RUMIN’s ESSAY


    旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第19回)
      97年10月号(9/15発売)











 カッパ

 出たっ!カッパ?  タスマニアの川には、 カッパが出ても不思議で はない
カモノハシのいる川
                    中村 元

 タスマニアの川は、地球を流れている本物の川である。
たいして大きくもない川の流れを手にすくった時、私は
そう思った。
 そして何故か、昔カッパが住んでいたふるさとの川を思
い出していた(信じてもらえないだろうが、私はそこでカ
ッパに会ったことがある)。ここにはぜったいカッパがい
るぞ!私は直感的にそう思ったのだ。
 いたのはもちろん、カッパではなく、カモノハシだった
が……。

 カモノハシの撮影を手伝ってくれた、タスマニア野生生
物公園局のディビットは、タスマニアの生物学者の中でも
数少ないカモノハシの専門家だ。
 カモノハシの場合、専門家と言えば、フィールドでカモ
ノハシを観察したり、保護のために捕獲している人たちの
ことを指す。
 なぜなら、この奇妙で奇跡的な動物は、飼育そのものが
困難であり、その生態を知るには観察が最もいい方法であ
るからなのだ。
 ただしかし、簡単には見かけることのできない珍しい動
物なのかといえば、そうでもないらしい。ホバートのまち
で遊んでいる子どもたちに「カモノハシ見たことある?」
と尋ねてみれば、二人に一人は「YES!友だちの牧場で
…」という答えだった。
 なんと、タスマニアの人たちがカモノハシに会うのは、
ほとんどが牧場の川なのである。たいてい、牧場に住んで
いる友だちの家に遊びに行って、家の庭を流れている川で
釣りをしている時や、庭で遊んでいるときに会うのだそう
だ。

 嘘みたいな話しではないか。私はあれほど会いたくて会
いたくて、やっとのことで日本からやってきたのである。
庭でカモノハシを見るなんてことを、まるでスッポンを見
たよというような口調で話されたらたまらない。それはカ
モノハシに対する冒とくではないかと、思ってしまうのだ。
 しかしちょっと郊外に出かけたら、それが冒とくでも不
思議なことでもないことはすぐに判明する。
 タスマニアの川は、ほとんどが牧場の中を流れていたの
だ。日本のように川が土地を分断してはいない。延々と続
く牧場の中を、ごく自然に川が流れているのである。
 そしてその川は、なるほどカモノハシが住んでいるよう
な、自然豊かな川だ。
 もちろん、蛇行を無理矢理まっすぐにな水路に改修して
いることはなく、ましてやコンクリートの堤防で固められ
ているようなこともない。
 水は思うままに自由に流れ、草は思うままに天を目指す。
そんな自由な川が土を削り、石を転がして、カモノハシを
はじめとする生命たちを養っているのである。

 タスマニアの人々は、カモノハシを保護するということ
以前に、川や自然に対しての強い思いがある。いや、ちょ
っとキザったらしく言えば、彼らは自然の中で暮らしてい
るのだ。
 だから、川岸にモグラのように穴を掘って住み、水中の
昆虫やエビを食べて暮らすカモノハシにとって、最高の条
件が整った川が、カッパが住むと見まがうような川が、タ
スマニアには残っているのだと思う。
 そうでなければ、こんな珍妙な動物がこうして生きなが
らえていることはないだろう。

 陸上では太いしっぽをずりずりと引きずりながら、短い
足でよたよたと歩く。水中では目を堅くつむり、短い前足
を不器用にぐるぐる回して泳ぐ。そしてクチバシで感じる
という小動物からの微弱な電波を察知して、エサを探しま
わるのだ。
 水中撮影の時には、私たちが向ける、カメラハウジング
のレンズ部分を、洞穴とでも間違えているのだろうか、何
度も突進してはぶつかっていた。
 ドジというか愛嬌があると言うべきか、いずれにしても、
器用な生き方はできないらしい。

 毛が生えてクチバシをもち、卵を産むけど乳を与える動
物が存在すること自体も不思議なことだろう。しかし、そ
れは地球の多様性を証明するようなもので、現に地球上に
存在するのだからしょうがない。
 本当に驚嘆すべきなのは、ヒトが異常に繁殖し、すべて
を支配するまでになってしまったこの地球に、今もなお彼
らが繁栄できるところがあるというることなのかもしれな
い。
 水面に浮かぶカモノハ シ。水鳥のような前足 をぐるぐる回して泳ぐ姿 は、ブリキのおもちゃの ようだ。


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(C) 1996 Hajime Nakamura.
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