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2009年4月23日(木)

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4月21日 読売新聞社
大江健三郎賞に安藤礼二さん 山内則史
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大江健三郎賞に安藤礼二さん

「折口文学」根源も系譜も

安藤礼二さん

 文芸評論家の安藤礼二さん(41)の『光の曼陀羅(まんだら) 日本文学論』(講談社)が、第3回大江健三郎賞に選ばれた。10代から繰り返し読んできた折口信夫『死者の書』の初稿にさかのぼり、この作品と折口の思想の根源にあったものを読み解き、折口の文学を継承する作家の系譜を論じた大作だ。(山内則史)

 「小説の賞だと思っていたので、最初はえっ?と思いました。評論集を文学の言葉として認めていただけたのが非常にうれしい」

 受賞作は、2002年に「神々の闘争――折口信夫論」(群像新人文学賞評論部門優秀作)でデビューした著者が、昨年まで7年間に発表した日本近代文学をめぐる論考を収める。

 第2部「光の曼陀羅」では「死者の書」の初出テキストを具体的かつ綿密に読み、改編されていく背景、仏教とキリスト教の影響などを「探偵のように」資料を駆使して追跡。目覚めた死者を主人公とする物語と受け止められがちなこの作品を、死者と交歓し、死者に新たな霊魂を付与する少女の物語として再生させた。第1部「宇宙的なるものの系譜」では埴谷雄高、稲垣足穂、武田泰淳、江戸川乱歩、南方熊楠、中井英夫ら、安藤さんが愛読してきた作家たちを、折口の流れをくむ者として自在に論じる。

 「一つであり、それが無限に広がるというのが、私にとって文学のありかたの原型。無数の言葉で書かれた無数の文学が、一つ光になる形としてある『死者の書』と、それに呼応する作品を、自分なりの曼陀羅に織り上げていった」と語る。

 大江さんは選評(群像5月号)で〈散文を読む喜びと刺戟(しげき)に満ちている文章の書き手〉〈じつに歴史的、空間的に(あるいは、神秘的、宇宙論的に)複雑な思考を続けていられる〉と高く評価した。

 受賞の報を受けた時、折口が残した「死者の書 続篇(ぞくへん)」草稿に想を得た「霊獣 『死者の書』完結編」(新潮5月号)を執筆中だった。同性愛者とされる折口の愛と創作の関係、神の問題、そして草稿で空海の復活が主題になっているのはなぜか――。「半分以上空想を込めて、評論と小説のあわいのようなものになった。『死者の書』に自分なりのけりがつけられました」

 曼陀羅を輸入した空海と折口との、時空を超えた思想の接点を求めてゆかりの地を訪ね、両者を架橋する仕事は、安藤さんにとって節目と呼ぶにふさわしい。

 次なるテーマは『コーラン』の訳者で『意識と本質』の著者、井筒俊彦。折口の教えを受けた人でもある。「戦前、戦中の日本人にとってイスラムとは何だったのか、まずはかっちりした評伝を書いてみたい。当たり前だと思っている歴史を読み直し、解釈を重ねて新しいイメージを生み出していくのも、批評のあり方。それが、未来につながっていくんだと思います」

 折口信夫(しのぶ) 1887〜1953年。国文学者、民俗学者。歌人・釈迢空(しゃくちょうくう)としても知られる。民俗、宗教、国語から芸能史まで、古代研究に基を置いた広範な学問は「折口学」と呼ばれる。代表作に『古代研究』、歌集『海やまのあいだ』、小説『死者の書』。

(2009年4月21日 読売新聞)

 
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