RAMPO Entry 2009
名張人外境 Home > RAMPO Entry File 2009 > 03-17
2009年3月19日(木)

ウェブニュース
YOMIURI ONLINE
3月17日 読売新聞社
アートで地域を元気にする街 東京都豊島区 野澤猛
Home > ホームガイド > わが街住み心地 >

アートで地域を元気にする街 東京都豊島区

 東京都の北西部に位置する豊島区は、面積13.01平方キロメートルに人口約26万人(平成21年3月現在)が暮らす。若者に人気の繁華街を擁する池袋やとげぬき地蔵で有名な巣鴨、またミステリー作家、江戸川乱歩が終の棲家とした西池袋、鬼子母神や多くの文人が眠る霊園のある雑司が谷界隈など、今昔を問わず流行や文化的スポットが豊富な地域だ。区は2005年、「文化創造都市宣言」を掲げ、地域住民と協働で街そのものをアート空間としたイベントなどを推進している。“芸術による地域住民の交流の場づくり”の現場を体験取材した。

廃校校舎を芸術活動の拠点に

廃校となった旧朝日中学校を利用した「にしすがも創造舎」

教室は、劇団の稽古場として使われている。一日の使用料は3000円、音楽室の使用料は5000円

「カモ・カフェ」の店内に飾られているワークショップ参加者が作ったオブジェ。ここの人気メニューは、「手作りカレー」(500円)

 「とげぬき地蔵」で知られる巣鴨地蔵通り。この通りを抜けて5分ほど歩くと、学校の校舎が見えてくる。ここは「にしすがも創造舎」。区とNPO法人「アートネットワーク・ジャパン」、NPO法人「芸術家と子どもたち」が、芸術を通じた地域住民の交流などを目的として運営しているこの事業は、2001年に廃校となった区立朝日中学校の跡地を利用して行われている。

 現在、ここでは改修した教室や体育館を劇団の稽古場施設として貸し出したり、子どもや地域の方に向けたワークショップや公演を行っている。毎年夏には、『にしすがもアート夏まつり』を開催し、プロの劇団による本格的な公演や、子ども自身が舞台制作・演技を行うワークショップなどを行っている。昨年は豊島区ゆかりの作家、江戸川乱歩の作品を上演した。また昨年10月には、施設内にアート・カフェ、「カモ・カフェ」をオープン。子どもから大人まで、誰でも気軽に立ち寄って、芸術や趣味などについて話せる場となっている。カフェにはさまざまなアートに関する書籍などがあり、地域住民と芸術家の結節点として期待しているという。

 「にしすがも創造舎」の企画・制作担当である武田知也氏は次のように語る。

 「芸術は様々なものの見方を提示する力を持っている。固定された人間関係、固定された価値観をひっくりかえすパワーがある。作品に触れることで、新たな発見があるかもしれない。学校や会社、家庭とはまた違った場所として、様々な出会いと発見を提供できたらいい」。武田氏によると、すでに年間3万1000人(2007年度実績)が「にしすがも創造舎」を利用しており、区内はもちろん区外からも多くの芸術関係者が集まっている。

芸術を育む風土が根付く土地柄

 芸術文化事業に熱心な豊島区はこれまでにも、さまざまな施策を展開してきた。2002年には区政70周年記念事業として、地元の立教大学や企業と協働で江戸川乱歩展を開催。04年には、区の「文化芸術創造都市の形成・としまアートキャンバス計画」が内閣府の地域再生計画として認定され、05年には前出の「文化創造都市宣言」を発表。さらに06年には文化芸術振興条例を施行した。その間、「にしすがも創造舎」をはじめ、舞台芸術の創造・発信・担い手育成をコンセプトとした劇場『あうるすぽっと(区立舞台芸術交流センター)』を設立(07年)、さらに池袋の至るとこで展覧会を開き、街全体を美術館にするというイベント『新池袋モンパルナス西口まちかど回遊美術館』をNPOや企業と協働により開催している。

 豊島区文化デザイン課の上野仁志課長は、「文化が豊かだと地域が元気になる。文化にはいろんな人が関わることができる。豊島区は、街全体で文化を育てる街づくりを行っている」と説明する。

 また同区文化観光課の栗原章課長によると、もともと旧朝日中学校の敷地には大正から昭和初期にかけて映画撮影所があり、巣鴨はかつて映画の町として栄えていたという。「池袋周辺も昭和初期から戦前にかけて多くの若手芸術家が集う街だった。豊島区内には現在も多くの演劇場がある」(栗原課長)という。つまり、豊島区は昔から芸術を育む風土が根付いている地域と言える。

 ちょうど今年2月26日から3月29日までの約1か月間、国際的な舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」が豊島区で開催されている。「にしすがも創造舎」と「あうるすぽっと」、西池袋の「東京芸術劇場」を会場に、世界から集まった14作品が上演されている。

ワークショップに参加し 音楽と仲間との交流を体験

セミンコオーケストラの皆さん。左から谷口直子さん、森山冬子さん、棚川寛子さん、綾田將一さん

親子で楽器作り。熱心に作品づくりに打ち込む子どもたち

絵本の冒頭をイメージしてのBGMづくり。子供たちは自分で作った楽器を手にとり、リズムに合わせて演奏

絵本のラストシーンでは、みんなで合奏。楽譜はなくすべて即興演奏

親子で参加の秀島真弓さん、優くん、春花ちゃん。「ぐるんぱのようちえんの合奏がすごかったです。またやりたい」と春花ちゃんが恥ずかしそうに話す

 「にしすがも創造舎」内にある「カモ・カフェ」で行われているワークショップのひとつ、「音で遊ぼう〜Seminko Orchestra(セミンコ オーケストラ)の『きこえる絵本』」に参加してみた。

 セミンコオーケストラとは、舞台音楽家である棚川寛子さん、役者である森山冬子さん、谷口直子さん、綾田將一さん、金子由菜さんらで構成される人形劇などの「オブジェクト・シアター」を中心とした演劇グループ。今回のワークショップでは、絵本「ぐるんぱのようちえん」のストーリーを題材に、カモ・カフェで流れるBGMを作るというもの。しかも、その音楽を奏でる楽器も作ってしまおうというイベントだ。

 参加者は親子連れや若いカップルなど21人。セミンコオーケストラの面々が手作りの衣装で楽器を演奏して歌いながら入場。まずは、自己紹介。セミンコオーケストラのメンバーだけでなく、当日参加する子供も大人も、前に出て自己紹介をする。

 最初にセミンコオーケストラの綾田將一さんによる絵本を読み聞かせ。最初は騒いでいた子供たちも、2回目に音楽つきで同じ話を朗読すると、集中して綾田さんの声に耳を傾ける。

 その後は、楽器作りにとりかかる。今回作るのは、象の「ぐるんぱ」の顔を模したシェイカー。おもちゃのカプセルを頭にして、布の切れ端で耳を作り、使い古した手袋の指の部分を切ったものを鼻にして、ボンドでカプセルにつけていく。セミンコオーケストラのメンバーが丁寧に説明してまわる。カプセルの中にビーズやお米を入れ、紙粘土やシール、ビーズで目を入れれば完成だ。子どもたちはカラフルな色の布やビーズを使って、創造性あふれるシェイカーを作った。一方で、お父さんやお母さんなどの大人も子供に負けじと独創的な作品を作ったり、細かい部分を丁寧に作りこむ人もいる。

 楽器が完成すると、手作りのシェイカーを手に、絵本のはじまりの部分のBGMをみんなで作る。リズムに合わせ、シェイカーをふりながら、「ぐる、ぐる、ぐる、ぐる、ぐるんぱのようちえん!」というセリフを入れる。なかには楽しくて踊りだす子供もいる。

 終りのシーンでは、ぐるんぱが子どもたちと楽しく遊ぶ様子を音楽で表現する。「カホン」や「スリットドラム」など、普段目にすることが少ない珍しい打楽器や、タッチベルなどの簡単に演奏できる楽器をセミンコオーケストラが準備してきてくれた。子どもたちは気にいった楽器をそれぞれ手にとり、谷口さんの演奏するアコーディオンに合わせて、四小節分をソロで順番に演奏していく。最後には参加者全員での合奏となる。様々な楽器の奏でる音が重なり合って、思わず鳥肌が立ってしまうほど重厚で表情豊かな楽曲となった。

 参加者の一人、渋谷在住の萩原憲一さんは、「子供も音楽には関心があるようですが、これだけ見ず知らずの人たちと大勢で演奏することはあまりないためか、今回はとても楽しそうでした。理屈じゃなくて、肌感覚で音楽を教えてくれるのがよかった。絵本と音楽の合作が感動的でした」と語る。また、親子3人で参加した秀島真弓さんは、「絵本の世界が広がっていき、とても楽しかったです。引っ込み思案な娘も、知らない子ともお友達になれたようです」と喜ぶ。大人顔負けの演奏をしていた関根朋香ちゃんは、「いろんな楽器を知ることができてうれしかった。一番楽しかった楽器は、ログドラム。これからもいろんな楽器をやってみたい」とはしゃぎながら話す。

 今回のワークショップのゲストアーティスト、セミンコオーケストラの棚川寛子さんは「舞台とは違って、お客さんとの距離が近いのがワークショップの醍醐味。台本にきっちり従って進行していく舞台とは違って、予定調和がなく、その場その場で判断をしながら進めていきます。たとえば、見れば『あ〜。子供たち疲れちゃってるなぁ』とか『飽きちゃってるなぁ』というのはわかるので、惰性に引きずられないようにしています。舞台とは違った緊張感がありますが、一方で違った手ごたえもあります。参加したお客さんが『楽しかった』といってくれるような時間を作っていきたい」と語る。

 日常生活で、生のアートに触れる機会はなかなかない。実際に自分が演奏したり、舞台に立ったりする機会はもっと少ない。今回のワークショップで、わずかな時間ながらもアートに触れることで、多くの人々との交流や自分自身の再発見ができた気がする。(アイーダ・野澤猛)

<取材メモ>
【にしすがも創造舎】
豊島区西巣鴨4-9-1 旧朝日中学校 電話03-5961-5200
http://sozosha.anj.or.jp/index.html
【セミンコオーケストラ】
http://www.seminko.net/
【フェスティバル/トーキョー09春】
http://festival-tokyo.jp/

取材協力
株式会社アイーダ
地域での市民活動や体験・交流型イベント等の情報サイト「チキタビ」(http://tikitabi.com/)を運営する会社。「地域の、地域による、地域のための観光を志向する」を基本理念として地域観光研究所を設立。

(2009年3月17日 読売新聞)

 
 YOMIURI ONLINE:Home