2005年12月中旬

●12月12日(月)

 名張市立図書館ミステリ分室の話題ですが、はたしてそんなものが必要なのかどうか、イエスかノーかで尋ねられれば、必要な施設ではまったくないと答えるしかありません。ミステリ分室の開設を要望する市民の声に関しましても、仔細はわかりかねますものの、そんなものはおそらくまったく存在しないと見ていいでしょう。

 もっと本質的なことを申しあげれば、名張市が乱歩という作家のために税金をつかわなければならぬ理由もありません。単にたまたま生まれたというだけで、乱歩と名張はほぼ無縁ですし、それ以上に、どうせろくなことはできぬではないかと高をくくる気持ちも私にはあります。念のために附言しておけば、名張市民だからといって乱歩作品に親しまねばならぬ道理もない。だからもう何もすることはない、名張市は乱歩から手を引いてはどうかと、私は以前からそのように主張している次第です。だいたいお金もないことだし。

 しかしながら、名張まちなか再生プランの例からも容易に察しがつくとおり、名張市のPRのために乱歩を利用したい、利用しなければ損である、みたいな認識が最近の名張市ではなぜか急速に一般化しているように見受けられます。私にはそうした考えを否定する気はありませんが、もとよりそれに与するつもりもありません。いつも同じことばかり申しあげて恐縮ですが、乱歩を利用するなら利用するでおまえらもうちょっと乱歩作品を読まんかこの莫迦、と苦々しい思いを噛みつぶすばかり。

 とはいえ、このままほっといたら乱歩がらみで無駄なハコモノができてしまうことにもなりかねません。だとすれば、名張市のために乱歩を利用すべきだという一般的認識に対して望ましい方向性を明示してやるのが自分の役割だろう。私は傲慢不遜にもそんなふうに弁えておりますので、内容空疎な歴史資料館なんかつくってリフォーム詐欺をやらかすよりは、ミステリをこよなく愛した乱歩が生まれた新町という町に市立図書館のミステリ分室を開設するほうがはるかに垢抜けているではないかと提案しているわけです。

 要は名張市の覚悟の問題です。これまでずっとそうであったように、乱歩に関して上っ面を飾るだけでこと足れりとするのであれば、たとえミステリ分室を開設したところで無意味なものにしかならぬでしょう。手近な例で申しあげれば、名張市立図書館に乱歩コーナーをつくって乱歩の遺品や著作を気持ちだけ展示してみました、というのが上っ面を飾ってこと足れりとする態度であるのに対し、そんなことじゃ駄目だろうと、乱歩の著作を専門的に集めてる図書館なんて世界にひとつしかないんだからちゃんとしたサービスを提供しなければ嘘だろうと、乱歩をテーマとして図書館なら図書館という施設が生きて動いてゆくのが本当だろうと、そのように考えて乱歩の書誌をつくってみたりするのがまっとうな考え方というものなのであって、そこまで踏み込んでやるのであれば税金をつかう甲斐もあろうということです。

 つまり、イエスかノーかで普通に考えれば必要がないと判断される施設であっても、名張市が本気になって覚悟を決めればそれは必要な施設だということになります。と書いただけではおわかりいただきにくいか。つまりどうしても必要ではないからといって、絶対に不必要であるということでもない。名張市が市立図書館ミステリ分室にどれだけの価値と可能性を見いだせるか、どれだけの有益性や公共性を見いだし、名張市独自の施設として位置づけられるか。まずはそこらあたりが勝負でしょう。名張市が乱歩の生誕地であるという事実を行政がよく内面化し、そのうえで全国にも例を見ないミステリ分室を開設して市民とともに誇りをもって運営できれば、それは名張市を象徴する施設にさえなるはずです。

 ついでに市民要望に関して申しあげておけば、そんなのはなくて当たり前。名張市立図書館の地下書庫にどんな図書が死蔵されているのか、市民はまったく存知しておりません。もしもそうした事実を説明し、そのうえでミステリ分室の開設を提案すれば、名張まちなか再生プランの一環として新町に残る民家と市立図書館に眠る書籍を再生させる構想には、少なからぬ数の市民が賛意を示してくれるのではないかと思われます。


●12月13日(火)

 名張市立図書館のミステリ分室構想を耳にした人のなかには、名張市はどうしてミステリを優遇するのかとお思いになる方もいらっしゃるでしょう。どのようにお答えすればいいのか。名張市は江戸川乱歩の生誕地であり、地方都市としてのアイデンティティを乱歩が愛したミステリという文芸ジャンルに発見したからである、とでもいったことになりましょうか。

 むろんこれは、自治体としての主体的な選択、自主的な判断にほかなりません(選択や判断はいまだなされておりまけんけれど)。当節は日本全国、「官から民へ」だの「大きな政府から小さな政府へ」だのの大合唱がかまびすしく、それも時代の流れで致し方のないところなのですが(いずれ揺り戻しも来るはずですけど)、こんな玉葱の皮剥きのようなことばかりつづけていると、いつのまにか地方自治体としてのアイデンティティが見失われてしまうのではないかという危惧が私にはあります。

 私が名張市に提出したブリックコメント「僕のパブリックコメント」には、名張市が「乱歩が生涯をかけて愛した探偵小説を大事にするまちであっても少しもおかしいことはないんです」という主張が出てきますが、名張市が地方自治体としてのアイデンティティの拠りどころのひとつをミステリに見いだし、ミステリを大事にするまちを目指すのは少しも不思議なことではありません。玉葱の皮をどんどん剥きつづけていっても名張市が「ミステリを大事にするまち」でありつづけることは可能で、それが果たせればそれこそが名張市の名張市たるゆえんであるということにもなるでしょう。

 むろんこれは、どうしてもそうする必要があるという話ではありません。私は単にプランを提示しただけであり、それを採用するかどうかはあくまでも名張市の主体的な選択、自主的な判断に委ねられています。しかし間違いなくいえるのは、名張旧町地区の再生であれ細川邸の活用であれ、あるいは乱歩というビッグネームを名張市のPRのために利用することであれ、どんなプランだって名張市の全体的な将来構想に緊密に照応し、プラン相互にも密接な連携が見られなければならないということです。しかし現実には、お役所という縦割り組織のなかですべてがてんでんばらばらに進められ、しかもその場の思いつきで上っ面だけ整えればそれでおしまいとするプランばかりが横行しておる。

 こんなことじゃとても無理だんべ、と私は思うわけです。まともなことは何もできねえべ。お役所も駄目なら市民も駄目。実際ろくなやつがおらんからなこのあたりには。だから乱歩から手を引くのが一番だと私は主張しているわけなのですが、ついでだからもうちょいつづけましょうか。

 名張市立図書館ミステリ分室では、むろん利用者入館者の別け隔てをするわけではまったくないのですが、とくにお子供衆を大切にすることには努めたいと思います。基本的には新刊は購入しない方針ではありますが、いわゆるジュブナイルはある程度体系的に買い揃え、少年少女にたっぷり提供するべきでしょう。サッカー少年や野球少年のために競技施設を整備するのと同様に、本人がその気になりさえすればミステリを読むということに関していくらでも贅沢ができる場を提供する。それくらいのことはしたいものです。

 名張市で生まれ、げんに育っている子供たちのなかにも、いずれ名張市を見捨ててよその土地に生活の場を求める子は少なからずあるでしょう。名張市に住んでいる両親がはかなくなってしまえば、名張との縁はいよいよ薄くなるかもしれない。それはそれで仕方のないことではありますが、そうであるのならばなおさら、彼らが自分の生まれ故郷を思い出したとき、あるいは人に説明するときに、自分は江戸川乱歩が生まれた名張市で生まれた、名張市はミステリをとても大切にしていて、乱歩が生まれた新町にはミステリ専門の図書館もあった、自分もその図書館でミステリ小説やミステリ漫画をたくさん読んだ、そのときのどきどきわくわくした気持ちはいまも憶えている、名張ってのは別にどうということもない小さなまちだったけど、なかなか酔狂で面白いとこだったな、みたいなことをちらっとでも脳裡に浮かべてくれたならば、名張市立図書館ミステリ分室構想の提案者として幸甚これに過ぎるものはありません。


●12月14日(水)

 さあきょうも夢を語ろう、見果てぬ夢を、みたいな感じになってまいりましたが、名張市立図書館ミステリ分室はとにかくお子供衆を大事にして運営を進めたいと思います。ジュブナイルのラインナップに関しましては、ミステリ関係あるいは児童文学関係の識者の方にお力添えをいただいて決定することになります。

 「ホームズはやっぱ山中峯太郎っしょ」

 みたいな実現の難しいアドバイスを頂戴したらどうしようかとも思うのですが、親身になって相談に乗ってくださるその筋の方は少なからずいらっしゃるはずです。

 そのほか、よそから名張においでくださる方も大切にしたい。ですから名張市立図書館ミステリ分室には、乱歩ゆかりの地など名張のまちを案内するオフィシャルガイドを用意したいと思います。実際には乱歩ゆかりの地なんてほとんどありませんから、ぶっちゃけていえば名張のまちをぶらぶら案内するだけの話なのですが、二時間でも三時間でも五時間でも六時間でも時間に応じて散策をエスコートし、必要に応じて説明を加える。

 こうしたシステムは「語り部」とかいう名称ですでに実行されており(名張市だか三重県だかが音頭取りだったと思います)、去年の秋、愛知県の蟹江町から小酒井不木顕彰活動に取り組んでいらっしゃるみなさんが名張においでくださったときも、語り部ボランティアの男性の方に名張のまちをぐるりと案内していただきました。それと似たようなサービスを乱歩に特化して実施するわけです。

 先月開催された名張市主催のミステリ講演会「なぞがたりなばり」で、講師の有栖川有栖さんが、初めて名張に来たときには乱歩の生誕地碑を見つけることができなかった、というお話をしていらっしゃいました。それもまた乱歩にふさわしい話で(なにしろ乱歩自身、これは昭和10年ごろの話なのですが、初めて名張に来たときには自分の生まれた場所を見つけられずに終わっております)、名張は二度目から面白い、なんてことにするのも一興ではありましょうが、乱歩の生まれ故郷だからとわざわざ足を運んでくださった土地不案内なみなさんには、やはりそれなりのもてなしやサービスを提供するべきだと私は思います。

 もしも泊まりがけでおいでいただく場合には、ホテルの斡旋や宴席の手配も承らねばならぬでしょう。名張市立図書館ミステリ分室は、名張に行きたいという乱歩ファンのためのいわばコンシェルジェ。夜の宴席に私がお邪魔して場を盛りあげるサービスも進めたいと思います。渾身のサービスに努める所存です。

 私たちが知らない土地を訪れたとき、いったいどんなことがもっとも印象深く記憶に刻まれるのかと申しますと、奇勝絶景名所旧跡もさることながら、結局のところはその土地の人と楽しくまじわった思い出でしょう。その土地を再訪したいという念願は、かつて楽しい時間をともにしたその土地の人にもう一度会いたいという念願にほかならないでしょう。ですから私は来年の2月か3月、蟹江町で不木関連イベントが開催され、そのあと怪しの居酒屋昭和食堂の宴席で関係各位と思いきり盛りあがるのをいまから心待ちにしている次第です。

 いやいや、そんなことはともかくとして、名張市立図書館ミステリ分室は名張市民に対してもよそからおいでいただいた乱歩ファンやミステリファンに対しても、すっと切りゃ赤いものが飛び散るような血の通ったサービスを提供したいと考えております。


●12月15日(木)

 ご心配をおかけしていたかもしれませんが、名張市の住民投票条例、ほぼ本決まりとなったようです。朝日新聞オフィシャルサイトの記事をどうぞ。

名張市 常設型の条例、施行へ
 名張市が12月定例市議会に提案した、市政の重要案件を市民が直接賛否を下す常設型の住民投票条例案について、13日の市議会総務企画常任委員会(福田博行委員長)は全会一致で可決した。20日の定例会最終日の本会議に諮られるが、本会議でも可決される可能性が高いことから、同条例は来年1月1日、県内で初めて施行される見通しだ。

 正式には20日に決定されることになりますが、常任委員会の判断が本会議で覆されることなどまずありません。13日の委員会でも「特に反対意見や疑問などは出ず、全会一致で可決された」とのことですから、名張市には来年1月1日をもって常設型の住民投票条例が設置され、その権利は永住外国人にも付与されます。ネットナショナリストのみなさんには残念至極な結果となりましたが、この問題で付和雷同していた莫迦な名張市民はいったいどうしたのかな。写したくなる町名張をつくる会に、

 「エジプトとニューヨークのあとは平壌でお願いします。平壌の写真をでかでかと飾って、名張は日本じゃなくなったー、と全国発信してください」

 とか頼み込んでみたら面白いのに。ばーか。どっちもばーか。

 しかしまあ、どっちもばーか、などと人から指さして嗤われるような人間が紛れもない名張市民なんですから、そんな連中に名張市立図書館ミステリ分室の夢を語っても意味はないであろうな。彼らにはおそらく構想を理解することができぬのであろう。

 ところが実際には彼らにこそ図書館が必要なわけで、メディアリテラシーなど寸鉄も身に帯びることなくインターネットの世界に飛び込んで思索なきコピー&ペーストをくり返したり、地域社会の歴史をミジンコの鼻毛ほどにも弁えることなくエジプトだのニューヨークだのからくりのまちだのと嘘をかまして喜んでいるような連中はたまにゃ図書館に足をば運び、本を読むことによって知識や判断力や想像力を身につけたり、ものごとを論理的に考える能力をしっかり養ったりしなければならぬところであろうものを、まったくまあどうしようもありません。名張市が在日に乗っ取られることなどあり得ませんが、莫迦に乗っ取られる虞はなしとできないこの私です。

 さてそのミステリ分室、年に一度はミステリファンのための催しもくりひろげたいと思います。すでにひとつ、先月神戸で開かれた横溝正史生誕地碑建立一周年記念事業でお会いしたミステリファンの方から、「名張でこんなことやったらどう?」とアイディアのご提供もいただいております。名張のまちでミステリの古書市を開催するというプランです。ミステリの古本を集めたフリーマーケットだと思っていただければいいでしょう。

 運営のノウハウや実務は向こう任せ、こちらは会場を提供するだけで(名張のまちの空き店舗を利用すればいいでしょう)、たとえば収益を名張地区まちづくり推進協議会に寄付していただくことも可能(あくまでもたとえばの話、仮定の話です)、というのが概略の話です。毎年乱歩のお誕生日ごろに開催し、ほかにもさまざまな工夫を凝らして、全国のミステリファンが集まってくれる場になれば面白いと思います。その場合には名張市立図書館ミステリ分室がその拠点として機能するべきではあるのですが、はたしてどんなものでしょう。いずれにせよ、名張のまちは乱歩の生誕地であるという歴史的事実が名張市という地域社会においてどれだけ内面化されているか、それが問題ではあるわけですが。


●12月16日(金)

 あ、蟹江が俺を呼んでいる、と思ってしまいました。

 きのうの夜、お酒を飲みながらNHKニュースで姉歯秀次さんの独占インタビューを視聴し、そのあとトヨタカップでも観戦するかとチャンネルを切り替えていたときのことです。あるチャンネルで「蟹江」という言葉が聞こえました。

 いま検索してみたところ、これはCBCで放送されている「そこが知りたい 特捜!板東リサ−チ」。名古屋ローカルの番組です。きのうは「水郷と職人の街・蟹江ぶらり旅」がテーマで、画面には蟹江町にある安楽寺というお寺が映し出され、やがてそこのご住職がフレームイン。オフィシャルサイトの紹介文によれば「川のメダカを見守る住職」でいらっしゃるのですが、今年の3月6日にはこのご住職、たしか昭和食堂蟹江店で私の隣に結跏趺坐、ではなかったかもしれませんが、とにかくお坐りになっていらっしゃったではありませんか。これぞ仏縁。

 私は静かに掌を合わせるような気分になってテレビ画面を見守りましたが、つづけて紹介されるのはすべて知らないところばかりでした。蟹江町は小酒井不木と蟹江町歴史民俗資料館と昭和食堂蟹江店だけの町ではなかったのだと、みずからの不明をつくづく恥じた次第です。

 ですからまあ、蟹江が俺を呼んでるぜ、と。

 私には懐かしさとともにそれが実感されたのですが、むろんこれは私の一方的な思い入れに過ぎず、しかし私はこうした片恋めいた感情が嫌いではない。ですから名張市立図書館ミステリ分室が実現し、名張市が全国のミステリファンから、

 ──あ、名張が私を呼んでいる。

 と思っていただけるようになったら嬉しいな、と考えております。話の流れが強引に過ぎる嫌いもありますが、全国のミステリファンと連携してミステリ分室の運営を進めれば、乱歩の生まれ故郷である名張のまちがミステリファンにとって仮構のふるさとめいた懐かしい場になることも不可能ではないでしょう。

 ただしそのためには、きのうも記したことですが、名張市が乱歩という作家やミステリというジャンルをちゃんと内面化できなければなりません。少なくともいまのままでは絶望的でしょう。そしてそれ以上に大きな問題があって、名張市立図書館ミステリ分室がかりに開設されたとしてみても、

 ──いったい誰が本を読むのか。いわんやミステリをや。

 といったことにならざるを得ません。

 名張市民はミステリ分室に足を運ぶのか。あるいはそもそも、名張市民は本を読むのか。新聞や雑誌ではなく、インターネットでもない、本をはたして彼らは読むのか。しかもミステリという限定されたジャンルの本を、名張市民がはたして読むのか。

 若者の活字離れ、みたいなことは私が若者であったころから(たぶんそれ以前からも)いわれていたことで、いまでも事情に相違はないようですが、たとえば読売新聞によれば──

本離れ進む中高年
「1か月、読書せず」40代以降で増加 本社世論調査

 「本離れ」は、若者より中高年の方が深刻──。読売新聞社が15、16の両日に行った「読書」に関する全国世論調査(面接方式)で、年代が上がるにつれ「本離れ」の傾向が見られ、特に、中高生を子に持つ人が多い40歳代で、2004年の前回調査より7ポイント増の44%と、「活字離れ」が増えたのが目立った。

 この1か月間に本を「読まなかった」人は52%で、1980年から始めた同調査で3番目に高かった。年代別に見ると、20、30歳代は各41%で、前回調査より減ったのに対し、40歳代から上の年代は増加、50歳代は55%、60歳代は61%、70歳以上は66%だった。

 つまり若者ばかりか中高年にも、一か月のあいだに一冊も本を読まなかった人が普通に存在する。と申しますか、本なんか読まないのが普通だ。それなら名張市立図書館ミステリ分室なんて、開設したって意味ねーじゃん、とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。


●12月17日(土)

 ──はっきりいって、誰も本など読まんのではないか。

 と申しあげてしまっては極端に過ぎるでしょうが、ごく大雑把な印象として、本を読む人間の数など、まして好んでミステリ作品を読む人間など、名張市民八万五千人のうちごくごく一部、微々たるものでしかないでしょう。

 名張市に限らず、読者諸兄姉がお住まいの地域でも事情は同様かもしれません。あなたが税金を納めておいでの地方自治体で、かりに公立図書館にミステリ分室などというものが開設された場合、そのにぎわいはいかほどのものになるでしょう。運営手法などの要素によって左右されるところではありましょうけれど、ミステリ分室の潜在的需要などほとんどゼロに等しいはずです。

 そうした観点から考えるのであれば、これは最初から申しあげていることでもあるのですが、名張市立図書館ミステリ分室なんてまったく必要ありません。それがいかに魅力的な構想であっても、名張市民にとっては意味のないものでしかありません。名張市民が乱歩作品やミステリ小説に親しまねばならぬいわれなど、どこにも何ひとつ存在しておりません。

 ──だったらやめてしまえば?

 という声にはとても逆らえるものではないのですが、もしもやめてしまったら、つまり名張まちなか再生プランに盛り込まれた歴史資料館構想という陳腐きわまりないプランの代案として提出した名張市立図書館ミステリ分室構想を却下してしまったら、まーあ無茶苦茶なプランがまかり通ってしまうことになります。

 少なくとも私が考えるミステリ分室は、名張市民の多くはミステリにまったく縁がないという点にさえ目をつむれば、乱歩が生まれた名張のまちにふさわしい施設であり、市民生活に密着して地域に根ざしながらも全国に開かれた画期的で独創的な公共施設ですらあるのですが、それ以外のプランと来た日にはろくなものではありません。

 だいたいがプランを考えるといったって、それに必要な知識も見識もない人間が思いつきでまとめた月並みでありきたりで凡庸きわまりないプランなどというものは……

 と書きつけてなぜかふと想起いたしましたので、16日付毎日新聞伊賀版の記事をご紹介申しあげましょう。

皇學館大:フィールドワーク拠点、「まちなか研究室」開設へ−−来年4月 /三重
 ◇名張・旧町の空き家利用

 皇學館大学(名張市春日丘7)は来年4月にも、旧町(名張地区)の空き家か空き店舗を利用し、学生の研究・調査拠点となる「まちなか研究室」の開設を計画している。「旧町の活性化につながれば」と市や地域住民らでつくる「名張まちなか再生委員会」(多田昭太郎委員長)が計画に協力している。【熊谷豪】

 まちなか研究室では、まず同大社会福祉学部の筒井琢磨教授(社会調査)が担当する授業を、同市春日丘7のキャンパスから移して開講。高齢化や産業空洞化の対策に取り組む旧町だが、筒井教授はまちづくりや地域福祉をテーマにしたフィールドワークの拠点にしたい考え。

 名張まちなか再生委員会の名前が出てきております。ということはまだ解散していなかったのか。私はもしかしたらこの委員会、

 「役立たずフォーッ!」

 とか叫びながら空中分解したのではないかと心配していたのですが、どうやらいまだ存続しているようです。しかもかつては、

 「現段階では乱歩に関して外部の人間の話を聴く考えはない」

 などと信じられない閉鎖性を恥ずかしげもなくあらわにしてしまう委員会であったのに、いまではなんと皇學館大学の計画に協力していらっしゃるとの由。少し見ないあいだにずいぶんと開かれた組織になってくれたようで、この委員会と浅からぬ因縁に結ばれた私としても(向こうは結ばれてるとお思いではないでしょうけど)嬉しい限りです。すっかり立派になったのね。

 とは申しますものの、皇學館大学に協力している暇があるのでしたらえーこの多田さんですか、多田さんとおっしゃいますか、多田昭太郎さんとおっしゃいますか、この委員長さんはどうして私の質問に答えてはくださらぬのかな。細川邸と桝田医院第二病棟に関するあーたがたの協議検討なんていっさい無効なんじゃねーんですか、と尋ねた私の質問をいったいいつまで無視しつづける気か。

 いやまあそれはそれとして、本日の結論を書き記しておきますと、これは細川邸の活用策だけに限った話ではないのですが、名張市にはやはり地方自治体としての主体的な判断が求められるわけです。茫漠たる多様性のなかから確固たる方向性を選択しなければならないわけです。

 ──ならば名張市立図書館ミステリ分室の開設によって明確な方向性を示せばいいではないか。

 私はそのように思いますし、そうした選択や判断は名張市が月並みでありきたりで凡庸きわまりない地方自治体ではないという宣言にもなることでしょう。しかし実際には、官民ともに月並みでありきたりで凡庸きわまりないことしか考えられないっちゃ、というのが名張市の情けない現状であるわけなのですが。


●12月18日(日)

 いい加減うんざりしてきましたがもう少しつづけることにして、名張市立図書館ミステリ分室では乱歩関連の展示も行います。乱歩の遺品を図書館内の乱歩コーナーからミステリ分室に移動するわけです。ごくささやかな常設展示となりますが、展示に関してはこれで充分。展示品の数を増やす必要もないでしょう。

 だいたいが名張市立図書館に乱歩の遺品を展示する必要があるのかどうか、私はおおきに疑問を感じているのですが、げんに乱歩コーナーなるものを開設してご遺族から拝借した遺品を公開しているわけですから(こんなものはお茶を濁すようなものだ、と私は思っているわけですが)、どうせ展示するのであれば乱歩が生まれた新町を場とするほうがより望ましいであろうと愚考する次第です。

 ただし、下手に乱歩記念館とか乱歩文学館とか、そんなご大層なものをつくってしまったら名前負けしてあとが大変。そんなプランがもしも正式に提示されてくるようなら、本気になって叩きつぶしてやるしかないなと私は考えております。いやもうすでに叩きつぶしにかかっている、名張まちなか再生プランそのものを叩きつぶしにかかっているわけですが。

 えー、朝っぱらからお出かけしなければなりませんので、本日はこのへんで。


●12月19日(月)

 名張市立図書館ミステリ分室が手がけるべきお仕事の柱のひとつは、やはり乱歩のことになるでしょう。遺品の展示も必要ですが、それ以上に重要な任務があると考えられます。いまも生きて時代に受容されている乱歩という作家をレーダーのように捕捉し、それをデータとして広く提供してゆく作業。それが欠かせません。それをやらなくてどうする。それを運営の核に据えてこそのミステリ分室ではないか。

 とはいえ、見通しはあまり明るくはありません。ていうかひどく暗い。名張市立図書館はすでに江戸川乱歩リファレンスブック三巻を世に問い、そうした作業の端緒を開いてはいるのですが、そのあとがどうにも先細り。きょうびのことですからインターネットの活用を心がけ、リファレンスブック三巻の内容をはじめとして乱歩に関する情報提供を着実に進めていさえすれば、いまごろ名張市立図書館は全国にも例のない先進的な公立図書館となっていたはずなのですが(むろん乱歩の書誌作成だって全国に誇れる事業ではあるわけですが)、残念ながら実際にはそんなふうにはなっておりません。

 では実際にはどんなふうになっているのかと申しますと、私個人がホームページを開設し、書誌目録のたぐいにもむろん著作権はあるわけですから、その著作権を無視して書誌三巻の内容をすべて掲載するという確信犯的犯罪行為を継続している次第です。手許の『岩波基本六法』で著作権法を確認してみると──

第七章 罰則
第百十九条 著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

 いやー、ないない。三十万の罰金なんてとても払えません。なにしろ私は自己破産したせいで蓄えというものがいっさいなく、パソコンの買い換えさえままならぬ身だというのにどうして罰金を払うことができようか。

 とはいえお金がないのはいずこも同じであるらしく、私がどうしてこんな犯罪行為に手を染めたのかと申しますと、要するに名張市にお金がないからです。江戸川乱歩リファレンスブックの『乱歩文献データブック』と『江戸川乱歩執筆年譜』が出たあと、そのデータを名張市立図書館の、ということは名張市のオフィシャルサイトで公開するサービスに着手すべきだろうと考えた私はそのための予算を要求したのですが、名張市教育委員会によって却下されてしまいました。たぶん財政難が理由でしょう。それから『江戸川乱歩著書目録』が出たあとにも、私は名張市教育委員会に対して同様の要請を行ったのですが、やはり財政難がネックとなって実現には至りませんでした。

 だからもう私は名張市教育委員会なんてまともに相手にする気はないのですが、もしも名張市立図書館にミステリ分室を開設し、乱歩に関してインターネットを活用したサービスへの道を開くことができるならば、それは名張市教育委員会にとって最後のチャンスとなるはずです。名張市の教育委員会なんてばっかじゃねーの、といまは世間から思われているにしても、その認識を覆すことが可能になるわけです。名張市教育委員会にとっても悪い話ではないと思うのですが。

 あ。思い出した。こちらにはまともに相手にする気がないにしても、向こうには用事があるようです。その用件のため今月2日に名張市教育委員会へ足を運ぶ手筈になっておりましたところ、定例会開会中だからと急遽延期になってしまったことは以前にも記したとおりなのですが、12月定例会もあす20日で閉会となりますから、また近いうちに呼び出しがあるのでしょうね。手ぐすね引いてお待ちしてようっと。


●12月20日(火)

 私が「僕のパブリックコメント」で提案した名張市立図書館ミステリ分室構想は、まあざっとそういったところです。プランとしてはきわめて面白いものなのですが、名張市にはちょっと無理かな、という気がいたします。名張市にとって乱歩というビッグネームはしょせん自己PRのための神輿のようなものであればそれでいい、というのが行政と市民における大方の本音であると推測されるからです。だとすれば、ミステリ分室を開設してそれを地域社会におけるアイデンティティの核とするなんてこと、とてものことに名張市には荷が重かろうて。

 それが証拠にどうでしょう。読者諸兄姉もよくご存じのそのとおり、私のパブリックコメントは名張市建設部によってあっさりと却下されてしまいました。私はこのコメントにも記したごとく、

 「伊賀地域にはものの道理のわかった人間が一人もいないのだろうか。伊賀地域にはあほしか住んでいないのだろうか」

 と心の底から考えており、だからこそ、

 「そんなお間抜けな地域社会に対して具体的提言を行うのが伊賀地域を代表する知性である僕の役目なのではないか」

 と肝に銘じている次第なのですが、名張市には真摯で有益な提言に耳を傾ける気がまるでないようなのですから手に負えません。ただしそれならば、いまごろになって朝日新聞の「青鉛筆」で報じられたようなミステリー文庫のプランがどうして出てくるのか。これもまた理解に苦しむ話ではあります。

 こちらがルールに則って提出したパブリックコメントを一方的に却下しておきながら、そのコメントの内容を踏襲したとしか思えないミステリー文庫構想をいまになって提示するというのでは、パブリックコメント制度がまったくの形骸でしかないことを名張市がみずから露呈しているとしか申しあげようがありません。とはいえこのあたりの問題は、以前から指摘しているとおり名張地区既成市街地再生計画策定委員会を再招集し、名張まちなか再生プランを根本的に見直したうえで適正な手直しを加えることで解決するでしょう。それがルールや手続きに則ったやり方というものでしょう。

 しかし、しかしそれも望めぬことであろうな。名張地区既成市街地再生計画策定委員会を再招集し、あなた方につくっていただいたプランにはいろいろと問題がありますので練り直してくださいと依頼することなど、名張市にはとてもできぬであろう。だとすればどうなるのか。私のパブリックコメントは名張市がどのような自治体像を市民に示すべきなのかということまでを視野に入れたプランなのであるが、私の見るところ名張まちなか再生委員会にはそれを読み取る能力など微塵もないのである。そうした人たちが私のミステリ分室構想に基づきながら彼らの都合のいいように、そして彼らのおつむの程度の範囲内でミステリー文庫構想をまとめてくれたりなんかした日には、私が考えているものとは似ても似つかぬものができあがってしまうのであろうな。

 そうなったらえらいことではないかと私は胸を痛めつづけているわけなのですが、それほど案ずることはないのかもしれません。少なくとも現在の段階では、ミステリー文庫構想に関して名張まちなか再生委員会から名張市立図書館に何のアプローチもないからです。せいぜいが名張市教育委員会に話が通じている程度のことでしょう。しかし名張市教育委員会と申しますのは、その教育委員会から辞令を頂戴しつづけて十年の日月を閲した名張市立図書館乱歩資料担当嘱託が天地神明に誓って証言するわけですが、とても信用できるところではありません。信用度という点では名張市教育委員会と名張まちなか再生委員会、結構いい勝負なのではないでしょうか。

 ですから逆に考えますと、名張まちなか再生委員会と名張市教育委員会というふたつの委員会がタッグを組めば、遠からぬ将来には誰も手出しも口出しもいっさいできないようなひどい事態に立ち至ってしまうことが見に見えていると申しあげていいでしょう。こうなったらもう私といたしましては、私の要請に対して、

 「現段階では乱歩に関して外部の人間の話を聴く考えはない」

 との意向を明らかにし、

 「貴委員会に、細川邸ならびに桝田医院第二病棟の整備計画を策定する権限があるのかないのか。すなわち、ふたつの施設に関する貴委員会の決定は有効なのか、それとも無効なのか」

 という問いかけに対しては梨の礫をつづけている名張まちなか再生委員会のそのかたくなな閉鎖性にこそ期待して、どうぞふたつの委員会が手を組むことだけは永遠にありませんように、と天に祈るしかないのかな。