RAMPO Entry 2009
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2009年12月4日(金)

書籍
乱歩・正史・風太郎 高木彬光
11月25日第一刷 出版芸術社
B6判 カバー 334ページ 本体2500円
著:高木彬光 編:山前譲
関連箇所
まえがき 山前譲
I 産みの親・江戸川乱歩
乱歩先生の思い出乱歩先生について『孤島の鬼』について愚作を書け!乱歩先生のこと幻影の城主解説『屋根裏の散歩者』解説『陰獣』解説『魔術師』解説『黄金仮面』解説『吸血鬼』解説『緑衣の鬼』
IV 推理小説裏ばなし
乱歩先生との出会い産みの親・育ての親恩師との摩擦

乱歩先生の思い出

高木彬光  

 その先生に初めてお目にかかったのは、昭和二十三年一月四日のことである。ほかの機会に何度も書いたことだが、私は戦後先生の唱導された「本格探偵小説待望論」に深い関心を抱いていた。横溝、角田両先生の『本陣殺人事件』や『高木家の惨劇』は、その呼びかけに応ずる当時の既成作家陣からの直接の応答だったろうが、そういう作品を読みなおしているうちに、私の心の中には、自分でもこういうものなら書けるのではないかという野心が湧いたのである。
 いまから思えば、冷汗の出るような背水の陣だったが、とにかくほかのすべてのものを犠牲にして書きあげたのが、処女作『刺青殺人事件』だった。
 この原稿は昭和二十二年の末に、先生にお送りし、大みそかの日の午後に、「探偵小説としてはたいへん感心いたしました(ただし小説としては上出来にあらず)。出版に努力いたしたいと思います……云々」
 という意味のお手紙をいただいたのだが、それを見たときは、宇都宮の旧中島飛行機社宅のあばら屋で、妻と二人、嬉し涙にむせんだものである。
 その結果がこの初対面となったのだが、当時の先生は、むかし写真で見たよりもずっとやせておられ、髭など生やしておられたのが私にはむしろ意外だった。お話を聞いているうちに、今まで抱いていた恐怖感はすっかりうすらいだ。病的な感覚どころか、案外健康的な性格で、やさしい親切な先生ではないかというのが、そのときの私のいつわらない第一印象だった。


乱歩先生との出会い

高木彬光  

 一月四日、私は乱歩先生をお訪ねした。
 先生は私がまだ三十前だと言ったときには、さすがにびっくりなさったようである。
 「正直なところ、君はもっと年をとっていると思っていたよ。同人雑誌か何かで修業して文壇に出るのをねらっていたのに、戦争のおかげで出られなかったような人じゃないかと思っていたがね……」
 というようなことを言われたのも、おそらく『刺青』初稿の文章が、かたく古めかしかったせいだろう。ただ私が経歴を語りながら、「先生のご子息とは、たしか一高時代、同時代の駒場におったと思います……いずれ、あの時代の思い出も、機会があったら、探偵小説にしたいと思っていますが……」
 と言い出したあたりから、初対面の緊張もどうにかほぐれたようだった。
 「君は、これぐらいのものを、何本ぐらい書ける自信があるかね?」
 「三十本ぐらいは書きたいと思っています」
 「こういうものを三十本!」
 先生は眼をまるくされていた。このあたり私もかなりのハッタリもあったのだが、まあこうしてこれだけの全集を出せるところまで頑張ったのだから、先生もいまでは地下で笑っておられるだろう。
 先生のことについては、回をあらためて書くとして、『刺青』出版の当時の話を先にするが、現在と違って、全く無名の新人の長編の出版が、不可能に近い難事だったことはいうまでもない。なにしろ、当時の雑誌はすべて六四ページ、原稿用紙にして約二〇〇枚程度しか収録できなかった時代に、私の原稿は三二五枚もあったのだから……。(この全集におさめたのは、その後昭和二十八年にあらためて書きなおした改稿で、初稿の二倍、六五〇枚に上っている)
 しかも、そのときの私は、おみくじのせいもあって、少少図にのっていた。「宝石」以外の雑誌にはのせたくない──などと言い出したものだから、先生もだいぶ弱られたのか、「君、それは物理的に不可能だよ。とりあえず、短編を書けないかね」
 と言われたが、今度は私が頭をかかえた。
 『刺青』を書いた後で、私は当時「宝石」と肩をならべていた探偵雑誌の「ロック」短編懸賞に応募したのだが、こっちのほうは選外佳作にすぎなかったのだから……。(ちなみにその時の一席は薔薇小路棘麿──現在の鮎川哲也氏であった)
 結局、この処女作『刺青殺人事件』は雑誌の増刊形式の「宝石選書」として、翌昭和二十三年六月四日に初めて店頭に出たのだが、そのかげには、
 「もしこれで損害が出たなら、半分は負担するから」
 と言って、岩谷書店の社長、岩谷満氏を口説き落としてくださった乱歩先生のお力があったことは、いうまでもない。たしかに雑誌判一〇四ページの一冊を無名の新人の長編一本で埋めるというのは、当時の出版界では無謀とさえ言いたいぐらいの冒険だったのだから……。


書籍
乱歩・正史・風太郎 高木彬光
11月25日第一刷 出版芸術社
B6判 カバー 334ページ 本体2500円
著:高木彬光 編:山前譲
関連箇所
まえがき 山前譲
I 産みの親・江戸川乱歩
乱歩先生の思い出[初出:江戸川乱歩全集月報2 講談社 1969年5月12日]
乱歩先生について
[初出:書下し推理小説全集江戸川乱歩篇附録 桃源社 昭和34年11月25日]
『孤島の鬼』について
[初出:探偵通信3 春陽堂 昭和30年2月5日]
愚作を書け!
[初出:幻影城 7月増刊号《江戸川乱歩の世界》 絃映社 1975年7月15日]
乱歩先生のこと
[初出:推理小説研究創刊号《特集:江戸川乱歩追悼》 日本推理作家協会 1965年11月30日]
幻影の城主
[初出:大衆文学大系月報21 講談社 1973年1月20日]
解説『屋根裏の散歩者』
[初出:屋根裏の散歩者 角川文庫 1974年10月30日]
解説『陰獣』
[初出:陰獣 角川文庫 1973年9月10日]
解説『魔術師』
[初出:魔術師 角川文庫 1975年3月30日]
解説『黄金仮面』
[初出:黄金仮面 角川文庫 1973年7月20日]
解説『吸血鬼』
[初出:吸血鬼 角川文庫 1973年7月20日]
解説『緑衣の鬼』
[初出:緑衣の鬼 角川文庫 1974年9月30日]
IV 推理小説裏ばなし
乱歩先生との出会い[初出:高木彬光長編推理小説全集月報9 光文社 1973年7月5日]
産みの親・育ての親
[初出:高木彬光長編推理小説全集月報11 光文社 1973年9月5日]
恩師との摩擦
[初出:高木彬光長編推理小説全集月報13 光文社 1973年11月5日]

 出版芸術社:乱歩・正史・風太郎