RAMPO Entry 2009
名張人外境 Home > RAMPO Entry File 2009 > 04-06
2009年4月12日(日)

ウェブニュース
YOMIURI ONLINE
4月6日 読売新聞社
『ミステリーとの半世紀』 北上次郎
Home > 本よみうり堂 > 書評 >

『ミステリーとの半世紀』

佐野洋
出版社:小学館
発行:2009年2月
ISBN:9784093878265
価格:¥2100 (本体¥2000+税)

第一線作家の回顧録

 版元のPR小冊子「本の窓」に連載中から愛読していたが、それがようやく一冊になったとは嬉(うれ)しい。

 日本の大衆小説界においてミステリーがその中心を占めるようになったのは一九六〇年代からだが、佐野洋はそのころから第一線に居つづけている作家である。一九七三年から七九年までは日本推理作家協会理事長を務め、さらに「小説推理」誌上で連載中の「推理日記」(実作者であり評論家でもある著者の刺激的なエッセイ)は三十七年目に突入して、なおも継続中。本書はそういう著者の回顧録だから、実に興味深い。

 一九六五年に佐野洋は『華麗なる醜聞』で日本推理作家協会賞を受賞するのだが、福永武彦から「候補作の中に、塔晶夫の『虚無への供物』があったら、わからなかったよ」と言われたことや、その日本推理作家協会が出来たいきさつ、そして『邪馬台国の秘密』をめぐる高木彬光と松本清張の論争や、三好徹『乾いた季節』に使用されたトリックが黒沢明「天国と地獄」からの盗用と受け取られる東宝側の談話に対して協会が正式に抗議した騒動にも言及。さらに若手作家の集まりである「他殺クラブ」の例会に入会が諮られた夜にその結果を新宿のバーで梶山季之が緊張して待っていたという挿話なども印象的だ。

 興味深いエピソードにあふれているが、個人的には、ある光景にたちどまる。新聞社主催の文人碁会に参加したとき、競馬中継を見たくて川端康成の脇にあったテレビのチャンネルを三好徹と相談して変えたという挿話だ。それについて後日ある作家から、川端康成はそのときテレビを見ていなかったのかもしれないが、しかしあれが江戸川乱歩だったら君たちは同じことをしたかいと訊(たず)ねられ、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)したかもしれません、と答えているのが面白い。佐野洋と三好徹が若手作家のときのエピソードだが、ミステリー界における江戸川乱歩の大きさを象徴する光景のような気もするのである。

 ◇さの・よう=1928年、東京生まれ。97年に日本ミステリー文学大賞を受賞。短編の名手として知られる。

小学館 2000円

評・北上次郎(文芸評論家)

(2009年4月6日 読売新聞)

 
 YOMIURI ONLINE:Home