横溝正史

大正15・1926年

「ユリエ殺し」の記
 この芝居は、本当をいうと芝居でも何でもなく、時間にすると十五分間もかからない、一種の茶番なのである。第一プログラムに載っている役割なども、水谷、鈴の両氏を除くとみんな出鱈目なので、現にかくいう私など会が始まった最初から、観客席にまぎれ込んでいるというのが本当の役なのである。もっと面白いのは江戸川乱歩氏で、彼のプログラム上の役割は明智小五郎となっているのだが、本当の役割というのは巡査一役、だから彼もまた、会が始まる最初から警官の制服いかめしく、臨監席に陣取って、折から来合せていた本統のお巡さんと、活動がうまく行かないと、「醜態ですねえ」などと話合ったり、禁煙の張札を犯して煙草を喫っている男を(この役延原謙氏)「こらこら」と叱ったり、だから彼を疑う者は誰一人いないのである。現の彼の直ぐ側に腰を下ろしていた中学生なども、盛んにランポとランプに就いて議論を戦わしていたというほどなのである。
 閑話休題。そしてその芝居というのは、舞台の上で、水谷、鈴両氏の取組合いがあって、とど鈴栄子嬢の放った短銃の弾丸が、見物席にいる横溝正史に命中する。で、江戸川乱歩氏の巡査がのこのこと出て来るという段取で、見物席にいて騒ぐ役には、延原謙氏を始めとし、城昌幸、松野一夫、神戸正次氏などといういずれも『探偵趣味』『新青年』と縁浅からぬ人々ばかりなのである。
 考えてみると至って馬鹿馬鹿しそうだが、これがうまく行ったのだから不思議なものである。
 種明しは江戸川乱歩氏が扮装のまま、閉会の辞と共にやった。
初出:新青年 大正15・1926年12月号(7巻14号)
底本:横溝正史『横溝正史探偵小説選1』論創社 論創ミステリ叢書35 平成20・2008年8月30日
掲載:2009/02/09

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