RAMPO Entry 2009
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2009年9月15日(火)

雑誌
國文學 6月臨時増刊号
6月25日 學燈社 第54巻第9号(通巻787号)
A5判 191ページ 本体1700円
小説はどこへ行くのか 2009
特集
現代小説の起源 ──ブルトン、乱歩、そして透谷 松浦寿輝、安藤礼二
対談 p6−27
松浦寿輝の歩みブルトンと現代文学新感覚派マイナー文学としての乱歩折口信夫バーチャルな都市の文学明治の表象空間文学の空虚

 松浦寿輝さんと安藤礼二さん、ともに乱歩ファンを自認するおふたりの対談です。若いころ「ブルトンとずいぶん長いこと付き合いまして」という松浦さんに、大正末期から昭和初期に活躍した新感覚派や新興芸術派は「シュルレアリストと完全に同時代的なものと考えなければならない」と安藤さん。さらに川端康成、乱歩、稲垣足穂といった作家名が挙げられて──

松浦「僕は江戸川乱歩は大好きで」
安藤「いいですよね。乱歩は一八九四年生まれでブルトンは一八九六年生まれ、つまりほとんど同時代を生きています。スタイルは異なっているかも知れませんが、おそらくその表現は、深い部分で共振している。
松浦「乱歩とブルトン! それは面白いですねえ」

 といった具合に話が進むのですが、ここには「マイナー文学としての乱歩」との小見出しが立てられたパートの全文を引用。

 
現代小説の起源──ブルトン、乱歩、そして透谷

松浦寿輝、安藤礼二  

 マイナー文学としての乱歩

松浦 ブルトンに『黒いユーモア選集』というのがありますね。彼はとにかく大変な読み手で、スウィフトからサドからフーリエからルイス・キャロルから、何から何まで読み尽くし、その巨大な文学的記憶の集蔵体を現代的視点から編成し直そうと試みた。
 乱歩の場合、彼自身は『探偵小説四十年』で、自分の才能は最初の数年ですべて使い切ってしまったと言っています。確かに初期の『二銭銅貨』や『心理試験』は、芥川や志賀直哉に匹敵する名短篇の趣きがある。その後は単に読者受けを狙った通俗小説を書いてきただけだと言っていて、これはとりたてて謙遜というわけではなく正確な自己認識だと思います。が、『怪人二十面相』と『少年探偵団』以降の娯楽読み物というのは、これは大人向けも子ども向けもあるけれど、いずれにせよこれはこれで途方もなく面白い。
安藤 面白いですよね。麻薬のようにクセになります。
松浦 たいへん俗悪なものなんだけれども、ああいう腹の括りかたをすることでしか、彼は自分の血なまぐさいイマジネールを小説の中に解放できなかったんだと思います。
安藤 通俗小説のほうが乱歩の本質があからさまに現れていますよね。無意識に直結するエクリチュール・オートマティック、それに近い書き方だったのではないでしょうか。陰獣、盲獣、孤島の鬼、蜘蛛男……。動物や鉱物が人間と融合し、両性具有の天使にして獣、物質の欲望と根底的に一体化した存在が出現し、エロスとタナトスの間に区別がつけられないような世界が広がる。
松浦 いや、素晴らしいですね。『芋虫』にしても『鏡地獄』にしても……。
安藤 鏡、迷宮、分身。フーコーが『レーモン・ルーセル』で提出した概念が、すべて乱歩の小説のなかに、しかも通俗小説のほうに出てきてしまう。ドゥルーズとガタリがカフカを論じたように、フーコーがレーモン・ルーセルを論じたように、乱歩を論じなければならないのでしょう。マイナー文学はわれわれのすぐ眼の前に存在していたわけです。乱歩的世界のイメージ論、テーマ分析が早急に求められますね。
松浦 いや、これは誰かやるべきです。是非、安藤さんに(笑)。
安藤 いや、いや(笑)。
松浦 サディズムもありホモセクシャリティもありペドフィリーもあり、倒錯の見本市みたいな様相を呈している。あの時代だから、むろん検閲の問題もあって、抑制、抑圧を強いられる部分もあるわけだけど、抑圧されることでエネルギーがむしろ凝縮され、いっそうなまなましい、淫靡なものになって出てくることもある。
安藤 そうなんです。今日はその系譜が松浦さんの文学にまでつながっていることが確認できて、大変うれしく思いました。

 
 「『怪人二十面相』と『少年探偵団』以降の娯楽読み物」うんぬんとあるのは単純な事実誤認でしょうが、ほかにもどこかしらいわゆる「上から目線」みたいなものが感じられてそれが気になり、私はなかんずく「(笑)」が気になって仕方がありません。引用にある二つの「(笑)」を含め、この対談には全部で四つの「(笑)」が登場するのですが、これらはすべて乱歩に関する発言のあとに配されているという念の入りよう。いまをときめく俊秀おふたりにとってさえ、乱歩はいささか持ち扱うところのある作家であるということなのかもしれません。いずれにせよ、おふたりが乱歩ファンとしてこれからどういった文筆活動を展開されるのか、おおいに期待したいところです。
 
 學燈社:小説はどこへ行くのか 2009