RAMPO Entry 2009
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2009年11月5日(木)

雑誌
AERA 11月2日号
11月2日 朝日新聞出版 第22巻第51号(通巻1193号)
A4判 102ページ 本体362円
乱歩と歌舞伎 新境地を見た 姜尚中
エッセイ p40
連載〈愛の作法〉第113回

乱歩と歌舞伎 新境地を見た

姜尚中  

 「どうやら、俺の自由な大空はどこにもなかったようだぜ。明智小五郎、ちっぽけな国だぜ、この国は。俺のような虫けら一匹、生きる場所がねえんだからな。なに、人として生きろだと? 笑わせるな。見てろ、この国がこの先どう変わろうと、俺みてえな不幸な奴はなくならねえ。百年先も千年先もな。もうおめえの説教ともおさらばだ」
 わたしはこのせりふを聞いて痺れました。東京・国立劇場で行われている歌舞伎「京乱噂鉤爪」(27日まで)の一節です。これは江戸川乱歩が戦時中に書いた推理小説『人間豹』に着想を得た作品。乱歩は歌舞伎に合うんですね。
 市川染五郎さん扮する恩田乱学は獣性を持って生まれ、闇に葬られた人間の化身です。幕末の京都に現れたその殺人鬼を松本幸四郎さん扮する明智が追いかける形で物語は展開していきます。何が面白いかと言うと、どんでん返しの連続。魑魅魍魎の世界が劇場全体を包み込みます。
 乱歩ワールドがわれわれを引き付けてやまないのは、物語の中に人間誰もが仕舞い込む闇が垣間見えるからでしょう。わたしの出自にもかかわるかもしれませんが、社会の周縁部に追いやられる側と追いやる側のアンビバレントな関係が描かれています。劇中では明智が振りかざす正義は紛れもなく社会の常識なんですけど、それが恩田という悪を前にすると暴力性にも反転するんです。

 
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