続「大変革夜明け前」1998名古屋JC-TIMES連載
10月号
日乃本家のハトたち
リーダーシップのない政治
著:中村 元(地球流民)
政治の役割

著:村岡 兼幸(日本JC直前会頭)



日乃本家のハトたち
リーダーシップのない政治
地球流民 
日乃本家で飼われているハトたちは、とても健康でよく太っていた。主人は餌を惜しまなかったし、リーダーはみんなに平等に餌を分ける公平なハトだったのだ。

ある時、近所で公園のお披露目があり、そこで放されるハトの集団に、日乃本家のハトも飛ばしてほしいと要望があった。そんな仕事は初めてだったが、ハトたちは細かいところまで気のつくリーダーを信頼していた。

当日の公園には、各地からハトが集められていた。日乃本家のリーダーは緊張で顔が強ばっていた。でもみんなは他の集団の怖そうなリーダーに比べればましだと思っていた。

朝から降り出していた小雨と風の中でイベントは決行され、集められたハトたちはファンファーレと共に一斉に放たれた。
ところが、公園の真ん中で、一向に舞い上がろうとしない一団がいた。日乃本家のハトたちだった。リーダーのハトを囲んでみんなで何か言い合っているのだ。

白いハトが言っている「嫌だわ、こんな雨の日に外を飛ぶなんて、羽根がびしょびしょになるじゃない」リーダーは答える「そうだねそれじゃ、まずみんなにカッパを配ろう」

ゴマ色のハトが言う「こんなに西風が強かったら、西にある日乃本家にはたどり着けないんじゃないかい?」リーダーが答える「そうかもしれない、僕も追い風が好きだから、最初は東に向かうのもいいだろうね」

黒いハトが言った「そんなことより、危ないからここにいようよ」リーダーが答える「確かに不安だね。じゃあ主催者にそう頼もうか」しかし彼らが入っていた箱はもうとっくに片づけられていた。

まだ若いハトがおずおずと言った「ねえ、とにかく飛び立とうよ、もう残っているのは僕たちだけだよ」みんなが一斉に振り向いて怒鳴った「今は不安材料ばかりなんだよ!」

子供のハトが頭上を羽ばたきながらわめいている「お腹すいたよ。はやく帰ろうよ」リーダーが答える「だから今、いろいろ調整しているんだ。静かにしなさ・・・」
そこで言葉がとぎれた。子供のハトの眼下に、どこからか野良猫の集団が現れて、ハトたちに飛びかかったのだ。あんなに立派だった日乃本家のハトたちは、一瞬のうちに喉笛を食いちぎられ、動かぬハト肉となっていた。

子供のハトは、泣きわめいて空高く舞い上がった。その目の隅には、西に100メートルも離れていない近所に、なつかしい日乃本家が映ったはずなのだが、大人たちの話を信じていた彼に気付くよしもなかった。
結局、日乃本家のリーダーは、飛び立つこともなく群を全滅させ、残った子供をも路頭に迷わせたのだった。
 (おしまい) 


政治の役割
村岡 兼幸 
日本が今、まったく先の見えない経済不況なのは言うまでもありませんが、最も問題なのは、心理的不況感が益々マイナス面として働き、悪循環を繰り返していることです。
それは、護送船団方式と称された艦隊が散り散りになり、行き先を見失った船員たちが、不安でパニックに陥っているかのようです。

ここで小手先の改革は無意味です。何よりも、根本的に成長拡大路線の終焉を認識することを、まず決断しなくてはなりません。
そうすれば、本当に成熟した社会を構築するプロセスに、従来型ではない経済の活路や、新たなる豊かな暮らしを見つけることが、必ずできるはずなのです。

そして私は、そんな明るい未来や希望を国民に示すことこそが、本来の政治の役割ではなかったのかと思うのです。そう、現在の消費不況から構造不況に至る、様々な負の循環を断ち切るのは、政治が明快な構想を打ち出すこと以外にはあり得ないのです。
しかし残念ながら、その意味において現在の日本は構想不況そのものと言えます。

1930年代、世界恐慌の時、アメリカは30%の失業率、すなわち3人に1人は失業者という状態でした。この時、大不況克服のためにニューディール政策を掲げ登場したのが、ルーズベルト大統領でした。

彼は政策の実現のために、全米ラジオ放送を通じて「炉辺談話」を始めました。「炉辺談話」は大統領私邸の暖炉のある部屋で行われました。毎週日曜日の夜になると、パチパチという暖炉の音をバックに、全米国民に直接訴えかける大統領の声が聞こえてきます。
『アメリカ国民の皆さん、苦労をかけていますが、アメリカ経済は大丈夫、銀行も大丈夫です。カーペットの下のドル札を出して下さい。預けたお金は新しい投資へ、それは必ず別の産業を誕生させます・・・』と。

この毎週続けられた、ルーズベルトの肉声による、温かく力強い「炉辺談話」は、不況に苦しみさらに世界大戦という暗雲が立ちこめている時代背景にありながら、アメリカ国民に勇気を与え続けたのです。そして、その国民一人一人の勇気が、アメリカ経済のアクティビティーを生み出したのです。

構想力とは、為すべきこととその方向性を、はっきりと分かりやすく伝える力です。そしてそれが政治家にとって最も大切な仕事であると考えます。

日本という船には、希望への航海を続ける潜在能力は今も十分にあるのです。ただ、その船の進む方向性を、乗組員全員がしっかりと認識しなくてはなりません。それには何よりも、政治がリーダーシップを発揮して、行く先とその道のりを示さねばならないのです。
(了) 


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(C) 1996 Hajime Nakamura.