RUMIN’s ESSAY


    旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第3回)
      96年6月号(5/15発売)











 ペンギンの島

 穴はペンギンの家。  島は一面穴だらけだ。 
ペンギンの島
中村 元 
 格納庫からヘリコプターが出されてきた。冗談を言い ながらそれを手伝っているパイロット達は、プンタアレ ナス市の警察官だ。  昨日、このまちの警察署長(司令官というらしい)に、 ヘリコプターを一日貸してくれるように交渉したのだ。 自然界のイロワケイルカやペンギンの様子を、映像で日 本に紹介することがいかに意味のあることかを、通訳を 通して必死にまくしたてた。  おそらく、私のほとんど単語だけの英語を長くて歯切 れのよいスペイン語にしてくれた通訳の想像力か、土産 に持参した鳥羽特産の真珠のネックレスか、どちらかが 司令官の心を打ったのに違いないのだが、とにかく交渉 の成果が、この警察ヘリとパイロット2人だった。名目 は民間人を載せての訓練飛行ということになっているら しい。  促されるままに座席に乗り込み、シートベルトの着用 と、飛行中撮影時のドアの開閉に関することを簡単に指 示され、「OK?」という声に思わず「OK!」と答え る。その瞬間、目の前の格納庫がグラッと揺れ、屋根が 見え、回りの景色が下界に沈んでいった。  ヘリは格納庫のに鼻をつき合わせたまま、斜め後ろに 向かって突如として離陸したのだ。  さすが軍事政権の下での警察パイロット、腕はいいら しいのだが、「おいおい、民間人載せてそんな乱暴なこ とせんでくれよ…」とまるで007のような始まりに胸 が高ぶる。  ともあれ、数10秒後には私たちは待望のマゼラン海 峡を上空から見下ろしていた。  地上の風もすごいが、上空の風もたいへんなものだ。 ヘリは突風に何度もスリップしながら海峡の上で腰を振 る。手に汗を握った私たちの耳に、パイロットたちの陽 気な鼻歌が聞こえてくる。  目指す島は、この付近でマゼランペンギンのもっとも 大きいコロニーがある無人島だ。大陸たるパタゴニアの 陸地がすでに地の果ての様相を示しているのだから、そ れより果てにある海上の島には見事に何もない。断崖絶 壁に囲まれて、海の上にたらいを逆さまにかぶせたかよ うな殺風景な島。そこには背の低い草がちょろちょろ生 えている程度である。  島に到着すると、たまたま断崖の真下にミナミゾウア ザラシを発見。その近くの2平米ばかりの小さな砂州に 曲芸着陸を試みようとする二人の腕自慢パイロットをな だめて、山頂にある出来る限り地盤の堅そうなところを 選んで着陸するように指示を出した。 東京ドームを2個合わせたくらいの台形の島の地表に は、マゼランペンギンの巣穴が無数に口を開き、その巣 穴が網の目状のトンネルになって繋がっている。まるで ペンギンのマンション群を見るようだ。  トンネルの土天井は薄くて、足下に細心の注意を払っ て歩かないと、落とし穴のように踏み抜いてしまう。 操縦は最高だけど、無遠慮に次々と落とし穴を踏み抜い ては悪たれをついている二人のパイロットに、「ペンギ ンの家を壊すな!」と怒鳴る私も、次の瞬間には太股ま で土の中にいた。  まったく、ペンギンの奴らといったらこんなヤワな巣 穴でどうするんだ?と話しながら気が付いた。そうだ、 本当はこの島にはペンギンより重い動物は来ちゃいけな かったんだ!  雨もろくに降らないし、重い木も生えないこの島で、 ペンギンが歩き回っているだけなら、天井が少々薄くて も問題はない。何千年もの間こんなところにペンギンよ り重い動物が来ることはなかったのだろう。   問題なのは呼ばれもしないのにわざわざ日本からヘ リコプターまで工面してやってきた私たちの方なのだ。   ちょうど繁殖の時期に入る頃だったので、すでにいく つかのつがいがいた。一羽で伴侶を待っているようなの もいる。  ペンギンの夫婦の絆は他の動物に比べてはるかに固い。 繁殖期以外は海岸に出て自由な独身生活を送っているの だが、繁殖の季節になると再び昨年と同じ伴侶を求めて、 巣穴のあたりに戻ってくる。そして声を上げて互いを呼 び合って再開を果たすのである。  うん、夫婦愛ペンギンに極まる! 私たちは、彼らが再会を果たす舞台となる愛の巣穴を それ以上壊さないようにと、早々にそこを引き上げるこ とにした。
マゼランペンギン
 伴侶を待つマゼランペ ンギン。マゼランペンギ ンは地面に巣穴を掘って 子育てをする。  巣穴は、海からかなり 離れた崖や丘の上が選ば   れる。

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(C) 1996 Hajime Nakamura.
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