RAMPO Entry 2009
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2009年11月13日(金)

書籍
久世光彦 vs. 向田邦子 小林竜雄
2月28日第一刷 朝日新聞出版 朝日新書160
新書判 カバー 201ページ 本体700円
著:小林竜雄
関連箇所
第三章 〈向田邦子から遠く離れて〉の苦闘
 乱歩の謎を探って
(p105−111)

第三章 〈向田邦子から遠く離れて〉の苦闘

小林竜雄  

 乱歩の謎を探って

 連載エッセイ「君よ知るや南の国」の第六回は「犯罪者の夢──同潤会アパート」である。
 都市生活者は生きることに疲れると失踪願望をもつようになる。久世もそうだった。そこで都会の片隅の誰も知らない部屋にこっそり隠れ住むことで匿名の身となって密やかな快楽を持ってみたいと思った。その場所として考えたのは同潤会アパートだった、といった内容である。ここに江戸川乱歩が出てくる。乱歩は昭和九(一九三四)年に麻布の中国人が経営する「張ホテル」に一カ月、滞在した、という記述である。その時、四十歳。久世はそこでは乱歩が宿泊した理由については触れてはいなかったが、雑誌『新青年』に連載中の「悪霊」が書けなくなってそのホテルに逃げ込んだというのが真相である。
 乱歩は初期の妖気漂う短編群を書きつくしてスランプになっていた。アイデアも枯渇し才能の限界を感じ出していた。
 では、乱歩は「張ホテル」で何をしていたのか、を探ったのが『乱歩』であった。久世はすでに「犯罪者の夢──同潤会アパート」を書いた時に、この構想をもっていたのではないかと思える。
 久世と乱歩の小説との出会いは五歳の時だった。父親の書棚から平凡社の「現代大衆文学全集」の『第三巻・江戸川乱歩集』を取りだしては「二銭銅貨」や「踊る一寸法師」を夢中になって読み耽って妖しい世界に魅了されていった。普通の子どもならば、少年向けに書かれた「少年探偵団」シリーズから入っていくのだろうが、久世は大人が楽しむ背徳的で異端の作品群から入ったというから早熟といわざるをえない。まさに“恐るべき少年”だった。それ以来、乱歩は久世にとって怖いが幻惑的な作家としてずっと輝き続けた。
 久世は乱歩には二つの顔があると考えてきた。「屋根裏の散歩者」や「パノラマ島奇談」を書いた乱歩と「少年探偵団」や「怪人二十面相」を書き続けた乱歩である。最初の顔と二番目の顔の間に裂け目があった。だから、別の人間になったと考えた。その狭間でどんな心境の変化があったのか、を探ったのである。
 『乱歩』には、久世のペダンチックな教養が絢爛と繰り広げられているが、それに惑わされてはならない。読んだ本のことや当時の出来事について述べるところにくると、乱歩とは思えなくなっていく。その語り口は、久世の作家論集『悪い夢──私の好きな作家たち』で書いた乱歩論に近いのである。先にこちらを読んでから小説に当たると、そのことは了解出来るだろう。乱歩という仮面をかぶっている久世が見えるのだ。つまり、これは小説の形を取った久世の乱歩論なのである。なんでこんな面倒な手法を取ったのかというと、そこにはそうせざるを得なかった久世なりの切実な事情があった。

 
 朝日新聞出版:久世光彦vs.向田邦子