような集客施設のIT化とは、新鮮で魅力的な情報をいかに外に出すかが最も重要となるのです。

 大人気の海洋堂フィギュアコーナーは、荒俣宏先生のアイディアと紹介によるものです。海洋堂の動物フィギュアが、一水族館だけのシリーズとして制作されたのは初めてのことで、それだけでもたいへんな話題になったのですが、このフィギュアは、海洋堂の企画力によって、セブンイレブンの販促キャンペーンのオマケとして、650万個が使われることになり、新江ノ島水族館オープンを全国に知らしめる広告媒体としていただいた。これこそメディア型水族館にふさわしい世界初のセールスプロモーションでした。
 セブンイレブンのオマケ付き商品は瞬く間に完売し、その後の販売は、新江ノ島水族館でしか行われていないため、今では新江ノ島水族館へ全国のフィギュアマニアがやってきて、購入されています。もちろん今後も海洋堂とのコラボレーションでパブリシティー力の強いイベントが期待できます。

=今後の運営で最も大切なことは、なんでしょうか。

中村◇お話したような、マーケット起点で展示コンセプトをはっきりとさせ、将来の運営まで計算に入れる、というソフトによる施設づくりは、様々な場面で必要とされることです。
  通常、開発者と運営者が違う多くの事例では、そのような施設づくりがまったく考えられていないか、考えられていても、意志の疎通がなされておらず、活かされていないことが多いのが実情です。
 今後の集客は、スタッフがオープン当初の意図を理解してうまく活かしながら、さらに進化した水族館にしていくことにかかっていると思います。

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(C) 2000Hajime Nakamura.

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