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2007年6月上旬
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僭越ながらまた微力ながら名張市の情報公開をもう少しお手伝いすることにいたしまして、三重大学浦山研究室の報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」にもとづいた報告をつづけます。本日は昨年五回にわたって開かれたワークショップについて。 となるとやはり、きのう冒頭を引いただけで終わってしまった「ワークショップ編」の「はじめに」を見ておくことが必要でしょう。
虚偽記載不実記載のてんこもりである。名張まちなか再生プランは2003年度に策定されたわけではなく、そのプランに細川邸を「歴史・交流拠点として整備する」なんてことが盛り込まれていたわけでもなかったことはきのうも指摘しておきましたけれど、2005年6月の総会で NPO なばり実行委員会の設立が認められたなどという事実もなく、だいたいが NPO なばり実行委員会なんていまだ正式に発足してはおらんのではないか。 と思って「名張まちなか再生プランの真実、ていうかインチキ」で名張まちなか再生委員会2006年度総会の内容を確認してみました。こんなあんばいです。
これだけではよくわかりませんので名張市オフィシャルサイトに掲載された総会資料(このページです。PDF ファイルとなっております。ちなみに6月2日に開催された2007年度総会の資料はいまだ掲載されておりません。永遠に掲載されないのかもしれません。ま、隠蔽自治体の名をほしいままにしていればいいであろう)も閲覧してみましたところ、驚くべきことに昨年度総会の時点で NPO なばり実行委員会とやらが発足していたらしいことにようやく気がつきました。これは私がうかつであった。なにしろこの NPO、市民の眼がまったく届かないところでこそこそこそこそ活動していたようですから、私にはそれが実在しているものだとは夢にも思えない次第であったわけなのですが、実在の NPO ならば話は早い。近いうち名張市役所に行ってこの NPO に関する公文書の公開を請求してこようかなっと。 それで実在していたこの NPO なばり実行委員会とやらが市民の眼の届かないところで何をこそこそ活動していたのか、その一端を物語るのが三重大学浦山研究室の報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」なのであるという寸法です。 報告書「ワークショップ編」の「名張まちなか再生プランにおける旧細川邸改修計画」から引用。
図1-5というのは、きのうも掲載しましたけど下に掲げる一覧表のことです。きのうの時点では表のタイトルが「研究体制」となっておりましたが、これは私のケアレスミス。ひとことおわびを申しあげ、「マネジメント委員会の構成」と訂正を加えたうえで再掲しておくことにいたします。
なんだかもういいように話が進められているわけです。名張まちなか再生委員会が情報開示とか市民のコンセンサスとか、そんなものとはいっさい無縁な密室のなかで協議検討を進めてきたことはこれまでにもさんざっぱら指摘してきたとおりなのですが、その密室のなかにまたしても NPO なばり実行委員会という密室がつくられ、そのなかにもうひとつマネジメント委員会という密室がつくられて、細川邸の整備に関してはその三重の密室のなかでごく少数の人間だけがすべてを決定するという仕組みがいつのまにかできあがってしまっているわけね。こんなことでほんとに大丈夫なのか名張市は。 ここで細川邸の整備における丸投げの変遷をふり返ってみるならば── 1)名張市 → 名張地区既成市街地再生計画策定委員会 2)名張地区既成市街地再生計画策定委員会 → 名張まちなか再生委員会 3)名張まちなか再生委員会 → NPO なばり実行委員会 4)NPO なばり実行委員会 → マネジメント委員会 5)マネジメント委員会 → 三重大学浦山研究室 実質的にはこんなところでしょう。細川邸整備の方向性も最初は歴史資料館だったのが初瀬街道からくり館になり初瀬ものがたり交流館になり、ついにはそうした方向性を明確にする努力すら放棄されたあげくここへ来ていきなり、細川邸をどんな施設として運営しますという説明はいっさいないままにいきなり、昨日付産経新聞の「改修整備後の細川邸 名称「やなせ宿」に 年度内オープンを」によれば整備後の施設名は「やなせ宿」にいたしますなんてことがしれっと発表されているわけである。ここまでやられてしまうと市民の眼なんてほんとに届かない。届きようがない。なんかもう名張市政というものに対して絶望的なものを感じてしまう次第なのですが、ほんとに大丈夫なのか名張市は。 それではとりあえずワークショップとやらのご報告。「名張まちなか再生プランの真実、ていうかインチキ」から転載いたします。きのうもふれておきましたけど、三重大学浦山研究室との受託契約が結ばれたのは昨年9月26日、だというのに最初のワークショップはそれ以前の8月2日に開かれております。ほんっと、どうなってるのかしら。
これもきのう記したことなのですが、名張まちなか再生委員会は細川邸改修の概算費用を算出することさえしていませんでした。それで遅ればせながら計算してみたところ、細川邸整備事業の総額が六千万円であるのに対し、歴史的建造物として母屋を改修するだけで四千万円だか五千万円だかを要することが判明したといいます。私ならこの時点でこの話にけりをつけます。白紙に戻してしまいます。どういう施設として運営するのかも決まっていない建物の改修にそこまでのお金をかけてしまうのは、いくらなんでも本末転倒の度が過ぎるというものだ。本末転倒ということでいうならば、名張まちなか再生プランなんて一から十まで本末転倒しているわけなのであるけれど。 それにしてもこの報告書、冒頭に引きました「ワークショップ編」の「はじめに」には「旧細川邸を改修し、歴史・交流拠点として整備する」とありましたが、いま引用した「(2)歴史的建造物の改修について」では「既述したように旧細川邸は歴史・文化拠点として再生させ」となっております。「歴史・交流拠点」なのか「歴史・文化拠点」なのかはっきりしてもらいたいものですが、こうした記述の曖昧さ、いやもう不実と呼んでいいでしょう、これもまたまぎれもなく不実記載のひとつなのであって、こうした不実の背景には何があるのであろうかと考えてみますと、このマネジメント委員会とやらが歴史だろうが交流だろうが文化だろうが、そんなものはどうだっていいと認識しているらしいなという察しがついてまいります。どうでもいいことだから不実になってしまうのである。 ならば、この委員会にとってはいったい何が重要であるのか。 イベントである。 飲食である。 この報告書に記された第一回ワークショップの報告そのものが、マネジメント委員会とやらに秘められているそうしたたくらみを何よりも雄弁におのずから物語っているのである。それはまあ、名張まちなか再生委員会はコミュニティイベント下請け委員会になりさがってしまったのだからそれが当然の流れなのかもしれんけど、それにしたってあまりにもなあ。名張まちなかの再生というテーマをコミュニティイベントのレベルでしか考えられないのだからなあ。そんなことはとっくの昔に察しがついていたのだけれど、それにしたってあまりにもなあ。 勝手ながら本日も都合により「Rampo Fragment」の更新はお休みいたします。細川邸の整備のことで毎朝時間を取られるのは当サイトにとってまさしく本末転倒したことなのですが、まあいたしかたありません。よろしくどうぞ。 |
まずお知らせです。勝手ながらあしたとあさって、当サイトは更新をお休みいたします。お休みして何をするのかというと、まあ住民監査請求の準備みたいなことだとお思いください。掲示板「人外境だより」は毎朝チェックいたしますので、このさいだから三重大学浦山研究室の報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」について知りたいことがある、とかおっしゃる方はお気軽にご投稿をどうぞ。私にわかることであればお答えいたします。 さてそれで結局のところ細川邸はどうなるのか。6月6日付産経新聞の記事を再度引きますと──
9月着工、年度内オープン、みたいなことになっているようです。この流れはとどめようがありません。それで細川邸整備のためにお金がいくらかかるのかといいますと、報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」によれば七千七百六十三万円。ただしこれはあくまでも三重大学浦山研究室による試算の結果であるということをお含みおきください。詳細は報告書のスキャン画像でどうぞ。画像をクリックすると別ウインドウで大きな画像が開かれます。 報告書によれば名張市は細川邸の整備に六千万がとこを見込んでいたそうなのですが、この試算では概算費用は七千七百万ちょい。足が出てしまうことになります。その程度の足ならどうってことはないでしょうけど、それ以上になんだか恐ろしいほどなのは現在ただいまの時点にいたってもこの細川邸、整備後は「やなせ宿」とかいうけったいな名称になるそうですけど、それがどんな施設として運営されるのかが決定されていないということです。 世にハコモノと揶揄される施設は星の数もほどありましょうけど、ここまで突出して中身のないハコモノは事例を探すのに苦労するのではないかしら。とても信じられないような話ではあるけれど、これはまぎれもない現実なのである。いまや9月着工という日程も見えてきているにもかかわらず、どんな施設として運営されるのかがいまだ市民に知らされていない。ていうか決まっていない。ある意味たいしたものだと思われますので、名張市はいっそハコモノのメッカとして名乗りをあげてみてはどうでしょうか。 冗談をいってるわけではありません。施設としての用途はなーんにも決めないまま、市民のみなさまにフレキシブルに利用していただきます、これがほんとの住民自治、とかなんとか利いたふうな能書きたれながら細川邸をオープンしてしまえばいいのではないかと私は思います。そうすればハコモノ行政の極北に位置する施設として話題を集め、全国から見学者視察者が殺到してくるのではあるまいか。機を見るに敏な旅行代理店なら夕張と名張を結んだおまぬけ自治体ツアーなんてのを企画するかもしれません。ともあれこれは意外にいい案だと思われますので、関係各位にはぜひご一考をお願いしたい。 しかし真に恐ろしいのはオープンしたあとのあれこれでしょう。通常のハコモノなら維持管理運営の費用は税金でまかなわれることになるのですが、細川邸の場合は公設民営方式とやらですべてが NPO に委ねられてしまうそうですから、その NPO はまず第一に収益のことを考えなければなりません。きのう転載したマネジメント委員会第一回ワークショップの報告にも、 ──運営組織が収益事業を展開して、「旧細川邸がまちなか再生の核として、NPO なばり実行委員会によって持続的に経営される」ことの重要性が確認された。 と記されておりましたけど、あの死に絶えたような名張まちなかで「持続的に経営」なんてことが可能なのかどうか。報告書には、 ──収益事業として飲食提供を行うためには、飲食棟を新築することが必要とされた。飲食棟は NPO なばり実行委員会が直営する方法と第3者に貸して家賃収入を得る方法があり、後者の場合、経営リスクが小さいことなどが議論されたが、結論には至らなかった。 ともあって、これはもう歴史だの文化だの交流だのはまったく無関係、単なるビジネスの話し合いだと見るべきでしょう。しかし商業者からはほぼ完全に見捨てられてしまったといっていい名張まちなかでどんなビジネスモデルが実現できるというのか。ひとごとながらおおきに心配になってくる次第です。しかし先述のごとくこの流れはとどめようがありません。行き着くところまで行き着かなければどうにもならんことでしょう。 それでは三重大学浦山研究室の報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」にもとづいたワークショップの報告をつづけましょう。「名張まちなか再生プランの真実、ていうかインチキ」から転載。
第二回ワークショップは昨年8月28日に開かれ、事務局から改修案が三案提出されました(上の転載部分にある図面の画像をクリックすると大きな画像が開きます)。この事務局というのは三重大学浦山研究室のことで、しつこくいっときますけど受託契約が結ばれましたのは9月26日。ただし名張まちなか再生委員会歴史拠点整備プロジェクトで「三重大学教授浦山先生」の名前が出たのは7月26日のことでした。議事録には、 ──■■■■■■■■が、細川邸の実施設計予算を平成18年度に繰り越した旨の報告を行い、今年度は 「NPO なばりマネジメント委員会」を設立し、三重大学教授浦山先生を中心に、細川邸の最終設計方針を決め、今年度内に実施設計を完了し、工事発注することを報告・確定した。 とありますから、7月26日以前の段階で三重大学浦山研究室におすがり申しあげる話は決まっていたものと見られます。ならばいつ決まっていたのか。それはこの議事録で個人情報保護のために名前を塗りつぶされている「■■■■■■■■」なる方にお訊きしてみなければわかりませんが、単なる推測でものをいうと名張まちなか再生プランの策定当初から、つまり三重大学教授浦山先生に名張地区既成市街地再生計画策定委員会の委員長にご就任いただいた時点において、むろん確たる契約はなかったでしょうけれども暗黙の了解として「三重大学教授浦山先生を中心に、細川邸の最終設計方針を決め」ることが決定されていたのではないかと思われます。 つづきまして第三回ワークショップ。
ここでもまた、 ──運営面では、飲食機能が不可欠であり、飲食機能と同時にいつも施設が利用できることが大切であることが議論され、飲食と体験と情報発信の3つを軸に事業展開することが確認された。 とビジネスのおはなしが中心です。しかしこの期におよんで「飲食と体験と情報発信」なんてこといってるんですからほんとに大丈夫か。いくらまなじりを決してみたところで関係者は結局ご町内感覚に終始するしかないでしょう。そのことが容易に予想されますだけにほんとに大丈夫かという気になってきます。趣味や道楽の域を出ない「手作り作家」に出店してもらうとかなんとかかんとか、そんなご町内感覚にこりかたまっているようではどのみちろくな目は出るまい。何が情報発信か。 ほんとにまったく何が情報発信か。隠街道市とかやなせ宿とか、そんなこといってるあいだは情報発信なんてできっこないではないか。いいかこら。かりにも情報発信というのであればそれは名張のことをよく知らない、あるいはまったく知らない人間も対象なのである。ていうか、観光客誘致のための情報発信となればそっちのほうが対象としてはメインなのである。だったら隠とかやなせとか、名張のイメージをぶれさせたり曖昧にしたりする用字用語は禁物だということがわからんのか。隠と書いてなばりと読みますとか、名張は昔やなせと呼ばれましたとか、そういう情報が通用するのはご町内だけなのである。名張のことをよく知らない人間に隠でございますやなせでございますと PR してみたところで何の効果があるというのか。名張でございますとストレートに訴えることがまずは求められるはずである。そんなことすら理解できずご町内感覚にこりかたまったまま隠だのやなせだのと喜んでる人間に情報発信なんて芸当ができるとはとても思えぬわけであるけれど、まあいいか。どうだっていいや。好きにしろ。 つづきまして第四回。
最後が第五回。
どうもご苦労さまでございましたと申しあげたいところではあれど、なんでいまごろになってこんなワークショップやんなきゃならないわけ? こんなのとっくの昔に済ませてなくちゃおかしい作業じゃん。ていうか、気が遠くなるほどにも迂遠なこのプロセスはいったい何? 根っこのことをいえば国のまちづくり交付金で細川邸を公的施設として整備しますというただそれだけのことが出発点であったはずのに、まちなか再生がどうのこうのと大風呂敷をひろげまくり、タイムスパンの大きく異なる課題をひとつのプランにつめこんでしまい、ろくにものの道理もわかっていないような官民双方のうすらばかを何十人と寄せ集め、ここへきてようやく実施設計だ概算費用だやなせ宿だとさえずることができるようになったというこの人をばかにしたような迂遠さは何? しかも細川邸がどんな施設として運営されるのか、関係者にさえ見えていないというこのおまぬけぶりはいったい何? さ、住民監査請求の準備でもしようかなっと。 |