RAMPO Entry 2009
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2009年6月28日(日)

雑誌
国語国文 第78巻第4号
4月25日 中央図書出版社 896号
A5判 37+20(横組)ページ 本体648円
編:京都大学文学部国語学国文学研究室
江戸川乱歩『ぺてん師と空気男』と『The Compleat Practical Joker』 宮本和歌子
評論 p1−20(横組)
一、はじめに二、『The Compleat Practical Joker』と『ぺてん師と空気男』三、探偵小説と落語四、『Joker』と一人二役五、おわりに

 
 乱歩が最後の長篇「ぺてん師と空気男」を執筆するにあたって依拠したのはアレン・スミスのジョーク集であった、ということを詳細に実証した論文です。両者の関連についてはこれまでにも、執筆中の乱歩の「机のまわりにあったのは、プラクティカル・ジョークの新刊書(ハードカヴァ)ばかりだった。その中には、のちに『いたずらの天才』という訳名で出たアレン・スミスの著書もあった」という小林信彦さんの証言(『回想の江戸川乱歩』)があるのですが、そのスミスの著書こそが「ぺてん師と空気男」に登場するジョークのいわゆる元ネタであったことが裏づけられました。

 「一、はじめに」から引用。

 
江戸川乱歩『ぺてん師と空気男』と『The Compleat Practical Joker』

宮本和歌子    

 江戸川乱歩には、海外の探偵小説作品からの翻案や、筋や雰囲気に案を得て執筆した作品が非常に多いのだが、大抵は、その事実を自身が自注自解や随想で明かしていた。従って、これまでは、元となっている海外作品名を特定するのは容易であった。「自解」(昭和三七年八月桃源社刊『江戸川乱歩全集』第一一巻)では、『白髪鬼』と『幽霊塔』が涙香の飜案の改作であったこと、『三角館の恐怖』がスカーレット『エンジェル家殺人事件』の、『幽鬼の塔』がシムノン『サン・フォリアン寺院の首吊人』の、『緑衣の鬼』がフィルポッツ『赤毛のレドメイン家』のそれぞれ書きかえであったことが、明らかにされている。短篇でも、『踊る一寸法師』(大正一五年新年増大号『新青年』)は、ポーの『ホップ・フロッグ』のような味を狙ったものであり(「探偵小説三十年」連載四回目、昭和二六年六月『宝石』)、『目羅博士の不思議な犯罪』(昭和六年四月『文芸倶楽部』)は、エーヴェルスの『蜘蛛』に着想を得た(『幻影城通信』の「怪談」第五回目、昭和二四年一月『宝石』)という。『石榴』(昭和九年九月『中央公論』)もまた、ベントリーの『トレント最後の事件』に刺激され、執筆した作品である(「探偵小説三十年」連載三六回目、昭和二九年八月『宝石』)。
 ひるがえって、本論で取り上げる『ぺてん師と空気男』(以下『ペテン師』と略)の場合、作者自身が「プラクティカル・ジョーカーの逸話集のようなもの」の名を特に挙げなかったためか、その存在は探求されず、従ってその題名や内容も不明であった。しかし、新保博久・山前譲編『幻影の蔵 −江戸川乱歩探偵小説蔵書目録−』(平成一四年一〇月東京書籍)付属のCD-ROMには、『The Compleat Practical Joker』(以下『Joker』と略)という一冊の洋書の名が見出される。これは、アメリカの新聞記者Harry Allen Smithが著し、一九五三年にDoubleday & Companyから出版された約三〇〇頁の実話ジョーク集であるが、本論ではまず、この『Joker』が『ぺてん師』の主要な材源であることを具体的に論証していきたい。

 
 以下、両著に共通する「何も書いていない本を面白そうに読むジョーク」や「口から伸びる紐のジョーク」などが英文と和文を対照して検証され、乱歩最後の長篇が「細かなジョークの実例を『Joker』に仰いでいる」ことが証明されたあと、乱歩と落語の関係性、乱歩がこの作品で一人二役を演じていた可能性といったあたりにも筆が進められます。

 論文末尾の記載によれば、筆者は京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程に在籍。乱歩が「ぺてん師と空気男」の元ネタを明示しなかったのは、もしかしたら後世の読者にそれを発見する愉しみを残しておいたということだったのかもしれませんが、まさか京大の大学院に通うお嬢さんが発見者として名乗りをあげることになろうとは、いくら乱歩だって夢にも考えていなかったにちがいありません。

 
 中央図書出版社:国語国文