同朋舎「GEO」にて掲載 1998年4月号
人喰い編−2−
人喰いザメの恐怖

中村 元

 水の中の人喰いの話しを始めて、サメのことを出さずにいたら、それはサメに失礼というものだろう。海水浴をする多くの人がサメを恐れ、ダイバーのほとんどがサメに気を配り、漂流するすべての人がサメに会わないことを祈る。
 私もダイビング中に、2メートルほどのメジロザメに、横にぴたりと付かれ、あの大きく平らな目でじっと眺め続けられた時には、体が凍り付いたものだ。

 ライオンだとかトラだとかと言った猛獣が住んでいるのは、ごく限られた地域となった時代にあって、サメは今も世界中の海で人を襲う、人喰いとして類い稀な存在感をもった動物なのだ。
 中でも映画ジョーズのモデルとなって、世界中に強烈な印象を与えたホホジロザメは、最大最強の人喰いザメである。今までに記録された最大のものは、6.2メートル2.2トンというのだから、ヒトなら丸飲みも可能だ。

 サメは嗅覚と動物の電気を感じる能力が非常に発達していて、血の臭いやバタバタと暴れている異常な行動をかぎつけて、獲物に集まることがよく知られている。また、ホホジロザメが人を襲うのは、好んで襲うオットセイたちの水面を泳いでいる姿と、人が泳いでいる姿が似ているからだという説もある。

 タスマニアは南極に近い島だが、夏になるとよちよち泳ぎを始めたオットセイの子供を狙って、ホホジロザメが南下してくる。かつて私がタスマニアのオットセイを水中撮影した海は、数年前そんなサメにダイバーが喰われた場所だった。
 我々の撮影もちょうどオットセイの子供が泳ぎ始める時期で、私はガイドから言われた「サメは海底にいるものは襲わないから、一気に海底まで潜って、海底を這うように進んだほうがいい」という言葉をを忠実に守って、海底をはいずりながら撮影をした。

 しかし、巨大なサメを解体すると、腹の中から車のタイヤや空き瓶など、とうていエサにはならないようなものがよく出てくる。おそらく人喰いをするようなサメたちにとって、相手をエサとして認識するのに、臭いや動きや姿、それに食べよいかどうかなどの基準があるわけではないのだ。
 それらの能力は獲物を探すための手段として使っているだけ。ようするに、口に入りそうなものなら手当たり次第に何でも喰うというのが彼らの主義である。その中にたまたまヒトも入っているというだけなのだろう。
 そんなわけで、世界中の海水浴ビーチでは積極的なサメ狩りが行われ、ヒトを襲う恐れのあるサメには、賞金を掛けられるなどの奨励金制度までが設けられてきた。

 しかし最近では、サメの被害が非常に多いオーストラリアでさえも、同じ地球の仲間として、ホホジロザメなどを守ろうという運動。
が始められている。
 サメは生きるために他の動物を襲う。ところが漁師以外のヒトは、遊ぶためにわざわざサメのいる海に出かけるのだ。それはサメにとって、エサになりそうなものが増えたという認識でしかないのに違いない。 


鳥羽水族館情報

 サメの種類はおよそ370種。そのほとんどがヒトを襲うことはない。鳥羽水族館のサメも、ドチザメやネコザメなど底生のものか、深海生のツノザメといったおとなしいものである。一種類ツマグロという攻撃的なサメがいるが、大きさから考えると、せいぜい耳を咬み取っていくのが関の山だろう。
 サメには怖いというイメージがつきまとうが、すべてがそれほど怖い訳ではないのだ

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(C) 1996 Hajime Nakamura.