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2005年7月下旬
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●7月21日(木) 名張市議会事務局からはまだご返事をいただけません。そりゃそうでしょう。なんたってきのうのきょうです。議会事務局といえばもともと多忙なセクションでしょうし、市立図書館嘱託からの一方的な申し出に迅速に対処しなければならぬ筋合いもないでしょうから、こちらとしては気長にお待ちするしかありません。 気長にお待ちするといえば、名張まちなか再生事件のほうはどうなったのでしょうか。 名張まちなか再生プランの目玉とも呼ぶべき歴史資料館構想は、名張まちなか再生委員会の歴史拠点整備プロジェクトと名づけられたチームが担当することになっているのですが、そのチームのメンバー十一人のみなさんは、私には歴史資料に関する知識がどうにも稀薄そうな人たちばかりに見えます。 そこで、名張市役所四階の建設部都市計画室に置かれた名張まちなか再生委員会の事務局で、私は再生整備プロジェクト会則の第五条に則って歴史拠点整備プロジェクトが私の意見に耳を傾ける場を設けてくれと依頼しました。これは私の職業倫理の発露というものであって、乱歩のことを歴史拠点整備プロジェクトのみなさんにきっちり知っておいてもらうことは、名張市立図書館乱歩資料担当嘱託である私にとっては職業的責務にほかなりません。伊達に名張市民から月八万円のお手当をいただいているわけではないのだ私は。 それからもう、かれこれ二十日か。いっこうに反応がないのはいかがいたしたことかしら。お役所のやることは私にはどうにもよくわかりませんのですが、ただまあひとこと申しあげておくとすれば、私の申し出に対する無反応が結果として名張市役所の無能力や無責任や怠慢や不誠実といった印象を際立たせてしまったとしても、そんなことは私のせいではないのだからね。 ではここで、名張まちなか再生事件の現時点におけるハイライト、細川邸リフォーム詐欺事件の現状を確認しておきましょう。乱歩が生まれた新町という町のメインストリートに面して、細川邸というこんな旧家が建っております。 この細川邸をめぐって官民合同によるリフォーム詐欺が、いままさに進められようとしているわけです。 すなわち、名張まちなか再生プランにはこの細川邸を歴史資料館として整備しようという構想が盛り込まれているのですが、展示する歴史資料などまったくといっていいほど存在していません。これは私の憶測独断ではなく、名張まちなか再生委員会事務局がそのように明言しているのですから確たる事実だとお思いいただきましょう。 で、名張まちなか再生委員会の平成17年度事業計画を見てみますと、細川邸整備を担当する歴史拠点整備プロジェクトの計画はこんな具合になってるわけよ。
歴史資料なんてどこにもないのになぜか歴史資料館がつくられる。その事業計画では、驚くべきことに歴史資料の収集についてはまったく触れられておらず、にもかかわらず実施設計や除却解体といった工程はぬけぬけさくさくきっちりこんと組み入れられている。 これはもう明らかに、誰がどう見てもリフォーム詐欺以外の何者でもないではないかと、私はそのように思うのですがあなたはいったいどうお思い? |
●7月22日(金) きのうにつづいて名張まちなか再生事件のリフォーム詐欺の現場からお届けしております。 きのうもお伝えしましたとおり、リフォーム詐欺の舞台である細川邸は名張市の新町にあります。新町のメインストリートは名張川に平行してつづいており、細川邸の裏には近年整備された道路を隔てて名張川が流れているのですが、その名張川沿いの道路から眺めた細川邸はこんな具合になっております。 つまり細川邸の裏には、なじかは知らねどスフィンクスとピラミッドの絵が掲げられているわけ。どうして名張にスフインクスなのか、ピラミッドなのか。 困ったことに、私にはまったく理解できません。細川邸の裏に突如としてエジプトの絵が掲げられねばならなかったその理由が、悲しいことに私にはミジンコの心理ほどにも理解できません。むろん細川邸の関係者が莫迦なのだといってしまえばそれで済む話なのではありましょうけれど、ここまで来ると莫迦だの阿呆だのといった表現ではとても追いつかぬのではないか。 名張とエジプトをこのように手もなく難なく脈絡もなく結びつけてしまう背景には、おそらくは木村鷹太郎的な狂人の論理が要請されることでありましょう。すなわち、これぞまさしく気違い沙汰。細川邸の関係者のなかには少なくともひとり、とんでもない気違いが素知らぬ顔をして紛れ込んでいるようです。いやまあ、気違いというやつはいつも素知らぬ顔をしていることでしょうけれど。 で、このスフィンクスとピラミッドの絵の前にはこんな立て札が立てられているわけです。 言葉を失う、というのはこんな状態のことを指すのでしょうか。私にはもう…… いやいけませんいけません。言葉を失っている場合ではありません。昨日夕刻名張市役所の議会事務局から電話を頂戴し、本日午前10時に事務局にお邪魔して、例の「名張市議会議員のための乱歩講座」の件でちょこっと話し合いをしてくることになりました。気違いの話はまた日を改めて、ということにいたします。 |
●7月23日(土) 昨日午前10時、私は名張市役所二階にある議会事務局を訪れました。で、隣接する委員会室に案内されてソファにふんぞり返り、「名張市議会議員のための乱歩講座」についてひとくさり、事務局長の方ともうお一方、合計二人のスタッフの方にご説明申しあげてきた次第です。所要時間は約十分、ごく簡単な会見でした。 事務局宛7月20日付メールの末尾に、私はこんなことを記しておきました。
名張市役所職員のみなさんはじつによく学習してくださったようです。何から学んだのかと申しますと、いうまでもなく伊賀の蔵びらき事件。あの事件では当時の伊賀県民局長や二〇〇四伊賀びと委員会事務局長といった錚々たる三重県職員の方々が、一県民に過ぎぬ私の質問にいちいちメールで答えてくださったものでした。 そんなことは普通あり得ないのではないか。ではなぜ、と考えてみますに、私は錚々たる県職員の方々への質問を記したメールを自分のサイトですべて公開し、しかもメールの末尾には上のような文章を配することでごく遠回しに回答を強要しておきましたから、錚々たる県職員の方々もネット上の人の目というやつがどうしても気になり、そうすると私からのメールをまったく無視しているわけにも行かず、致し方なくメールによる回答をお寄せくださったというのが真相だったのではないでしょうか。 かりに私が質問をネット上で公開するという手段に拠らず、ただ質問を記した文書を郵送して回答を待っているだけだったとしたら、おそらくどんな回答もいただけなかったのではないかと推測される次第です。まさしくインターネットは気違いに刃物。つかいようによっては無力無名で何の後ろ盾も持たぬ私のごとき一県民でも、錚々たる県職員の方々の回答を引き出すことが可能だったというわけです。 いや厳密に申しますと、事務局長の方は途中からうんともすんとも答えてくださらなくなり、そこで私は伊賀の蔵びらき事業オフィシャルサイトの掲示板に舞台を変更して回答をお願いしたものでしたが、それでもただの一度もお答えいただけないまま、ある日突然掲示板が閉鎖され過去ログが封鎖されるという前代未聞の言論封殺事件が発生するに至りました。事務局長の方はそのときも、と申しますかずっと変わりなく梨の礫をつづけていらっしゃいましたけど。 いや、いやいや、思い出しました。勘違いしておりました。事務局長の方からは掲示板閉鎖のあと、ずいぶん時間が経ってからある件の回答を頂戴いたしましたっけ。事務局長の方は県の生活部から事務局に出向していらっしゃったわけですが、私がある件でこれこれこの話はいったいどうよと生活部に回答を求めましたところ、たぶん生活部の錚々たる方々から事務局長の方に三重県名物丸投げ指令、おまえこの質問に回答しとけやとの指示が出たらしく、事務局長の方がいやいやながら私に回答をくださったと、そんなこともありましたっけということを私は想起いたしました。 ああそうだそうだ。このときの回答がまたえらい噴飯ものでしたっけ。私の質問に対して、その件に関しましては以前にもお答えいたしましたのでそのときの回答をまんま再掲いたします、みたいなこといって以前の回答とやらをコピー&ペースとし、と見せかけながらじつは自分に都合のいいように文章に改竄を加えるという小細工に及んでくれたわけですね、この錚々たる県職員でいらっしゃる事務局長の方が。 そんなものはあなた、以前の回答というものが私のサイトで全文公開されているのだから、それと突き合わせればてめーがどんな姑息陋劣な細工を施したかなんてことは一目瞭然ではないか。そんなことにも思いが及ばんのか。要するにこの三重県というところでは、他人の言であれ自分の言であれ、言論というものが紙一枚ほどの重みも持っていないわけです。だから掲示板の閉鎖や過去ログの封鎖などという言語道断な行為が普通にまかり通ってしまうわけなんです。ろくなもんじゃねえなまったく。 いやいけませんいけません。ついつい昔話に身が入りすぎてしまいました。詳しい経緯の説明はここいらまでとしておきますが、とにかく県民局長や事務局長が私の質問を受けてメールで答えてくださるということはあったわけです。その結果、どういうことが明らかになったか。錚々たる県職員の方々のつむりの出来がじつにどうにもよろしくない、という事実がインターネットを通じて白日のもとに晒されました。こんな手合いを税金で養ってるのか、と私は慨嘆せざるを得ませんでした。こいつらはどこからどう見てもただの莫迦ではないか。 それはまあ事業や組織そのものにすこぶる問題があったわけなんですから、その核心を衝いた私の質問にまともに答えようとすればするほど回答がしどろもどろになってしまうのは無理からぬところだったのでしょうけれど、それにしても回答にも何もなっていない、なんともひどい回答は私をうんざりさせ辟易させるに充分でした。回答はそのままこの名張人外境に掲載しましたから、結果として三重県職員の方々の低劣なるレベルなんてものがネット上に公開されてしまったという寸法です。 ここで私が推測いたしますのは、名張市職員のみなさんはこの伊賀の蔵びらき事件から、メールで回答を要請されても電話で済ませるべし、文章の形で証拠を残すべからず、みたいなことを学習してくださったのであろうなということです。いやー、優秀優秀。 名張まちなか再生事件における都市計画室。 道頓堀集団二十面相事件における議会事務局。 私がメールを送ったこれらのセクションからはいずれも電話で連絡があり、どちらからもメールで返事をしなかったことに対するエクスキューズが入った、という一連の流れから勘案いたしますに、名張市職員のみなさんは伊賀の蔵びらき事件からいろいろなことを学習してくれたらしいな、という推測が成り立つように思われます。 ですから私はきのう、名張市役所二階の委員会室において、メールに関する事務局長さんのエクスキューズにこのようにお伝えしておきました。 「三重県職員はあほやゆうことが伊賀の蔵びらきでバレましたからね。私の質問にメールで答えて、それをそのままネット上で公開されて、それであほやゆうことがバレましたから、まあメール出さんで済むんやったらできるだけ出さんほうがええと思います」 ただし、名張市に対していずれ文章の形で回答を求めるケースも出てくるかもしれません。そのときには名張市職員のみなさんもですね、文書は許して、喋りでお願い、なんてそこらの三重県知事みたいな情けないことはおっしゃらずに、きちんとご回答いただきますよういまからお願い申しあげておきましょうか。 |
●7月24日(日) そんなような次第で、私は7月22日午前10時に名張市役所二階の議会事務局を訪れたわけです。メールで返事するのがいやだとおっしゃるのなら電話で済ませていただいても結構なわけですし、それに名張まちなか再生事件における都市計画室といい、道頓堀集団二十面相事件における議会事務局といい、私が自分の申し出に対する返答を得るためにこちらから進んで市役所まで足を運んだわけなのですから、私にはみずからの足労を厭う気持ちなど毛頭ないのだということはおわかりいただけることでしょう。 しかしあれですね、私が何かを質問し、その返事を聞くために市役所に足を運ぶ、みたいなことをくりかえしていると、お役所というのはやはりお上意識を濃厚に残存させているところなのだな、人を呼びつけて意向を伝えるのがいってみればお役所のデフォルトであるのだなと、そんな勘違いをしてしまう人も出てくるかもしれません。私にはみずからの足労を厭う気持ちなどまったく毛頭ないだけに、こうした些細なことで名張市役所によからぬイメージがまつわりついてしまうことを懸念しないでもないのですが、たとえそうなってしまったとしても、そんなことは私のせいではないのだからね。 そんなことはどうでもいいとして、肝腎の用件はどうであったかと申しますと、まず九割方は7月20日に事務局へ送った「乱歩講座開催について」という文書の内容をくりかえすことに終始しました。たとえば講座の時間はどうか内容はどうか、そんなことはすべて文章に書いて提出してあるのだから相手に理解してもらっているはずだと思い込むのは間違いであったようです。このあたり、意味もなく時間と人手をかけてしまうお役所の体質がおのずからにじみ出ているということなのかもしれません。 さて残り一割。これは向こうからの確認でした。議会事務局に市議会議員のための乱歩講座開催要請が寄せられたということは、すでに議長の柳生大輔さんにはお伝えしてある。開催についてはこれから検討するところであるが、議員各位はそれぞれにお忙しい身であるから、たとえ講座を開催しても何人の方にご参加いただけるか、それは保証の限りではない。みたいなことでしたから、私は「たとえ一人でも私の話を聞いてやろうという方がいらっしゃるのでしたらいくらでもお相手させていただきます」とお答えしておきました。 で、これはとくに力説しておいたことなんですが、むろん「乱歩講座開催について」にも記しておいたことでもあるのですが、名張市議会議員が乱歩作品の登場人物に扮してよその土地で名張をPRする場合、議員各位は乱歩と名張に関する最低限の知識を持っているべきであろうと私は考えるわけです。そうでなければ、つまり何の知識もなしにただ大阪へ行って怪人二十面相の衣装をつけてそこらをうろうろしてくるというだけでは、そんなもの猿回しの猿以上のものではないではないか。 ──要するにあれか、名張市民は高い金出して猿回しの猿を二十匹も飼ってるとそういうわけなのか。 とまでは私は申しませんし、名張市議会議員には乱歩に関する知識なんか必要ないという考え方があるとすれば、私はそれを頭ごなしに否定するものでもありません。あるいは、知識は必要であるが市立図書館嘱託に教えてもらわなくたって議員がそれぞれ身につければいいではないかという考え方も当然ありだと思いますけれど、私はいま述べましたような考えを持ち、市立図書館の乱歩資料嘱託という立場にある人間なんですから、そういった考えと立場に基づいて市議会議員のみなさんにこのような申し出をしているわけなのであって、あとは私の提案を諒とされるのかされないのか、議員各位のご判断に俟つしかないといったことになっておる次第です。 さて、親愛なる名張市議会議員のみなさん。あなた方は人間ですか、それとも猿回しの猿ですか、みたいなことを申しあげる気は私にはまったく全然ちっとも毛頭ないのですから、くれぐれも誤解はなさいませんようお願いを申しあげておく次第です。では議会事務局からの吉報を待ち侘びつつ、本日はこれにて失礼いたします。 |
●7月25日(月) 月曜日となりました。その後、進展はありません。何の進展なんだか、ここでちょっと整理しておきましょう。 まず名張まちなか再生事件。 この事件で私がいちばんに問題視しているのは、申すまでもなくろくな歴史資料もないのに歴史資料館をつくるなんて変ではないかということであり、そのことはもちろん名張まちなか再生委員会の事務局にお伝えしてあります。歴史資料館なんかつくるな、というのが私の意見です。しかしまあ、もしも歴史資料館なんてものが整備されるのであれば当然乱歩関連資料も展示されることになりますから、ならば私の出番だ、委員のみなさんが歴史資料館整備構想を検討されるに際しての基本的知識として乱歩のことをいろいろ教えてさしあげたいと思いますので、そうした機会を設けてくださいなと事務局に申し出てあるというのにいっこうに音沙汰がありません。すなわち現在は先様のリアクション待ち。 つづいて道頓堀集団二十面相事件。 事情は似たり寄ったりで、名張市議会議員が二十面相のいでたちで名張のPRにこれ努めてくれるとおっしゃるのであれば、せめて先生方に乱歩と名張の関係について最低限の知識は身につけておいてほしいものだと私は考えておりますので、やはり私の出番だ、当方が講師を務めますから議員先生にお集まりいただいて乱歩講座を開催してくれんかねと僭越ながら議会事務局に申し出てみました次第。これもまた先様のリアクション待ちの状態です。 ところで読者諸兄姉は、日本テレビ系列で放映されている「世界一受けたい授業」というバラエティ番組をご存じでしょうか。おととい23日土曜日夜の放送をご覧になった方はいらっしゃるでしょうか。私はたぶんウイスキー飲みながらプロ野球オールスター第二戦を観戦していたはずで、「世界一受けたい授業」のことはちっとも知らなかったのですが、この番組で伊賀市が紹介されていたというお知らせのメールをある方からいただきました。 番組のオフィシャルサイトを閲覧してみたところ、23日放送分でたしかに伊賀市が取りあげられたようです。「唐沢俊一先生の“日本列島雑学の旅”」というコーナーで「三重では4月になると公務員が忍者になる」という雑学が紹介され、「これは忍者の里として有名な三重県の観光キャンペーンの一環として行っているものです」との説明がなされていたことがオフィシャルサイトから知られます。 「三重県の観光キャンペーン」というのはじつはいささか意味不明で、これは三重県ではなく伊賀市の観光キャンペーンであろうと思われます。と申しますのも伊賀市、というより旧上野市では毎年春に忍者をテーマにした観光イベントが開催されており、その一環として「公務員が忍者になる」こともあったように記憶しておりますので、「世界一受けたい授業」で紹介されたらしい忍者が出てくる映像も、旧上野市の試みが伊賀市に継承されたものであろうと私は認識しております。 で、ふと「【忍者】伊賀市ってどうよ!?PART2【芭蕉】」という掲示板のことを思い出し、ちょこっと覗いてみたところ、案の定この番組のことが話題になっておりました。関連の投稿を引用しておきましょう。
「忍者公務員&忍者市長」というのは、春の観光キャンペーンで忍者装束に身を包んだ伊賀市長が新卒採用職員に辞令を交付したり、同じく忍者姿の職員が庁内で普通に仕事をこなしていたり、といったことを指していると考えていいでしょう。 この三件の投稿をそのまま信用するならば、81番の投稿者は伊賀市民、83番は四日市市民、85番は居住地不明なれど父親または母親が伊賀市出身者、といったことになるでしょう。この三人に共通しているのは、伊賀市の市長や職員が忍者の恰好をしてメディアに登場するのは伊賀市の恥を全国に広めるようなものだ、という認識であろうと思われます。 みたいなところで時間がなくなりました。あすにつづきます。 |
●7月26日(火) まずは新規開設サイトのご案内を一件。 「陰獣」の挿絵などで乱歩ファンにもおなじみの絵師、竹中英太郎をテーマにしたサイトが襟裳屋さんの手で開設されました。「挿絵畫家 竹中英太郎」がそれ。個人サイトとはいいながら、英太郎の著作権継承者でいらっしゃる「湯村の杜 竹中英太郎記念館」の金子紫さんから画像掲載の許可を得て運営される本格派王道路線のサイトです。ぜひお運びください。 さてきのうのつづき、つまり市長や職員が忍者姿でメディアに露出することを伊賀市民が恥ずかしがっているらしい件についてですが、逆に手放しでそれを喜び快哉を叫んでいる伊賀市民だっていらっしゃることでしょう。 早い話、「【忍者】伊賀市ってどうよ!?PART2【芭蕉】」に「また全国に恥をさらしてしまった」との嘆きを寄せられた投稿番号81番の方だって、むろんのこと気恥ずかしさは覚えつつも、心のどこかにはメディアへの伊賀市の登場を嬉しく思う気持ちもおありなのではないでしょうか。そもそも本当に心底死ぬほどの恥ずかしさを感じてしまった人間なら、いくら匿名の電子掲示板であるとはいえ、わざわざ投稿してその恥を晒すような真似はしないのではないかとも愚考される次第です。 ただまあ、伊賀市におけるこのような忍者の扱いを、いやもう活躍と呼んでおきましょうか、伊賀市におけるこのような忍者の活躍を、いやいっそ跳梁と表現してみましょうか、伊賀市におけるこのような忍者の跳梁を一般の人間がメディアで知った場合、伊賀市に対していったいどのような印象を抱くのかといったことだけは、伊賀市関係者各位はあらかじめ想定しておかれたほうがよろしいのではありますまいか。 端的な例を引いておきましょう。伊賀市、というよりは旧上野市の市議会議員の先生たちが海外視察でイギリスを訪問されたときのことです。記憶だけに頼って記しておりますので事実誤認があるかもしれないのですが、なにしろ忍びの里の議員さんですから先生たちは抜かりなく忍者装束を持参していた。で、どこかの博物館でしたか何でしたか、とにかく公共施設に忍者姿で入場しようとしたところ、駆け寄ってきた施設のスタッフに両手をあげて制止されてしまいました。 「スパイの恰好で入場していただいては困ります」 というのがスタッフの言い分です。 そこで先生たちはおもむろに臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前と九字の印を結んだあと、 「忍者に関して一知半解の知識しか持たぬ輩が何を申す。そもそも忍者の淵源を尋ねるならば、わが日本国最初の国史である日本書紀にそのしるしあり。畏れ多くも聖徳太子が……」 と忍者の歴史を滔々と説き去り説き来たって倦むことを知らず、さらには、 「しかるにそこもと、スパイを蔑視し差別するとは女王陛下の007号を擁する大英帝国人士の言とも聞こえぬ。いかなる理由で忍者を排除なさるのか、とくと存念をお聞かせくだされ」 とスタッフに詰め寄ったというのならまだ話は面白いのですが、実際にはすごすごと着替えを済ませて背広姿で無事入場されたとのことでした。先述のとおり記憶だけに頼って記しておりますので、当方に事実誤認があればご教示いただきたく存じます。 といったエピソードももう、かれこれ数年前のことになりましょうか。数年前だから単なる笑い話で済んだわけですが、いまのイギリス、同時多発テロで全身の神経をぴりぴりさせているイギリスでこんな茶番をくりひろげた日にはあなた、いきなり私服警官に取り押さえられたあげく至近距離から頭部に銃弾五発ほど、まず間違いなくぶち込まれてしまうことになるでしょうから気をつけなければなりません。 つまり私が何を申しあげたいのかと申しますと、いつもいってることですけど、視点を外在化させてものを考えろということです。相手がそこらのお子供衆なら、忍者の恰好をしてみせるだけで喜んでくれるかもしれません。しかし世の中はお子供衆ばかりで構成されているわけではありません。 報酬と引き換えに諜報や攪乱、ときに破壊や暗殺といったダーティジョブを一手に引き受けた集団であるという忍者の実像だってある程度は浸透していることでしょうから、そうしたイメージを引き受けることも承知のうえで忍者の恰好をしているのかね君たちは。つまり、どうせ忍者の恰好をするのなら、すなわちいわゆるアイデンティティの表象として忍者装束を身にまとわれるというのであれば、忍者の歴史くらいひととおり勉強なさってはいかがなものかと私は思ってるわけです。 そうでなければ、つまりただイギリスへ行って忍者の恰好でそこらをうろうろしてくるだけでは、そんなもの猿回しの猿以上のものではないではないか。 ありゃま。似たようなことはつい最近も申しあげたことがあるような気もするのですが、気にすることなくあすにつづきます。 |
●7月27日(水) ごく一般的なところを想像してみるならば、伊賀市長が忍者装束で新人職員に辞令を交付するの図、なんて映像がメディアで広く紹介された場合、それを目にした人間の多くは失笑を洩らしてしまうのではないでしょうか。驚いたり呆れたり逆に感心してみたり、なかには伊賀市へ行ってみたいなと思ってしまう人もあるでしょうけれど、やはり失笑派が最大多数を占めるのではないかと想像されます。 「【忍者】伊賀市ってどうよ!?PART2【芭蕉】」の投稿番号81番の方も、テレビ視聴者のそうした失笑が推測されたからこそ、「また全国に恥をさらしてしまった」と思わざるを得なかったのでしょう。げんにこれまでの経験から申しましても、ということは私には、伊賀市、というよりは旧上野市では市長が忍者の恰好でこんなことしてるんです、とよその土地の人に話をする機会がたまにあるわけなのですが、これまでの経験から申しますと相手の反応は見事なまでに失笑派一色に塗りつぶされておりました。 いちばん反応がよかったのは、あれはもう何年前のことですか、旭堂南湖さんの探偵講談池袋公演が行われたのが2002年11月2日のことでしたから、その少し前、10月下旬のことだったと記憶いたします。たしかその年の日本シリーズ初戦の日であったか。とにかく私は三重県津市のなんとかいうホールでやや短めの講演を行いました。乱歩にはまったく関係のない話で、旧上野市出身の田中善助という実業家がテーマです。 ですからまず旧上野市のことを紹介しておいたほうがいいだろうと考え、上野は忍者のまちだから上野市長はときどき忍者の姿になるでござるの巻、みたいな話をしたところ予想以上の大受け。失笑どころではなくかなりの爆笑が返ってきて、いささか驚きながらもやっぱおかしいんだなあれは、笑われてしまうんだなやっぱり、と妙に得心されたことをよく憶えております。 ただまあ、それでもいいだろうと私は思うわけです。上等じゃないの。笑われようが何しようがメディアに取りあげてもらえれば勝ち組、みたいな考え方もあっていいはずですし、その意味では狙いどおりに取りあげられているのですから、伊賀市のメディア戦略はなかなか結構なものであると申しあげるべきなのかもしれません。 ただし、世の中にはやっていいことと悪いことがあります。旧上野市の忍者議会、あれはいけません。あんなものはペケである。どこがどうペケなのかと申しますと、いやいや、これはもう過去に一再ならず指摘してきたことですからこれ以上の言を重ねるのはやめておきましょう。 適当なところを見つくろって、昨年12月発表の傑作漫才「伊賀市地名考」からの引用で済ませます。
どこがどうペケなのか、といちいち説明するまでもなく、議会てそんなもんとちゃうやん、というのは小学生にもよくわかる道理のはずです。 これを国政レベルで喩えるならば、外つ国から本邦への観光客を増やすための海外メディア向け戦略として、たとえば党首討論の場でいっぽうがサムライ、いっぽうがゲイシャに扮して丁々発止と渡り合う、なんてことをやってはいかんでしょやっぱり。忍者議会ってのはそれに近いものだと思うわけです私は。ご異議のある方はお気軽にご反論ください。 |
●7月28日(木) ここで伊賀市、というよりは旧上野市の名誉のために記しておきましょう。 議会側であれ理事者側であれ議場にいるすべての人間が忍者装束に身を包み、しかもその装束はたしか男性と女性で色を変えるというジェンダーフリー論者が聞いたら身をよじらせて激怒するような手の込んだ趣向まで盛り込んで開会された旧上野市の忍者議会は、結局のところただの一日しか日の目を見ることがありませんでした。たぶんそのはずです。 さすがにこれはまずかろう、という自省の念が議会内部に生じたのか、それとも外部から何らかの働きかけがあったのか、そのあたりの事情は窺い知ることができないのですが、旧上野市の忍者議会がただ一度だけの過ちにとどまったのは喜ばしいことです。まずは重畳。 その過ちをおまえはどうして何度も何度もくどくどと咎め立てするのはなぜ? とお思いの方もいらっしゃることでしょうが、こんな面白いネタはめったに転がってるものではありません。これが見捨てておかりょうか、ってやつですか。ですから私には、「【忍者】伊賀市ってどうよ!?PART2【芭蕉】」の投稿番号81番の方の心理がとてもよく理解できるような気がいたします。つまり恥ずかしい、でもなんとなく嬉しいかも、と81番の方が感じていらっしゃるらしいのと同様に、私の心のなかでも勘違い市議会に対して、そんな莫迦なことやっちゃいかん、でも面白いからやってほしい、という背反した心理がせめぎ合いを演じているというわけです。 そうした心理は傑作漫才「伊賀市地名考」にもまざまざと表れており、私は忍者議会を否定しながらコスプレ議会を慫慂するという矛盾した態度を表明しております。コスプレ議会ってのは、まあこんなものなのですが。
何度読んでも面白い。腹を抱えて笑ってしまいます。 いやそれはいいのですが、いまふっと気がつきましたことに、私の傑作漫才「乱歩文献打明け話」が人気を呼んでいた季刊地域雑誌「四季どんぶらこ」は、もしかしたら休刊ないしは廃刊ということになってしまったのでしょうか。版元の市民グループ「どんぶらこ協和国」からはまったく音沙汰がないのですが、なにしろいっこうに刊行されないのですからそういう事態に追い込まれたと考えるしかありません。 いやまいった。気がつくのが遅すぎだけど、とにかくまいった。もしも休刊または廃刊になったのだとしたら、伊賀地域におけるたったひとつの権力批判の牙城が姿を消してしまったということになるではありませんか。何も「四季どんぶらこ」そのものが反権力の砦であったということではないのですが、八年ほどつづいていた私の連載こそは抜けば玉散る体制批判のおっぺけぺ、それをそのまま掲載するというなかなかに骨のある雑誌ではあったわけですが、気骨だけでは経営難に勝てなかったというわけでしょうか。いやまいった。 |
●7月29日(金) 世の中には二種類の人間が存在しています。人の進言に耳を傾ける人間とそうでない人間、この二種類です。同じように、自治体にもふたつの種類があるのかもしれません。住民の提言をできるだけ生かそうとする自治体と、頭から抑圧してしまう自治体。伊賀の蔵びらき事件で見るかぎり、三重県は明らかに後者です。ことにも知事に至っては、住民の真摯な意見を雑音と切り捨てて顧みない。あげくの果ては、明らかな言論封殺を黙認して平然としている。 三重県、終わったな。 いっぽう名張市はと申しますと、名張市民である私が申しあげるのも出来試合めきますが、これはなかなかのものなのかもしれません。なんとなれば、きのう議会事務局から電話でお知らせいただいたところによりますと、かねてお願いしておりました乱歩講座、正式に開催していただける運びとなったからです。 名張市という自治体には三重県とは異なり、住民の提言に耳を傾ける度量と申しますか、襟度と申しますか、懐の深さと申しますか、そうしたものが具わっているのかもしれません。むろん時と場合によってケースはさまざまでしょうが、少なくとも私の乱歩講座開催要請に対する市議会側の判断に関して申しますと、他者から寄せられた正当な批判をこそしるべの杖にしようという名張市の基本的なスタンスがここに明瞭に示されていると、そのように申しあげてもいいのではないでしょうか。いくないでしょうか。 とにかく日程をご覧あれ。
つい最近まで「名張市議会議員のための乱歩講座」と称していたにもかかわらず、この期に及んで現金にも「の先生方」という言葉をしゃあしゃあ補っているあたり、市議会の健全さを肌身にしみて感じた私の手放しな喜びようが窺えることでしょう。とはいうものの、「の先生方」という語句の挿入によっていよいよ濃くなりまさる揶揄のかげろいを何としょう。ええしょんがいな。 といったところで話題を中断し、お知らせを一件。こんな本が出ました。 石塚公昭さんの『乱歩 夜の夢こそまこと』です。本サイトをご閲覧の諸兄姉にはすでにおなじみの人形+写真作品が、カラー写真満載のハードカバー一巻にまとめられました。「怪人二十面相」や「黒蜥蜴」をはじめとした乱歩作品九篇が、まさしく夢にしてまこと、まことにして夢、しみじみともの懐かしいリアリティを帯びて読者に迫ります。乱歩ファンならお見逃しなく。版元はパロル舎。A5変型判、百三十五ページ、本体二千円となっております。 来年の日本推理作家協会賞評論その他の部門はこれで決まりだ。 あ。日本推理作家協会賞の今年の選評をおちょくってやる作業が中断したままでした。えーいどうしよう、と悩みつつ石塚さんがらみでもうひとつお知らせを。
ついでにもうひとつ。
要するに明30日の夕方、松阪屋名古屋本店六階の会場に集合して、それから近所でビールでも、というじつにいい加減なプランのですが、名古屋および近郊にお住まいの方は、よろしかったらどうぞお集まりください。 |
まず、きのうお知らせするべきところうっかり失念してしまった名古屋方面情報を一件。
つまりあしたのことです。お近くの方はにぎにぎしくご殺到ください。 つづきまして、きのうも少しばかり触れました第五十八回日本推理作家協会賞選評部門の選評の件、6月30日付伝言に「いずれも丙丁つけ難し」と題した選評を書き始めたままで中断しておりました。 つい先日、天城一さんから「日本推理作家協会会報」7月号をお送りいただきました。日本推理作家協会賞の選評が掲載されているから読んでみなさい、なんだか訳のわからんことになっておるぞ、といった内容のおたよりもお添えいただいてありました。 むろん私は「オール讀物」7月号で選評には目を通してあったのですが、何かというと日本推理作家協会賞の堕落をあげつらうのが天城さんと私の最近の習いとはなっており、私はまああれです、宮部みゆきさんが『不時着』に関して「この作品を顕彰することのできる推理作家協会賞を誇りに思います」とお書きになっているあたりに、この賞の現時点での内実が宮部さんらしい素直さで表現されているのではないでしょうか、みたいなことを記して天城さんへの返信といたしました。 ということはすなわち、第五十八回日本推理作家協会賞選評部門には宮部みゆきさんをお推ししてもよかったのですが、と申しますか宮部さんこそは天にも地にも隠れなき大本命であったわけなのですが、私は敢えて藤田宜永さんに一票を投じました。なぜかと申しますに、藤田さんの選評には『子不語の夢』に関して「他の選考委員から、誰に賞を渡すのか分からない作品という意見が出て、受賞は見送られた」と書かれてあったからです。選考委員が自分たちの無能をここまであからさまに表明してくれているのですから、人としてそれに食いつかぬわけには行かぬであろうが。 で、私の選評「いずれも丙丁つけ難し」は宮部さんと藤田さんの選評を評するあたりがヤマとなり、井上ひさしさんの選評を論ずるくだりがシメとなります。私の選評はジャンル意識というものを隠しテーマとしているのですが、そうした観点から申しますと井上さんの選評はジャンル意識など微塵も見当たらぬナイーブな一篇。ですから私の選評は井上さんに対してたいそう冷淡で、この評者にはしばらく執筆活動を中断し、憲法九条を死守する活動に専心することを勧めておきたい、それによって大きな視野や深い思考力を養うことができるのではないか、とアドバイスすることになっております。 しかし長すぎたインターバルのせいで書くのが億劫になってしまいましたので、「いずれも丙丁つけ難し」は上記のとおりアウトラインをお知らせするだけで闇から闇に葬ることにいたします。たぶん井上さんの「東京セブンローズ」を何なんだこのろくに伏線も拾えていない不恰好な小説は、みたいにこきおろすシーンなんかもあって結構面白いものになったであろうなと思い返される次第なのですが、とにかくそういった次第で第五十八回日本推理作家協会賞選評部門の話題を終えることにいたしましょう。 |
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