岡戸武平

昭和22・1947年

探偵小説と江戸川乱歩
 戦争のために、探偵小説が弾圧されたという国は、おそらく日本だけだつたろう。そのあふりを喰つて江戸川氏は、戦争中まつたく筆を絶つていた。時に歴史小説に興味を感じ、いささか創作欲も出たようにみえたが、ついに筆にはのらなかつた。それは奈良の大仏の建造を主としたテーマで、非常にスケールの大きなものであつた。私はそのはなしを聞いて、いかにも乱歩さんらしい着想であるとおもい、是非実現されることをすゝめたが、幻影城主の脳裡にのみ描かれたに過ぎなかつた。
 そのときの勉強振り──文献渉猟ぶりを、私はみておどろいた。奈良時代の概観から、大仏に関する新旧の研究物はもとより、これに関するひツかゝりのあるものを片ツ端から漁るという有様だつた。「吾妻鏡」を原文で通読するだけでも、なかなか容易なわざではない。江戸川氏には、こうゆう生半解ではおけない性格がある。これまで書かれた数多くの作品の、どれ一つをとりあげてみても、そのテーマでは、もう二ちも三ちもつかない窮極に於て、はじめて筆が執られてゐる。それ故に、幾多の模倣者が出ても、凌駕されることなく、日本探偵小説壇に於ては、依然として炳としてかゞやいてゐるのだ。
初出・底本:若草 昭和22・1947年10月号(22巻7号)
掲載:2009/04/04

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