RAMPO Entry 2009
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2010年1月1日(金)

書籍
柳田泉の文学遺産 第三巻 柳田泉
6月20日 右文書院
B6判 カバー 442ページ 本体4800円
著:柳田泉 編:川村伸秀
乱歩氏へのお願ひ
人物の思い出 >
エッセイ p382−383
初出:別冊宝石42号《江戸川乱歩還暦記念号》第7巻第9号 昭和29年11月10日 宝石社
江戸川乱歩著『幻影城 探偵小説評論集
書評 >
書評 p398−399
初出:日本読書新聞 昭和26年6月20日 日本読書新聞社
初出タイトル:作家乱歩の情熱

乱歩氏へのお願ひ

柳田泉  

 そこでその乱歩氏に還暦を機会に一つ注文を出したい。注文といふのは少し横柄のやうだからお願ひといつた方がよいかも知れない。先日新聞で見ると、乱歩氏はこれを機に大に探偵小説の英訳(その他の外国語訳)に力をつくし、日本探偵小説の海外普及につとめるといふ。成るほどこの方面の大元老たる乱歩氏の晩年の仕事としてこの上のことはない。だが私をしていはせると、そのほかにもう一つ、どうしても乱歩氏でないと出来ない大仕事がある。誤解してはいけない、今更もう一度創作にもどつて、大傑作を出せとか何とかいふのではない。私のいふのは、日本探偵小説史の編纂のことである。
 正直をいふと、探偵小説の英訳の方は、乱歩氏さへ監督してくれれば、必ずしも一々自分で手を下さなくても出来そうである。ところが、この探偵小説史の方は、どうしても乱歩氏自身筆をとつてもらはないと駄目のやうに思はれる。その創作経歴からいつても、所蔵の資料の豊富な点からいつても、研究的頭脳の細い点からいつても内外の探偵小説をよく渉猟してゐる点からいつても、今のところ乱歩さんの上を越す適任者はいない。その上、この仕事たるや、今のうちにやらぬと出来なくなつてしまふ恐れが十分ある。時間の点でも、もう還暦すぎたとなれば、さうジャーナリズムの方からいぢめられずともすむやうに考へられる。それやこれやを考へ合せると、どうしてもこの仕事の方は、乱歩氏自身に今から始めていただきたいと思ふのである。還暦記念としても、いい記念にならうではないか。

 
 右文書院:『柳田泉の文学遺産』全3巻