RAMPO Entry 2009
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2009年11月26日(木)

書籍
高橋克彦自選短編集 1 ミステリー編 高橋克彦
11月13日第一刷 講談社 講談社文庫
A6判 カバー 634ページ 本体1000円
著:高橋克彦
悪魔のトリル
小説 p5−52
初出:別冊小説現代 1983年冬号
悪魔のトリル 道又力
解説 p53−54

悪魔のトリル

高橋克彦  

 1

 これは奇妙な話である。
 一体、どこまでが本当で、どこからが幻想なのか、話を聞いていた当の私にも分からない。ただ、あの夜のことを思いかえしてみると、雨が静かに降り続くなか、パールマンの弾いていたヴァイオリンの哀しい音色だけが私の脳裏に鮮やかによみがえってくるばかりだ。舞台としてはできすぎている。だからこそ、私にはあの話が作りものだったのか、それとも本当の話だったのか、今になってみると、自信がもてなくなってしまうのである。
 話の発端は、私が小さな雑誌に発表した、短いエッセイにある。「トランクの少年」と題したもので、私にとっては懐かしい衛生博覧会の想い出を記したものだ。そこからこの話はすすめていかなければならないだろう。

 
悪魔のトリル

道又力  

 江戸川乱歩賞受賞後に発表した『眠らない少女』と『妻を愛す』は、作家デビュー以前に書いたものだった。だから本当の意味での受賞第一作は、この『悪魔のトリル』となる。当時、怪奇小説は娯楽小説の中でも傍流とされていたが、無名時代に書いた前記二作を評価した小説現代編集長K氏は「もっとこういう作品を書きなさい」と励ます。それに応えて高橋は「新しい『押絵と旅する男』を書いてみたい」と抱負を伝えた。
 『押絵と旅する男』は、美しい押絵の人形に魂を奪われた男の奇妙な愛情を描いた乱歩の傑作中の傑作である。高橋には目算があった。『悪魔のトリル』で描写した通り、高橋は昭和四十年頃、札幌・中島公園で本物の衛生博覧会に遭遇している。展示された蝋細工や死体写真の印象は余りにも強烈だった。あれなら、いいネタになる。だが、衛生博覧会や香具師に関する資料を山ほど集めたものの、なかなか書き始めることが出来なかった。原因はK氏を満足させる傑作を書こうと、気負い過ぎたせいである。

 
 講談社:高橋克彦自選短編集 1 ミステリー編