RUMIN’s ESSAY


    旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第13回)
      96年4月号(3/15発売)














リゾート地のペリカン

中村 元  
考えてみれば、このエッセイを読んでいただいている 方は、私がいかにもアウトドア志向人間だとイメージさ れているのではないだろうか。浅黒く潮焼けした肌に髭 を生やし、どこで寝ても何を食べても平気で、夜空の星 と海鳴りが大好き、ネクタイや都会の喧噪は大嫌いなタ フガイじゃないかと…。  残念ながらまるで反対だ。普段の私はネクタイを締め て、美術館やミュージカルが好きで、泊まるホテルはピ アノバーのあるホテルと決めてしまっている、実にヤワ な男である。 というわけで、今回はいつものヘビーな 旅とはちょっと違う旅の話にしようと思う。  鳥羽水族館のある鳥羽市は、アメリカ西海岸のサンタ バーバラというまちと姉妹都市になっている。鳥羽市の 国際交流協会の専務理事でもある私は、サンタバーバラ 市の行事に出席しなくちゃならなくなった。  国際観光文化都市を標榜している鳥羽市だから、その 姉妹都市のサンタバーバラも、ロス近郊の有名な海洋リ ゾート都市だ。  感動したのは、厳しい景観条例によってホテルであれ 何であれ3階建て以上の建物はいっさい無いこと。そし て、人が増えるとまちの魅力がなくなるという理由で、 住民数抑制の施策がとられ、美しい景観や公的な施設を 10万人弱の市民で楽しんでいることだった。  落ち着いたリゾート地として人気のあるまちなのだそ うだが、リゾート客もこのまちに別荘を持っている人か、 それほど多くないホテルに宿泊する人だけなので、どこ に行っても小ぎれいで観光地ずれしていない。  そしてもちろんホテルにはピアノバーがある。私はホ テルに着いた頃から、すでにこのまちを気に入ってしま っていた。  さっそく挨拶をいくつか済ませた夕刻、西海岸にはつ きもののピアに案内してもらった。嬉しいことに私の苦 手なカモメたちはほとんどいない。海の象徴のようなカ モメだが、私には彼らがどうも好きになれない。カモメ たちは騒々しく何でも食べる上に、ひどく図々しいのだ。 屋外のレストランでちょっと横を向いている隙に、サン ドウィッチのハムがさらわれる。ヒッチコックの「鳥」 を知らない人でも、そんなカモメが大挙して周りに集ま り始めたらきっと戦慄が走るに違いない。   しかし、サンタバーバラの広くて美しいピアで迎えて くれたのは、見事なくちばしを持ったカッショクペリカ ンたちだった。ペリカンの仲間はいずれも下くちばしが 大きな袋になっていて、それをタモ網のように使って獲 物の魚を捕まえる。中でもカッショクペリカンは、空か ら海にダイピングして泳いでいる魚を捕まえるという高 度な技を使う。しかも狙うのは常に1ダイブ1尾である。 そんな武士道を心得ているからだろうか、それともサン タバーバラ市民の優しさのせいなのか、カッショクペリ カンたちは実に堂々と振る舞っていた。人の間をゆった りと歩き、翼を存分に広げて日光浴を楽しんでいる。  中には人慣れした連中もいて、釣り人の後ろにくっつ いて行儀よく並んでいた。きっと以前に、釣り上げられ た魚をもらったことがあるのだろう、釣り竿の動きに合 わせて首をふり、釣り人と一緒になって魚が釣れるのを じっと待っているのだ。  もちろん、カモメのように隙を見て釣りエサを盗んだ り、釣り上げられた魚に勝手に飛びかかったりはしない。  やたら騒ぎもせず、盗みを働いたりもせず、のんびり くつろいで釣り師の気まぐれを待っているペリカンたち。 彼らはサンタバーバラ市民たちの考えるまちの魅力の意 味を、最もよく理解している訪問者の一人のようだった。  しかしそんな素敵なまちであったにも関わらず、その 前後に日本での講演が入っていた私は、わずか2泊の滞 在で公式行事をバタバタ慌ただしくすませ、帰国の途に つかねばならなかった。鳥羽からの交通往復30時間で 滞在はたった36時間、私が旅をするといつもヘビーに なる。実はカモメのように嫌な訪問者とは、典型的なジ ャパニーズビジネスマンである私のことだったのかもし れない…。

  釣りをする子供の後ろに、  行儀よく並ぶカッショクペ  リカン。まるで童話の世界  に迷い込んだような風景だ。  人がおおらかだと動物まで  もおおらかになるのだろう  か。

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(C) 1996 Hajime Nakamura.