横溝正史

昭和50・1975年

横溝正史の秘密
対談:小林信彦  
第二部 自作を語る
小林 終戦直後は、とにかく推理作家が解放されたあまり、いろんなことやったでしょう。あれがかえってぼくは、エネルギー的にはすごいマイナスだったと思うんですけどね。先生は岡山にいらっしゃったから……。
横溝 そうそう。乱歩なんか、あれでずいぶん作家としては損してますよ。
小林 そうですね、全然作品はないわけですからね。本当に取りかかったのは二十五、六年ぐらいからですよ。
 だから(戦争が)終わった途端に二作同時に並行して、それで、それが、いままでにない水準の作品だったというのは、それはビックリしますよ。そして、それが終わってすぐ『獄門島』が始まるわけですからね。
横溝 けど、『本陣』の反響ね、それ、田舎にいたから、わかんないですからね。
小林 ぼくは自分でも書いているように、あれは非常にショック受けましたね。だからいま、あのときの『蝶々殺人事件』と『獄門島』とどれかというようなこと、冷静な判断をすればいろいろあると思うんですけれども、読んだときのショックは『本陣殺人事件』が一番大きかったですね。特に完結編が、つまり、それまで、ああいうロジックの小説というのはなかったわけですから、非常にビックリしたですね。それと、あの頃、こちらの生活が転々と変わってますから、読んだ場所が違うわけですよ、「宝石」を。初めのほうは疎開先で読んだ、終わりのほうは東京に帰ってきて読んでるとか、そういうことです。ですから、そういう想い出も非常にあったと思うんですけれども、やっぱり、『本陣』は読んだ時点で非常にショックが大きかったですね。
横溝 そういうこと、田舎にいたもんですからちっとも知らなかったな。知ってたらかえっていけなかったかもしれないね。知らずに、もう自分はこれしか書き様がないんだからって。
小林 あれが終わった号に、すぐ『獄門島』の予告が出ましたですね。あれはビックリしたですね。まったく立て続けに……。
横溝 田舎にいたからでしょう、雑音が入らないから、沈潜できるんですね。
小林 それで、『本陣』は江戸川先生の批評が出ましたね。あれがやっぱりぼくには、非常に印象が強かったですね。これでもう完全なものだという感じがありましたから。あの批評もぼくは、五、六回読んだと思うんですけどね。
横溝 乱歩、あれ発表する前に送ってくれましたよ、原稿を、「こういうものを書くんだが」って。もう、ぼくは異議はないわね。
小林 ですから、『本陣』『蝶々』『獄門島』この三作というのは、ものすごく印象が強いですね、わたくしなんか。つまり中学生で、ずっと連載のときに読んでるわけですから……。
横溝 一番感受性の強い年頃だからね、中学生といえば。
初出:野性時代 昭和50・1975年12月号
底本:小林信彦編『横溝正史読本』角川書店 角川文庫 昭和54・1979年1月5日
掲載:2008/04/09

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