RAMPO Entry 2009
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2009年11月4日(水)

書籍
英文学の地下水脈 古典ミステリ研究〜黒岩涙香翻案原典からクイーンまで〜 小森健太朗
2月27日初版 東京創元社
B6判 カバー 244+3ページ 本体2500円
著:小森健太朗
第六章 ウィリアムスン『灰色の女』と黒岩涙香『幽霊塔』をめぐって
第二部 >
評論 p121−140
初出:灰色の女 A・M・ウィリアムスン 2008年2月25日 論創社
第十章 密室講義の系譜
第二部 >
評論 p213−228
初出:密室殺人大百科・下 時の結ぶ密室 二階堂黎人編 2000年7月21日 原書房

第六章 ウィリアムスン『灰色の女』と黒岩涙香『幽霊塔』をめぐって

小森健太朗  

 そしてまた、原作が『灰色の女』らしいとわかっても、現物を参照した者がいないために、色々と不確実な憶測が、『幽霊塔』のテキストをめぐってなされていた。たとえば、江戸川乱歩著・『幽霊塔』の創元推理文庫解説でジョルディ・フィリップは「最初の『幽霊塔』は、外国作品を自由奔放に切り貼りした、いわば複合翻案ものであったと考えられます」と述べている。これは、この『灰色の女』と涙香の『幽霊塔』を読み比べてみれば、まったくそうではないことが明らかとなる。『幽霊塔』は複合翻案ものでは全くなく、専らウィリアムスンの『灰色の女』を原作とする(原作に比較的忠実な)翻案である。
 筆者が偶然にも、この原作を入手できたのは、インターネットによる古書検索によってである。古書店のページや古書オークションのページで、いくつかの探索本を求めていて、偶然ウィリアムソンの『灰色の女』が売りに出ているページを発見し、それを購入することに成功したのが、二〇〇〇年の春であった。その原書を読み通した結果、それが間違いなく涙香の『幽霊塔』の原作であることが確認できた。
 筆者自身、高校時代に『幽霊塔』を初読して以来十年以上にわたる原著捜索の成果でもあり、日本全体を見渡せば、涙香以降、およそ一世紀にわたって不明のまま放置され、江戸川乱歩らが熱心に探索してとうとう入手できなかった因縁の書物でもある。

 
第十章 密室講義の系譜

小森健太朗  

 乱歩の分類の卓見は、犯行時の被害者と犯人の位置という観点を導入して、より厳密な分類をしているところにある。乱歩の密室分類は、カー、ロースンの密室分類を継承しつつ、完成度を高めたものとして評価すべきだろう。しかし、この分類もまた、仔細に検討してみると、いくつかの不備があることに気づかされる。
 泡坂妻夫は、『トリック交響曲』(一九八一年)において、乱歩のトリック分類には、「原理別」の分類と「現象別」の分類が混在していることにより不備が存在していると指摘している。この不備の指摘は、カーの密室講義にも該当するところがあり、A−五やA−七における時間的錯覚による密室の構成は、本来、犯人が室内で犯行をなしたという「原理」からBに分類すべきところを、犯人が室外から犯行をなしたように見える「現象」から、Aに分類してしまったという指摘ができよう。
 密室トリックを分類しようとする場合は、密室がどのように見えるかという「現象」の観点からではなく、密室がどのように構成されたかという「原理」から分類すべきであろう。その意味では、乱歩の分類は、「密室脱出トリック」という項目をDにたてているのは、「現象」の観点からの分類項目が混在していると言えるし、B−2−ホに「汽車と船の密室」という項目をたてているのも分類原則からみて不統一である。

 
 東京創元社:英文学の地下水脈 古典ミステリ研究〜黒岩涙香翻案原典からクイーンまで〜