新青年

昭和3・1928年

編輯局より  横溝生
◇さて──と、例によつてそろそろ手前味噌を並べることにする。先づ第一が江戸川乱歩氏の『陰獣』である。何しろ氏にとつては約一年振りの執筆であるし、他からの山程ある依頼を一切退けて、本誌の為にのみ執筆下されたことは何んとも感謝の申しようがない。唯茲に読者諸君にも江戸川乱歩氏にもお詫び申上げなければならないのは、全部を一纏めにして掲載する筈であつたが、何を言ふにも百七十五枚といふ大物、甚だ心苦しき至りであつたが見らるゝ通り続き物にする他はなかつた。悪しからず御了諒を乞ふ次第である。
◇『陰獣』百七十五枚を一息に読終へて僕は思つた。探偵小説壇はこの一篇によつて、第二期の活動期に入るだらうと。それ程この一篇は刺戟的である。見やうによつては、これこそ乱歩氏の今までの仕事の総決算とも見られる。しかもこの小説背後に隠されてゐる驚くべき秘密は、恐らく探偵小説始まつて以来の素晴らしいトリツクだと言つても過言ではあるまい。かうした小説を何人にも先んじて読得た僕自身の幸福を思ふと同時に、読者諸君の最後の驚嘆を想像すると、思はず僕は微笑まれて来るのである。
初出・底本:新青年 昭和3・1928年夏期増刊号(9巻10号)
掲載:2009/02/27

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