同朋舎「GEO」にて掲載 1998年8月号
人喰い編−6−
人喰いよけのココナツパンツ

中村 元

人喰い編の第一話は、アマゾンのピラニアだった。やっぱり人喰いなんて人心を騒がせる話題は、アマゾンに始まってアマゾンに終わらなくちゃいけない。だから人喰いの最後を飾るのは、アマゾンの人喰いナマズの話しである。

「またまた、人喰いナマズって、きっといつかの人喰いスッポンみたいに、風聞だけでホントは眉唾ってやつ?。アマゾンのナマズがいくら大きくったって、ヒトは呑まないよ」などと考えているあなた。
ナマズと言っても、世界に2千種類以上も仲間がいて、大きいだけが能じゃない。電気を発するのもいるし、逆さまに泳ぐのもいる、そしてもちろん小さいのもいるのだが、今回の人喰いはその小さいナマズのことなのだ。

ピラニアは恐くないと私に教えてくれた現地人が、恐ろしげに語ってくれたのが、カンジールという魚のことだった。後で調べるとたいていはカンディール、そしてカーネロ、カショーロなどとも呼ばれているようだ。
さて、そのカンジールとは、とても小さなナマズで体長は2p以下、体型はドジョウのように細い。実はもう少し大きめのいくつかの種類もいて、そのいくつかがちょっと嫌な食事の仕方をするのだ。
ある者は、他の魚類のエラに潜り込んでエラを食べる。ある者は、弱った魚の口やエラから体内に入り込み、内臓から食べ始める。膨れ上がった魚の死体から、カンジールの仲間がうねうねと出てくる。そんなホラー映画真っ青の連中なのだ。

そして彼のの語ってくれたカンジールとは、ヒトの尿の臭いに反応して、尿道や肛門に入り込み、中から食い荒らすという奴である。
立ち小便をしていると、こいつが滝登りをして尿道に入り込むから気を付けろと彼は言った。さらに、こんな魚がいると女性はやっかいだ。尿道なんかより入りやすい穴が余分にあるのだから…とニヤッと笑うのだった。
なんだそれがオチかと思っていたら、実際に原住民の女性たちは、ココナツの実や木で作ったカンジール除けパンツをはいて水浴をするのである。膣に入って重大な結果に陥ったケースが頻繁にあるのだろうか。思わず「カンジールが入っても感じーる?」とシャレてみたが、当然、日本語を解さない彼らにウケは取れなかった。

後日サンパウロの水族館の館長が、その木のパンツの実物を見せてくれた。それは下腹部の線に沿って丸みを帯びた、二等辺三角形状の妙にエロチックなものだった。
実は尿道の場合には、喰い荒らすのではなく、尿道内でエラが逆立って戻れなくなって強烈に痛むという説もあり、その方がもっともらしい。しかしともかく、そんなエイリアンのような奴に体の中に入ってこられるのはまっぴらごめんだ。

私の頭の中では、体内にうごめくカンジールで腹が膨れ上がった魚と、自分のペニスが膨れ上がっているシーンが交錯する。立ち小便を登るという荒唐無稽な話しを笑い飛ばしながらも、その日から二度とアマゾン川に向かって立ち小便が出来なくなった私なのであった。


■鳥羽水族館情報
残念なことにカンジールは展示していない。しかしジャングルワールドのアマゾン大水槽では、何が潜むか分からないアマゾン川の岸辺が原寸大で再現され、陸には木々が生い茂り、水中には巨大ナマズやピラルクーなどが徘徊する。この岸辺に立って立ち小便をするとか、水に入って水浴するとか想像していただきたい。それはかなり勇気のいることだろうと思うのだ。

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(C) 1998 Hajime Nakamura.