6号に掲載
磯ップ物語−7
逃げるが負け
地球流民

 昔々、湖に住んでいたシーラカンスは、他の魚たちと競争して生きるのが辛くてたまりませんでした。それで神さまにお願いをしました。「神さま、ボクはもうこんな湖でチマチマと努力するのは大嫌い。どうかあの誰もいない大地で生きていける体を下さい」

 神さまは言いました。「おまえは本当に、魚であることを捨てて生きていくと言うのか?今よりも苦しい道だし、もう後には戻れぬのだぞ」と。しかし、シーラカンスの決心は変わりません。彼があまりに熱心なので、神さまは陸上での暮らしに適応する「進化の実」を与えました。

 シーラカンスが喜んでその実を食べると、じきに空気呼吸ができて、ヒレで泥地を歩ける体になりました。ところが試しに陸上を歩いてみれば、ギラギラと身を焦がす太陽の下、乾いた空気はヒリヒリと痛いし、浮力のない体は重くてしょうがありません。

「ああ苦しい。こんな苦しみに耐えることなどできはしない!」そう叫んだ彼は、涼しい湖の淵に逃げ帰りました。そして神さまにあれほどお願いしたことも忘れて、もう二度と陸上に上がろうとはしませんでした。

 でも、陸上用に進化した彼の体では、他の魚たちとエサを奪い合うことなどできません。二度も自分の未来から逃げ出したシーラカンスに、生きていくところなど残ってはいないのです。しょうがなく彼は、誰も住んでいない深くて暗い海の底へいき、ひっそりと暮らすようになりました。
 今でも時々、肺のようなものと足の形のヒレを持った奇妙な魚が、深い海の底で祈っている声が聞こえてきます。
「神さま、こんな暗い所もこんな体も嫌いです。どこか楽に生きられる素敵な場所と素敵な体を下さい」


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(C) 1996 Hajime Nakamura.