RAMPO Entry 2009
名張人外境 Home > RAMPO Entry File 2009 > 04-01
2009年3月9日(月)

雑誌
文藝春秋SPECIAL 季刊春号
4月1日 文藝春秋 第8号
B5判 204ページ 本体1000円
日本人は本が好き 人生の一書と出会う読書案内
全ページ特集
江戸川乱歩の土蔵 紀田順一郎
伝説の読書人 4
コラム p183

 「文藝春秋SPECIAL」という雑誌は初めて購入したのですが、これは高齢者向け、といって悪ければ中高年向けの雑誌という印象で、げんに前号の特集は「アンチエイジング読本」だったということですから、そこそこいい齢になってから「人生の一書と出会う読書案内」なんて読んでもあまり意味がないのではないか。それかあらぬか、なんだか散漫な感じの読書案内とはなっております。

 なかに紀田順一郎さんのコラム「伝説の読書人」が織り込まれていて、タイトルを列記すれば──

1 永井荷風の鴎外崇拝
2 南方熊楠の個人図書館
3 芥川龍之介の読書論
4 江戸川乱歩の土蔵
5 植草甚一の職人芸

 しかし紀田順一郎さん、いったいどうなさったのでしょうか。わずか一ページの「江戸川乱歩の土蔵」に事実誤認がありすぎます。先達の誤りを訂するのはいってみれば恩返しみたいなものですから、まことに僭越ながらその労を取ることといたします。

 
江戸川乱歩の土蔵

紀田順一郎  

 三重県名張市の商家に生まれた乱歩は、高等小学校一、二年生(現在の小学五、六年生)ごろから自分で謄写版の少年雑誌をつくるようになり、そのうちに活字を購入して組版を行い、三人の友人たちと合作した探偵小説を掲載するまでにいたった。

 
 乱歩が生まれたのは「商家」ではありません。いまふうにいえば公務員家庭。家は借家でした。また、乱歩が友人と雑誌「中央少年」を発行したのは明治42年、十五歳のときのことでしたが、「三人の友人たちと合作した探偵小説を掲載するまでにいたった」などという事実はなかったのではないかと思われます。
 
 学生時代(早大政経学部)は苦学を強いられたが、貸本屋から紅葉、鏡花、露伴などを借りて読み、文学全般に目覚めた。大正五年(一九一六)に大学を卒業したときには学問への夢も抱いていたが、収入を得るため代議士の経営する貿易商に入社、以後は中華そば屋、古書店、諷刺漫画誌の編集長などを含む多種多様の職業を経験、それに従って住居も転々とし、ようやく大正十二年発表の『二銭銅貨』によって、プロの作家となった。
 
 乱歩が紅葉、鏡花、露伴に親しんだのは中学時代で、「子供ながら、深く感銘した記憶がある」(探偵小説四十年)とのことです。大学時代には「ポーとドイルの発見」を通じて探偵小説に目覚めたというべきでしょう。また、「代議士の経営する貿易商に入社」というのも誤りで、代議士の紹介で貿易商社に入社したというのが本当のところです。
 
 二年後の『心理試験』は、当時の新知識であったフロイトの精神分析を巧みに採り入れているが、前記の土蔵には昭和初期に出版された二種類のフロイト選集をはじめ、精神分析関連の蔵書が多数収められている。
 
 「心理試験」の着想のもとになったのはミュンスターベルヒの『心理学と犯罪』である、と乱歩自身が述べています。乱歩作品にフロイトのアンコンシャスが初めて登場するのは「心理試験」から半年後に発表された「疑惑」ということになるわけですが、紀田順一郎さんほんとにどうなさったのかと案じつつ、僭越きわまりない訂補の筆を擱きます。
 
 文藝春秋:文藝春秋SPECIAL 2009年季刊春号