新青年

昭和3・1928年

陰獣 完結篇  (横溝正史)
 本誌八月増刊より連載した江戸川乱歩氏の力作「陰獣」は、探偵作家界に一大センセーションを捲き起した。その構想の緻密なる、文章の味はひ深き、且つはまたモデル問題まで引起して、往年仏蘭西のドレッヒウズ問題とは云ひ得ずとも、寄ると触れば、先づ口をついて出づる言葉、即ち「陰獣」である。各探偵作家等は、六年前探偵小説勃興の期に於けるやうな感激を受けたのであつた。この期をめざして、本誌は多少とも変格的傾向に足踏みしつゝあつた探偵小説界を、意気新らしく本格物に引戻して、数々の傑作を御目にかけたいと思ふ。編者の机上には、続々として雄篇が集りつゝある。顔触れは別掲予告で御覧を願ひたいが、秋たけて炉辺温い夜の楽しみとして、耽読して貰ひたいものである。
 「陰獣」の作者は次のやうに語る。「九月号に於て、炯眼なる読者は、すでに筋の底までも見透し、十月号を読まなくても、解決はついた、と断言するであらうけれど、ゆめゝゝ読者の推察するやうな結末ではない。」と。実に実にさうなのである。読者諸君が倒立ちになつて、どんな奇抜な解決を予想したとて、恐らくは、無駄骨を折るばかりであらう。敢てくだゝゝしく述べるまでもないが、断頭台を待つ人の如く、心静かに十月号を待つて貰ひたいものである。
初出・底本:新青年 昭和3・1928年9月号(9巻11号)
掲載:2009/02/28

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