雑談10 エンターテインメントも文学の華
清水義範
江戸川乱歩は二面性の人
その意味で、日本に初めて推理小説をもたらした作家は江戸川乱歩(一八九四〜一九六五)である。
乱歩は一九二三年に「二銭銅貨」を発表してデビューした。これは、暗号トリックを用いた知的なゲームのような小説で、推理小説の大きな可能性を感じさせた。次いで「心理試験」では、精神分析の手法で推理をするという新しい方向性を打ち出した。続く「D坂の殺人事件」では、探偵役に明智小五郎を生み出して、なおも注目されていく。
「屋根裏の散歩者」「人間椅子」では卓抜な着想で読者を驚かせ、「パノラマ島奇談」では猟奇性と幻想の恐怖を展開した。
つまり、乱歩の小説には論理的に成り立っている本格物と、怪奇な雰囲気でサスペンスのある変格物とがあるのだ。言ってみれば乱歩は二面性のある作家だったのである。
乱歩は、論理的推理で謎を知的に解いていくという、本格推理小説をめざしていた。推理小説とはそういうものでなければいけない、という信念も持っていた。
ところが、そういう推理小説はそうそう量産できるものではない。本格だけでは行きづまるのだ。
すると、乱歩の中のもう一面が頭をもたげる。乱歩には、奇妙なもの、異常なもの、怪奇なものを喜ぶ資質もあって、恐怖と神秘の変格小説も書けてしまうのだ。大きなソファの中に男が入っているとか、屋根裏をはいまわって他人の生活をのぞき見している男が殺人事件を起こすとか、百メートル走のゴールのテープが実は鋭利なナイフで、ゴールした人間がスパッと二つに切れてしまうというような、ヘンテコな話を書くのである。それどころか乱歩は「蜘蛛男」とか「黄金仮面」というような、スリルとサスペンスに満ちた通俗長編も書いてしまう。怪盗がわははは、と笑いながら消えてしまうといった調子の小説だ。
そして乱歩は、そういう通俗物もうまいのだ。語り口に味があって、ワクワクして読んでしまうものになっている。
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