RUMIN’s ESSAY


    旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第17回)
      97年8月号(7/15発売)











 

 フェアリーペンギンの ヒナ。体は大きいがまだ 幼児体型で、羽毛も柔ら かい。親は自分の子供を ピーピーと鳴く声で判断 する。
ペンギンの置物
中村 元 
 私はあまり置物などを集める趣味はないのだが、気が つくとペンギンの置物を買ってくるようになっていた。 別にこれといった基準をもって買ってくるわけではなく、 まあこだわっているといえば、手のひらに収まるくらい の大きさのものだけにしているということだろうか。  最初は泥をこねて焼いた程度のものばかりだったが、 いつの頃からか、ペンギンを見るとついつい買わずにい られなくなっていて、たまに高級な工芸品の店で見つけ たりするともう大変だ。クリスタル製やら貴石製など、 次の月の飲み代ががくんと減ってしまうのは必至だから、 真剣に悩む。でも結局は必ず買ってしまうのだ。  ホバートのポートサイドにあるマーケットでも、青銅 製の高価なペンギンを見つけてしまって悩むことになっ た。もちろんタスマニアに住んでいるオーストラリア固 有のフェアリーペンギンをモデルにしたものだ。  このペンギンは世界で最も小さいペンギンで、毎朝群 をなして海に出て魚を追いかけ、夜になると陸の巣に帰 ってくる。私たちも運良く海岸から百メートルも離れた 巣まで行進してくるペンギンたちを見ることができた。  巣はブッシュの中にある。彼らがブッシュの近くまで くると、ブッシュの中からピーピーという声がやかまし く騒ぎ立て始める。彼らのヒナたちが腹を空かして待っ ているのだ。  帰ってきた親たちは、その声を聴くと一段と足早にブ ッシュを目指して駆けていく。きっとお腹の中一杯に魚 を詰め込んでいるのだろう。騒ぎ立てるヒナたちの中か ら、確実に自分のヒナの声を聞き分けて、ダダダダーッ とブッシュに駆け寄って一瞬に消えていくのだ。親が帰 りエサをもらって安心しているのだろうか、そのたびに、 ヒナの鳴き声は少なくなっていく。  いくつかのグループが帰ってきて、もうほとんど騒ぎ 立てるヒナの声が聞こえなくなってきた頃。それでもま だ懸命に鳴いている一羽の声があった。その子の親はま だ帰ってきていないようだ。  次のグループが帰ってきた。そろそろあのグループに その子の親もいるのだろうと思っていたら、そのヒナの 声が突然大きくなった。係官が懐中電灯で照らした方向 に目をこらせば、ヒナがよたよたとブッシュから出てく るのが見えた。  お腹がへって待ちきれなくなったのに違いない。どう やら最後らしきグループの足音を聞きつけて、飛んで出 てきたのだ。  これは親子の対面が撮影できる、うまくいけばこの場 でエサを与えてくれるかもしれないと、私たちはすぐに ビデオを回し始めた。  親たちの集団にヒナは走り寄っていく。ヒナはすでに 親と変わらないほどの大きさになっていたが、羽毛は幼 く歩き方もぎこちなかった。  そのヒナが先頭にきたペンギンに体ごとぶつかってい く。ヒナにとっては待ちに待った瞬間だ。ところが、親 はまったく無視した。ピーピーとそれでもまといつくヒ ナをうるさそうにふりほどいて、ブッシュに飛び込んで いったのだ。そのとたんブッシュの中で別のヒナの声が 歓声のように上がる。どうやらお腹がへりすぎて親を間 違えたらしい。  ヒナは次のペンギンに駆け寄る。ところがこれも無視 される。そして次のペンギンも、次のペンギンも、みん な逃げるようにヒナから離れていく。  最後のペンギンは、立ち止まって困ったような顔をし た。そのペンギンはヒナの必死の声に心動かされるのか、 すぐにはブッシュに入らなかった。しかしどう見ても親 ではないらしい。ヒナは必死にそのペンギンにピーピー と鳴きながらすがりつくが、ペンギンは結局つらそうに 立ち去った。  もうこれ以上親たちが帰ってくるような気配はない。 どうやらこの子の親は今日は戻らなかったようだ。いや 永遠に戻ってこれないことになった可能性の方が高いだ ろう。  ヒナはそのあともピーピーと鳴きながら誰もいない草 むらを歩き、時々間違えては私たちにすり寄ってきたり していたが、いつかまたブッシュの中に消えていった。  結局、青銅製のペンギンの置物は、私の家のペンギン コレクションの中に並んでいる。 そしてその置物を手 に取るたびに、あのヒナのピーピーという声と、困った ような大人のペンギンの仕草が思い出されるのだ。
 海から帰ってくるフェアリー
ペンギンの親鳥。
 あたりは、すでに暗い。


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(C) 1996 Hajime Nakamura.