同朋舎「GEO」にて掲載 1998年9月号
毒ある者たち編−クラゲ−
クラゲは叩きつぶすべきか?

中村 元

水族館の嫌われ者たちシリーズの第2弾は、「毒ある者たち」だが、水族館で見かける毒のある者たちは、それほど嫌われているわけでもない。美しいミノカサゴやイソギンチャク、それに美味しいフグなど、美しい者には毒がある、ついでに美味しい者にも毒があると、まあ気楽に言われることが多いのだ。
しかしそんな中でも、美しいには美しいけれど、海の嫌われ者の筆頭とも言えるのがクラゲだろう。クラゲに毒があるのはよく知られているし、なんといっても、実際の被害が圧倒的に多い。マムシに咬まれたことのある人よりも、クラゲの被害に遭った人の方がはるかに多いにちがいない。

しかも刺される側としては、何も悪いことをしているつもりはなく、ただ海水浴や釣りを楽しんでいるだけなのだから嫌になる。クラゲに恨みを抱くのだろう、クラゲと見れば怖れおののき、棒でもあろうものなら、「このクラゲ野郎!」と叩きつぶし、海岸に放り投げて日干し蒸発させたりするのだ。

さて、毒をもっているクラゲは、イソギンチャクやサンゴなどを含む刺胞動物の仲間だ。ここに在籍する連中は強弱の差こそあれ、全ての者が刺胞という無数の器官を持ち、そこから長い糸のついた毒針を発射して、小さな動物たちの死を誘うのである。
アンドンクラゲに刺された経験では、その痛みは、「痛!」ではなく「アチッ!」がふさわしい。熱いものに触れたような鋭い痛みがピシッと走るのだ。それは刺胞から毒の針が打ち込まれたのが実感できる痛みである。

ところがデンキクラゲの異名を持つカツオノエボシに刺されると、ムチに叩かれてそのムチがからんで取れないような、ビシッ、バリバリという強烈な痛みを受けるのだそうだ。しかもその痛みは長く持続する。
またインド洋から太平洋にかけて生息する立方クラゲの一種は、神経組織を麻痺させて数十秒から十数分でヒトを死に至らせるほどの強烈な毒を持っている。危ない触手は何十メートルも伸びるからたまらない。今は血清が開発されているらしいが、今までに分かっているだけで50名を越える死者を出しているという。英語では海のスズメバチと呼ばれるハブクラゲの近縁種だとかで、名前だけ聞いていてもいかにも恐ろしげではないか。

ただし、クラゲのすべてが危険であるというわけではない。微弱な毒しか持っていない者は、いくら刺胞を発射させてもヒトには痛くも痒くもない。私たちがよく目にし、怖れおののいて海岸に放り投げるクラゲは、ほとんどの場合ミズクラゲだが、彼らはいたって温厚な毒を持ったクラゲであり、たとえ素手でこねまわしたとしても問題はない。

逆に本当に強い毒を持ったクラゲは、死んでもなお毒をまき散らす。海岸に打ち上がったクラゲで病院にかつぎ込まれた例もあるし、干上がってしまっても、乾いた刺胞は空中を舞い、目に入ったり鼻孔を刺激してヒトを悩ませるのだ。
だからクラゲを見つけても、叩きつぶしたり日干しにして殺してしまおうなどと思わないで欲しい。たいていは罪もないクラゲか、死んでもなお危険なクラゲなのだから・・・・。


■鳥羽水族館情報:鳥羽水族館のクラゲの展示は、世界的にもちょっと有名だ。ただしほとんどがヒトには害を与えないクラゲで、まったく毒のない有櫛類のクラゲも多い。毒のあるのはアカクラゲなどで、垂れ下がった長い触手は見るからに危険の香りがする。また同じ刺胞動物の仲間なら、妖しく揺れる触手に死の香りを感じるムラサキハナギンチャクや、職員のレクチャーつきで微小な生物を紹介する、マイクロアクアリウムもぜひご覧いただきたい。

GEO目次へ戻る

RUMIN'S ESSAY 表紙へ        地球流民の海岸表紙へ
(C) 1998 Hajime Nakamura.