RUMIN’s ESSAY
文・写真共に禁転載


     旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第20回)
      97年11月号(10/15発売)











 

 タスマニアオオガニ。 体も大きいが、ハサミは 恐ろしいほどの迫力だ。
多様性の海
                    中村 元

 タスマニアにしろ、オーストラリアにしろこの地域は、
ほ乳動物たちが新たな世界を作り始めた頃には、すでに他
の大陸と孤立していたために、動物たちの進化は別の道を
たどることになった。だから、有袋類なんていう一風変わ
ったほ乳動物や、カモノハシなどのほ乳動物とは呼べない
ような単孔類が、生息しているのである。

 しかしながら、あのあたりの動物たちの不思議さは、も
うすでに不思議でもなんでもないほどに知られてしまって
いる。
  カンガルーは飛行機の翼に描かれて世界中を飛び回って
いるし、サーカスに行けばリングでボクシングをしてたり
する。コアラも日本の動物園で飼育されはじめてからは、
さすがの日本人ギャルたちも、オーストラリアまで行って、
いつも眠っているようなコアラを抱いて写真を撮るのには、
そろそろ飽きてきたようでもある。

 海の向こうは大きな滝になっていて、その先には魔物が
棲んでいると信じられていた時代から考えてみれば、いや
船によって移民をはじめたついこの間から考えてみても、
世界はまったく狭くなったものだ。
  世の中の多様性は、知らないうちに、加速度的に、知識
の中での普遍性へと変わってしまっているのである。
 さて、それならば一般的にはあまり知られていない海は
どうだろうか?

 タスマニアオオガニ。シーフードレストランに入ると、
巨大なカニの壁掛けが掛けられていることがある。それは
作り物と見まがうほどの大きさだが、まぎれもない本物の
カニ、タスマニアオオガニの剥製なのだ。
  世界最大のカニである日本のタカアシガニは脚が細長く
クモのように華奢だが、このタスマニアオオガニは世界最
重量の誉れ高い存在感のあるカニだ。
 重量は十数sにもなり、海底をのそりのそりと歩く。ハ
サミはヒトの太股ほどもあり、バルカン星人を除けば、お
そらく世界最強のハサミと言っていいだろう。

  星人といえば、ビスケットスターフィッシュにも驚かさ
れた。スターフィッシュとはヒトデのことだ。ヒトデが「
星の形をした魚」とは、生物学的にはいまいちだが、セン
スはなかなかいい。そしてビスケットスターフィッシュと
は、名前そのまま星形クッキーの形をした色とりどりのヒ
トデたちのことなのだ。
 形、大きさ、色、つや、厚さ、どれを取ってもどこから
見ても厚焼きのクッキーそっくり。特に色ときたら、シナ
モンあり、ココアあり、抹茶あり、極めつけはシナモンと
ココアのミックスになったやつで、そっくりそのままクッ
キーの缶に入れておいたら、だれもがまっさきにそいつを
選ぶだろうというほどの一品だ。

 同じ太平洋の北と南、緯度も同じくらいで気候的にも日
本とほとんど変わらないタスマニアにこのような特異性が
あるのは、真ん中に赤道があることや海流の関係だ。
 しかし、この特異性のある海が、今急速に変わろうとし
ている。それは、ダイビングセンターに貼ってあった一枚
のポスターで知った。そのポスターには私たちが日本の海
で普通に見るヒトデの写真があった。細かい字は読まなく
ても分かる。「指名手配」の字を目にして、そのデザイン
を見れば、日本のヒトデが悪役にされているのは明確だ。
 実は、最近タスマニアの海に日本産のヒトデが大量に繁
殖し、従来の生態系を破壊しつつあるのだ。

 いったいヒトデがどうやって赤道を越えてこれたのかと
いえば、タスマニアから日本に輸出されている木材チップ
の輸送船が、空荷になった帰路でバラストタンクに入れる
日本の海水が原因なのだとか。海水にヒトデの幼生が入っ
ていて、日本と変わらぬ気候に繁殖してしまっているので
ある。

 なにもヒトデが悪いわけではないし、かれらが移住しよ
うと考えたわけでもない。ただ単に、ヒトの経済行為が、
海の中の様相まで変えているのだ。
 交通機関の発達によって、また国際関係の発展によって、
年々世界は小さくなっていく。しかし地球までもが小さく
なり、均一化していくのは、なんだがさみしい気がするの
である。
クッキーそっくりのヒト デ、ビスケットスターフ ィッシュ。


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(C) 1996 Hajime Nakamura.
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