報知新聞

昭和5・1930年

名士の家庭訪問記 文壇人訪問記 死に絵と「死の島」 怪奇な装飾品に囲まれて (江戸川乱歩篇)
 初対面の挨拶が済むと、江戸川氏は自分で立つて記者の背後の戸を閉めた。と、一切の光線は遮られて、たゞ蝋燭の光だけになつた。そして、その黄色い光の中に江戸川氏のくりくり坊主の顔が浮んで居る。それはおよそ小説家の範疇からは程遠い精力的な顔ではあるが、然し、ぢつと見て居るとその筋肉の隅々にまで鋭い神経の行きわたつて居ることが解る顔だつた。
 『先生はいつも、お仕事をなさる時にはこんな風にして窓を閉めきつてなさるのですか?』
 記者は先づ、何よりもそのことを訊いてみずには居られなかつた。
 『さうです。僕の書斎は絶対に太陽の光線を入れないことにして居ます。僕は太陽の光の下では一字も原稿を書くことの出来ない人間なんです。ですから、こんな風に時代錯誤な蝋燭の光をたよりに原稿を書いたりして居るんです。然し、時には蝋燭の光のような軟い光でなく、もつと強い、もつと刺戟的な光が欲しい場合には
 ──血のやうな真赤な電球──
 をつけて書くことがありますよ。』
 『血のやうな真赤な電球を?』
 『さうです。例へば殺人鬼の血腥い妄想とか、妖女のドロドロした陰謀とかの場面を書くやうな時です。』
初出・底本:報知新聞 昭和5・1930年11月26日
掲載:2008/04/08

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