番外

松本清張記念館見学記
ならびに「怪人20面相」観劇記

「なんやぼろぼろ出てきますね」
「何が出てきますねん」
「お役所の不祥事」
「なるほど。今度は防衛庁がえらいことらしいですね」
「はっきりゆうて無茶苦茶ですわ」
「悪いことしといたうえに組織ぐるみで証拠隠しまでやってたそうですけど」
「さすが防衛庁、自己防衛のためやったらなんでもやりよる。見事なもんです」
「感心してる場合やないがな」
「しかしこれだけあっちこっちで不祥事がつづくと、お役所に対する国民の信用は完全にゼロになってしまいますね」
「ゼロどころかマイナスかも判らんですよ」
「いまや公務員ほど信用でけん人間はおらんゆう感じでね」
「そんなこともないでしょうけど」
「いや、いまの日本でいちばん信用でけへんのはやっぱり公務員ですよ」
「そらちょっとオーバーやで」
「二番目に信用でけへんのは生命保険の外交やってるおばちゃんで」
「それは関係ないやろ」
「ほな君は信用できるんですか」
「あほなことゆうてたらしまいに保険屋のおばちゃんから怒られるで」
「怒るときにはやっぱりホースで水をかけるんですか」
「知らんがな」
「妙な味のする牛丼を食わせるとか」
「もうええゆうねん」
「そんなことはまあどうでもええんですけど」
「どうでもええことを喋りないな」
「しかしお役所だけはなんとかせなあきませんね」
「どないしますねん」
「そもそもお役所て何をするとこか、君は知ってますか」
「そらまあいろいろと住民にサービスするとこですがな」
「サービスて君、お役所は風俗のお店やないねんで」
「ほたら何するとこなんですか」
「要するに住民になりかわって税金をつこてるとこなんです」
「そらそうですね」
「お役所がつこてるお金は住民のお金なんです」
「税金ですね。血税ですわ」
「その血税をつこてるゆう認識が公務員の頭からは完全に欠落しとる」
「いやそないに決めつけたらあきませんがな」
「ご時世ゆうんですか」
「どうゆうことですか」
「公費の使途に対する住民の監視の眼がものすご厳しなってます」
「税金が正しくつかわれてるかどうかを監視する住民が増えてきた」
「そうゆうご時世ですから公務員にも襟をただしてもらわんと困る」
「それはいえますけどね」
「いままで当たり前やったことも当たり前やなくなってるんです」
「たとえばどんなことですか」
「最近の例でいうと都道府県議会の親睦野球大会ですね」
「全国の議員さんが集まって野球で親睦を深めるゆうわけですか」
「このあいだ今年の大会がありましたけど、三重県は私費で参加してました」
「去年までは公費やったんですか」
「そう。それが当たり前やった」
「それが当たり前やなくなったと」
「議員さんも親睦ぐらい自腹切ってやってくれまへんかゆうことです」
「市民感情からゆうたらそないなるかも判りませんね」
「野球大会どころか議員さんの視察旅行かて危ない」
「危ないとは」
「あんなもん視察に名を借りた観光旅行やないかと」
「それは偏見とちゃうか」
「げんにある県では住民が県会議員の海外視察の日程と費用を調べましてね」
「どこに立ち寄ったかとか夕食代はなんぼやったかとかですか」
「調べた結果こらどうも観光が主目的みたいやでと」
「そしたらどないなりますねん」
「これは不当な公費支出やから議員はお金を返しなさいと請求されてます」
「厳しいもんですな」
「公費の問題ですから厳しくて当たり前なんです」
「公務員の人にももう少し厳しくなってもらわなあかんかもしれませんね」
「ところで僕もこのあいだ視察というか出張に行ってきまして」
「やっぱり図書館の関係で」
「そらもう名張市立図書館乱歩資料担当嘱託として出かけました」
「どこですねん」
「北九州」
「乱歩がらみですか」
「北九州市が市制三十五周年を迎えまして、記念事業に地元の人が『怪人20面相』ゆうお芝居を打ったんです」
「ははあ」
「お芝居のことは東京の平井隆太郎先生から教えてもらいまして」
「乱歩の息子さんですね」
「面倒やなあとも思たんですけど」
「九州ゆうたら遠いですしね」
「親切に教えてくれはった平井先生の信を裏切るわけにはいかん」
「そらそうです」
「それに北九州にはちょうど松本清張記念館がオープンしまして、図書館嘱託としては勉強のためにいっぺん行っとかなあかんなとは思てたんです」
「それでお芝居と清張記念館と」
「合わせ技一本で行くことにして図書館に出張代くださいゆうたんですけど」
「どないしたんですか」
「予算がないから出せませんいわれまして」
「なんですかそれ」
「結局まあ自腹切って行ってきましたけど」
「なんとかならんかったんですか」
「いや君、ここでなんとかしてしもたらあかんねん」
「なんでですか」
「公務員がこうゆう場合になんとかするゆうのは、要するに裏工作なんです」
「裏工作」
「出張のための予算がないとなるとほかの予算を出張代にあてるような小細工をしよるわけです」
「そうゆう手があるんですか」
「君ちょっと前に問題になった三重県のカラ出張ゆうの憶えてるか」
「あれもたしか九州へ新幹線で出張したとかゆう記録が残ってて」
「ところがその日付が神戸で地震のあった日や。新幹線が走ってるわけがない」
「嘘がばれて大騒ぎでしたな」
「あれが裏工作なわけですよ」
「どんな工作ですねん」
「たとえば僕の一か月の小遣いが二万円やとする」
「また話が飛ぶのかいな」
「一万円は本代、残りの一万円は飲み代にすると月初めに決めます」
「ゆうたら予算を組むわけですね」
「で、本代一万円つこてしもたあとでどうしても買いたい本が出てきた」
「ありがちな話です」
「ところが飲み代はまだ残ってる」
「そしたら酒飲むの我慢して本を買うたらええのとちゃいますか」
「普通はそれでええねん。けどお役所ではあきません」
「そこで工作が必要なわけですか」
「行きもせん出張に行ったことにしてカラ出張でお金を浮かして、そのお金を必要なとこに回すゆうような作業がこそこそと行われてたわけですね」
「そらまたえらい面倒なことになってますねんな」
「普通そんなことしませんからね」
「どないします」
「予算のシステムに不合理があったらシステムを改善したらええんです」
「それが手っ取り早いですね」
「ところが公務員ゆうのはものごとの本質にはまったく眼を向けません」
「そんなもんですか」
「本質から遠く離れた表面上の問題だけに拘泥します。うわべだけの弥縫を重ねて責任を回避し問題を先送りする」
「君またそうやって一方的に決めつけますけどね」
「せやからシステムを改善するという発想は公務員にはないんでしょうね」
「そんなもん何の根拠もない君の独断やないか」
「実際なんでみんなああなんやろね。まさか職員全員が洗脳されてるゆうことはないでしょうけど」
「そんなあほなことあるわけないやないか」
「けど君、名張の市役所ゆうたらあれだけ大きな建物やで」
「そら大きいですよ」
「ですから一般市民の眼につかへんところに職員洗脳ルームとかがあってやで」
「どんな部屋やねん」
「なかで謎の整体師が待ち構えてるとか」
「貴関騒動やないねんで」
「けど洗脳でもせんかったらあれだけ見事な横並びは実現できませんよ」
「それは君の偏見やゆうのに」
「でもまあ日本の公務員もこれだけ信用をなくしてしもたんですから」
「たしかに信用はがた落ちですね」
「せめて自分らのつこてるお金は住民のお金であるということぐらいはよく頭に叩き込んでですね」
「公務員の人かてその程度のことは最初から知ってますがな」
「日々の公務に精励していただきたいと思います」
「こんなとこで説教してどないするねん」
「ところでその松本清張記念館ゆうのは北九州の小倉にありまして」
「清張さんは小倉出身ですか」
「そう。小倉生まれで玄海育ち」
「そら無法松やがな」
「四十四歳で芥川賞受賞して東京に出るわけですけど、それまではずっと小倉に住んでたそうです」
「それやったら小倉の人には身近な存在やったんでしょうね」
「そうみたいですね。小倉の人にしたら郷土出身の大作家ですからね。清張の業績ゆうか活躍ぶりも生前からよう知られてたでしょうし」
「清張さんと関わりのあった人も大勢いてはるやろしね」
「せやから気前ようぽんとお金を出して記念館もできたわけです」
「二十五億ほどかかったて新聞に出てましたけど、えらい豪毅な話ですな」
「九州の人間は肝っ玉がふとかですばってんね」
「いきなり九州弁にならんでもええねん」
「しかし君、こんなことしとってええのか」
「何がやねん」
「いやこの漫才やねんけどな」
「漫才がどないしてん」
「このあいだの漫才が面白かったから今度も漫才で行けゆうて編集部から依頼があったんですけど」
「漫才やってるんやからそれでええやないか」
「けど君、ようやく松本清張記念館の話が始まったとこでもう終わりやで」
「そんなこと僕にゆうたかて知ったことやないがな」
「松本清張記念館見学記ゆう漫才やのに肝心の記念館の話がちょこっと出ただけで終われる思うか」
「知らんちゅうねん」
「せやからワープや。ワープ開始ッ」

(21ページにワープ)

お願い ひきつづき 第七回 をお読みください。

掲載2000年5月19日
初出「四季どんぶらこ」第9号(1998年12月1日発行)