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2009年5月7日(木)

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4月29日 産経デジタル
「もの」から心豊かな時代へ 不況時は書籍が力発揮
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「もの」から心豊かな時代へ 不況時は書籍が力発揮

2009/4/29

数々のロングセラーを世に送り出している

パソコンで正確な情報が入手できる

□ポプラホールディングス社長兼CEO 坂井宏先氏

 ■“知恵”授かって資質高めよう

 ──長く出版不況が続いている

 「出版不況が続く中で、昨年から世界規模の金融危機が起きた。ここからは当分、脱却できないのではないかと思う。日本はまた物の豊かな国に再生されるという人もいるが、それは恐らく幻想だろう。しかし、これは出版業界にとって千載一遇のチャンスではないかと考えている」

 ──それはどういうことか

 「過去を振り返ると、応仁の乱の時代を含めて日本にはもっと悲惨な時代がいっぱいあったはずだ。それでも時代に応じた文化が生まれてきた。これまでは多様なメディアがあり、子供たちはゲームやアニメや音楽といった外的刺激の多いものの中で暮らしてきた。しかし、世の中が不況になっていくと、自分のアイデンティティーをしっかりと持たなくてはいけなくなる。物の豊かさや享楽的で刹那(せつな)的なことよりも、どう生きるかを考えなくてはならない。子供がいる人なら、この子たちが将来、どうやったら生活を営んでいけるだろうかと不安を持つはずだ。自分とはどういう人間かを問い詰めていくには、文学や哲学、宗教といったものを求めざるを得ないのではないか。だから、書籍は従来よりも伸びてくるだろうと予測する。何より本は価格も安い。出版界は来年あたりからよくなっていけるはずだ」 

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 ──どういう書籍が求められるか

 「不況下ではますます心の問題が重要になる。たとえば古典に戻るとか、宗教や禅、ハイデッカーのような哲学といった、答えがすぐ出ないものが求められていくのではないか。今まで大人は忙し過ぎて、本を読む時間もなかった。ビジネス書のような有用の書は読むけど、すぐ必要でない書は読まない。しかし、文学や哲学を自分の中に取り込んでいけば、自分自身の定見を持った人間になれる。知識ではなく知恵が持てるのだ。今まではマニュアル化しすぎていたと思う。物が豊か過ぎて、お金があればなんでも買えるという意識が蔓延(まんえん)していたが、これからはもっと高い資質を持つ人間へと変貌(へんぼう)する時期だと思っている」

 ──活字回帰がおきる

 「私もそうだが、リタイアを迎える団塊の世代は、これから何をするか考えなくてはいけない。時間もあり、そこそこのお金もある。今のテレビは乱雑で特に見たい番組もない。インターネットの中にあるのは情報の切れ端だ。だから、団塊の世代はこれから活字の世界に入っていくと思う。また、児童文学という観点からみると、絵本という表現も一種の哲学的な背景を踏まえたものだ。童話は子供だけのものではない。むしろ、大人や死を間近にした人間にとっては、自分の原点を指し示してくれる。児童文学と大人の文学との境界線はますますなくなっていくだろう。柳田邦男氏も言うように、小さいとき読んだ絵本を大人になって読み返してみると、また新たな深い感動を呼び起こしてくれる。世の中全体が動から静の時代に入ったのではないか。自分の心のありようや生き方を考えたときに、活字は力を発揮するはずだ」

 ──団塊世代は大きなマーケットだ

 「実際、私のような団塊の世代が書店にいっても、読める本がない。一つは活字の大きさの問題もあるだろう。昨年12月には、日本文学から傑作短編を編んだ『百年小説』を大きな活字で出した。1冊6600円もする本が売れるなんて誰も思っていなかったが、2万部、3万部と売れている。活字にはルビを振った。これは大人も子供も読めるというだけでなく、日本語が持つ本来の言葉の豊かさや美しさを味わうためだ。団塊の世代以上の人からは『よくぞこういう本を出してくれた』という声をいただいた」

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 ──これから出版界は何を考えるべきか

 「日本人は、文化度の高い国民性を持っている。庶民であっても短歌や俳句を詠み、生花をいける。それが戦後の高度成長でアメリカナイズされ、日本古来の文化をないがしろにしてしまった。日本人には伝統的な文化がある。美しい国への回帰というのだろうか。100年に一度といわれる不況の中で、日本人独自の文化が覚醒(かくせい)するのではないか。日本人はかつて経済の分野で世界に認められた。この経済危機を乗り越えることで、文化国家として世界に冠たる国に生まれ変わると自信を持っている。だから、これは神様が与えてくれた大きな試練であると同時に、大きなプレゼントではないか。われわれ出版界もそうした声に応えられる書物を作っていかなくてはならないと思っている」

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【プロフィル】坂井宏先

 さかい・ひろゆき 1946年、愛知県生まれ。早稲田大学卒、女子美術大学付属高等学校で1年間、教べんをとる。72年にポプラ社に入社。労働組合のない同社で「社員の会」を結成。一方で「ズッコケ三人組」「かいけつゾロリ」などヒット作を担当。98年に代表取締役社長に就任。07年4月にポプラホールディングスを設立。

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【会社概要】ポプラホールディングス

 ▽本社=東京都新宿区大京町22−1

 ▽設立=1947年

 ▽資本金=2400万円

 ▽従業員数=240人

 ▽年間新刊点数=504点(2006年4月〜07年3月)

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 ■持ち株会社で新戦略着々と展開 児童書から総合出版事業に

 「かいけつゾロリ」「ズッコケ三人組」など児童書で知られるポプラ社。2000年に本格参入した一般書も好調だ。同社が発掘した新人作家、小川糸の「食堂かたつむり」は昨年、文芸書部門でベストテンに入るなど、長引く出版不況の中で着実にヒットを飛ばしている。

 ポプラ社が創業したのは1947年。当時人気のあった雑誌「少年倶楽部」に連載していた「怪傑黒頭巾」(高垣眸著)などを刊行し、児童図書専門出版社として順調なスタートを切った。1953年に学校図書館法が制定されたことも追い風となった。読み物中心から教育的な図書を加えることで、大きな発展を遂げている。

 一方で、創業者の田中治夫氏は当時の出版社には珍しく販売に力を入れた。自ら全国の書店をくまなく回り、1957年には業界でも画期的な学校巡回販売をスタートした。社を挙げて販売に取り組む姿勢は現在も受け継がれる。同社では全社員が1人5店の「マイショップ書店」を持ち、月1回は書店を訪れて本の補充に当たる。社員1人1人が販売の現場を知ることの意味は大きい。

 児童向けの読み物ではフランスの推理小説「怪盗ルパン全集」(全30巻)、「子どもの伝記物語」(全50巻)など、シリーズ化で成功を収めている。1964年に刊行した「少年探偵・江戸川乱歩全集」(全46巻)では、子供たちに乱歩ブームを巻き起こした。1978年には大ヒットシリーズとなった「ズッコケ三人組」第1巻を刊行。同シリーズをプロデュースしたのは現ポプラホールディングス代表取締役の坂井宏先氏だ。当時の児童書は教訓的でまじめなものばかり。「子供が心から楽しめる本を作りたい」と考えた坂井氏は、漫画風の挿絵を融合し、子供向けエンターテインメントいうコンセプトを打ち出した。全50巻まで発行した同シリーズは合計2300万部に及ぶロングセラーとなっている。

 児童書業界で確固たる位置を築いたポプラ社は2000年、一般書に本格参入し、総合出版社として歩み始めた。事業開始から5年目に刊行した「Good Luck」(A・ロビラ著)は180万部の大ベストセラーだ。04年には中国進出、07年に持ち株会社「ポプラホールディングス」を設立するなど、新たな戦略に注目が集まる。

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 ■中国に児童書の専門店 子供たちに絵本文化を

 中国に豊かな絵本の文化を広めたい−。ポプラ社は2008年9月、中国で5店目となる絵本専門書店を上海市内にオープンした。出版規制の厳しい中国で、小売店から事業に参入し、絵本文化のすそ野を広げていく戦略だ。

 中国にも児童向けの図書はあるが、活字で埋めつくされた読み物が中心で、「絵本」と呼べるものはなかった。1995年、中国を訪れた坂井宏先代表取締役は、絵本文化がほとんど存在しない現実に衝撃を受け、中国進出を決意する。「絵本は子供の豊かな成長に欠かせない存在だ。さまざまな理由から中国に絵本が根付いていないことを知り、中国の子供たちに絵本を届けたいという大きな夢を抱いた」と当時を振り返る。

 現地法人の設立には4年の準備期間をかけている。出版・メディア事業は中国でも最も開放が遅れている分野だ。多くの外国企業が資本参加という形で進出を図るのに対し、ポプラ社は現地法人設立の申請から始めた。2004年7月、合弁会社、北京蒲蒲蘭文化発展有限公司の設立認可を取得し、翌年には中国で初めての絵本館オープンにこぎつけた。

 現在では北京に2店、天津、瀋陽、上海と児童書専門書店を展開している。パステルカラーの明るい店内は、読み聞かせのイベントスペースがあり、中国語・日本語・英語の絵本や知育玩具などが並ぶ。同公司が翻訳を手がけた絵本は50タイトルを超える。現地の絵本作家の育成にも力を入れ、06年には中国人作家の創作絵本「ヤンヤンいちばへいく」を日本と中国で同時出版した。絵本文化が根付くまでには時間を要するが、教育熱の高い中国は新たな市場として大きな可能性を秘めている。

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【TOPICS】

 ■インターネット版百科事典発売 新しい情報を毎日更新

 インターネットでの調べ学習に、より正確な情報を提供するため、ポプラ社は2006年12月、子供向け総合百科事典「ポプラディア」のインターネット版「ポプラディアネット」を開設した。キーワードを入力するだけで簡単に検索でき、百科事典の豊かな情報が入手できる。解説には写真や音、動画などをふんだんに使用した。インターネットの特性を生かした最大の特徴は、新しいニュースやキーワードが毎日更新されていくことだ。オバマ大統領のプロフィルや合併した市町村の内容など、最新の情報を学習に生かすことができる。「これまでの百科事典の難点は、情報が古くなってしまうこと。インターネット版なら責任を持って編集した正確な情報に差し替えることができ、学校での調べ学習に役立ちます」とポプラディアネット局の飯田建局長は言う。サイトの元になったのは学校図書館出版大賞を受賞した「総合百科事典ポプラディア」だ。百科事典全体の売り上げが減少する中で5万5000セットを売り上げ、全国の小・中・高等学校3万5000校で採用されている。

 IDとパスワードで利用する「ID版」のほかに、「IPアドレス版」も開設した。教育委員会などが契約すると、同一のIPアドレス内にあるパソコンから自由に使うことができる。自治体全体ではID版より費用が安く、小規模校などの情報格差の解消にもひと役買う。ID版は30日間の無料体験ができる。

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 http://poplardia.net/

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「提言−ニッポン」シリーズは、今回で終了いたします。5月からは日本経済の新たな発展の道筋を描く新企画を掲載します。ご期待ください。

 
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