RUMIN’s ESSAY


    旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (第18回)
      97年9月号(8/15発売)











 

 カモノハシの撮影は、 自然公園局の許可を得て、 担当官の協力を得なけれ ばできない。最近許可を 得たのは鳥羽水族館だけ とのことだった。
奇跡の動物カモノハシ
中村 元 
 タスマニアの海は、潜る度に魅力的な表情を見せてく れたが、実は私の関心は川にあった。オーストラリアの ユニークな動物たちの間でも、超がつく不思議な動物カ モノハシの撮影を狙っていたのだ。カモノハシのユニー クさといえば、それはもう常識では語れない。  10数年前、鳥羽水族館でこんな出来事があった。あ る材木商から、オーストラリアから輸入した材木の中に、 見たこともない動物がいるという電話が入ったのだ。  その動物は「獣のようなのだが、クチバシがついてい て、水かきのついた足でヨタヨタと歩いている」という。  オーストラリアから来た、クチバシのついた獣!そい つはもうカモノハシにきまっているではないか。しかも ヨタヨタ歩いているくらいだから、生きているのだ。  オーストラリアから門外不出の、あの珍獣カモノハシ が勝手に日本にやってきた?電話を受け取った飼育研究 部では、さっそく捕獲メンバーと飼育のための準備をす るメンバーに分かれて、仕事にとりかかった。  駆け出しの飼育係だった私は、図鑑などをひっくり返 して、飼育に必要なカモノハシの生態についての記述を 集めさせられた。  集めながら、カモノハシがいかに不思議な動物なのか が分かってきた。まず、カモノハシは全身に毛が生えた 4つ足の動物、つまり哺乳動物なのである、ところがカ モノハシには、カモのクチバシを大きくしたような、ド ナルドダック風のクチバシがついているのだ。まあそこ までなら、私も知っていた。だからカモノハシって言う んだもの…。  びっくりしたのは、卵を産むということだった。しか も卵から孵ったヒナ、いや赤ちゃんは、ミルクで育てる のだ。その上、ミルクというのがまた、乳首から出てく るような尋常なものではない。乳首はなく、汗腺からに じみ出たミルクが毛の密集しているところに集まり、そ れが乳首代わりとなっていると記されているではないか。  卵を産むカモノハシには、当然子宮はないし、なんと 尿道もない。それで単孔類と呼ばれているのだが、まる で鳥類ではないか。単孔類の仲間は、同じくオーストラ リアのハリモグラだけだ。地球上にたった2種類の、卵 を産んで乳で育てる不思議な哺乳類が存在しているのだ。  いくつかの文献を読み進むうちに、私は早くこの不思 議な動物に会いたくてたまらなくなった。その時、捕獲 係から待ちわびていた電話が電話が鳴ったのだ。しかし その報告は「カモノハシではなく、弱って飛ぶことので きないカモそのものだった…」とのこと。  飼育研究部の中は、しばらくの沈黙の後、爆笑の渦に 包まれた。カモノハシのユニークさとオーストラリアと いう言葉に、その名前の由来となった動物カモを、われ われが勝手にカモノハシに仕立て上げていたのだ。  カモにも材木商にも、だますつもりはなかったのだろ うが、なまじ知識のある飼育係は、それこそいいカモだ ったというわけである。  この話しは飼育研究部で、何か変わった動物を見つけ たという情報が入るたびに、「またカモノハシじゃない のか」と、長い間笑い話に使われていた。  しかしながら、その日の30分の間に読みあさった文 献で、頭の中に超不思議な動物カモノハシに会える期待 が、はち切れるほどに膨れ上がっていた私には、笑い話 ではすまない記憶となってしまっていた。  いつかカモノハシを飼育したい、いや一目見るだけで もいい…。意識の奥底にそう刻まれてしまったのだ。  そんなわけで、今回タスマニアの自然公園局から、カ モノハシの水中撮影の許可を受けたのは、10数年も前 に出したラブレターに、ようやく返事が返ってきたよう な気持ちだったのは分かっていただけるだろう。  すでに何度か、オーストラリアの動物園で飼育されて いるカモノハシに会ってはいたのだが、私の頭の中には、 材木置き場であろうが何であろうが、とにかく地べたや 川をヨタヨタとしているカモノハシがすみついているの だ。自然の中でカモノハシを撮影しなければ意味がない。  タスマニアの海のダイビングポイントを転々とする間 も、ちょっとした川を見つけると、車を止めては、川の 撮影に余念のない私なのだった。
  ハリモグラ。単孔類は、世界
中で、カモノハシとハリモグラだ
け。
 両者とも、卵を産むほ乳動物。


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(C) 1996 Hajime Nakamura.